第一種 鷲と熊
イグルス・ホークは獣王国の文官だった。
過去形で表した通り、彼はすでに職を失っている。ただし今だ多くの者が彼を職名を付けて呼ぶ。
「イグルス第一等書記官様。さきほど第二王子の確保が成ったとの連絡を受けました事、報告させていただきます」
「ありがとう。下がってください」
「はっ」
鷲の獣人イグルスを信奉する部下が退出する。
部下の忠誠度は非常に高く、それはイグルスの有能さの証明になっている。
「俺には挨拶なし、か。教育の出来ている部下じゃないか」
「これは失礼しました。あとでしっかり躾けておきますのでご容赦ください、王子ラルセン様」
王子と呼ばれてもラルセンは嬉しくないどころか、逆に屈辱を感じた。
逃亡を続ける王家とは血の繋がりこそあるものの、ラルセンは王家を名乗れない立場にあった。
イグルスという国家の重要人物に傅かれている現状に納得がいかないのである。
「どうして俺を擁立する。お前なら自分で王になることも容易いだろ」
「またそのご質問ですか。何度も申し上げましたが、今後の獣王国に必要なのは虎の獣人ではない王家でございます」
初代国王は虎の獣人だった。
その血を受け継ぐ王は虎の獣人であるべきだ、と暗黙の了解が存在した。
ラルセンは先代の王が生んだ熊の子である。
浅黒い毛は深く。体は屈まなければ部屋に入れないほど大きい。執務室にあって異質な光景だった。
瞳には父から受け継いだ苛烈さと母から授かった優しさが同居している。
「獣王国は滅びます。滅びなければなりません。初代よりこれまで劣化し続けた国家なる大木はすでに再生不可能なほど腐りきっております。不屈の覚悟を持って倒木し、次代の肥えとなるが最善です」
「そのために偽造を唆したのか」
「はい。四年前に起きた金貨強奪により焦った王家はよく考えもせずに私の言葉に従いましたよ。それに、ダメもとで流したカードショップの噂にも飛びついて、ほんとに困った王家ですよ」
愉快そうに語る姿はどこか危うさを感じる。
ラルセンはイグルスの能力を買っているが、その危険性も把握していた。
それでも御輿に担がれたのは亡き母のためだ。
ラルセンの父は王家に執着していた。正確には初代の偉大さを尊敬し、その血が流れている事を誇っていた。
だからこそ嫁を虎の獣人大家から貰った。我が子が虎の血を覚醒するよう、嫁の腹が膨らみ、そして生まれるまでの間、四六時中祈り続けた。
怪しい祈祷師や呪い師に大金を掴ませてまで、虎を求めた。
しかしラルセンは熊の獣人だった。
僅かだった金を使い果たし、一時の苛立ちを嫁で発散したために彼女は二度と子を産めない体となった。
「ラルセン。父を憎んではだめよ。あの人はただ弱かっただけなの」
父から執拗なまでの暴力、罵りに負けず母はラルセンを育て、彼も母の期待に応えて大きくなった。
成人の儀を完遂した翌日、彼に見守られながら寝床で亡くなった。
死に顔は成し遂げた者特有の笑みであった。
「俺は王になりたい。見返したいのだ。王とは血ではなく強さなのだと。多くの者を悲しませない強き者こそ王なのだと証明したい」
「素晴らしいお考えです」
「イグルス。貴様なら政策面で国を豊かに出来る。多くの者を救うことが出来る。だから自ら望んで貴様に踊らされよう」
「ふふ。本当に敬うべきに足るお方ですね」
二人の国を想う気持ちは本物だ。
目指す国家の形も同じ。
武の王、知の官僚。
だというのに二人の間に信頼は一切なかった。




