第一ターン カードショップ『ミゾグチ』
「いらっしゃいませ」
店に入って来たのは三人の騎士だった。
キズのないプレートには虎の意匠が刻まれ、頭部からは特徴的な狼の耳が生えている。
獣人騎士の代表者が薄暗い店内を胡散臭そうに見渡し、鼻を鳴らして馬鹿にする。
「こんな店が☆7カードを販売していると噂のカードショップか?」
「そうです。私が店主のケンタです」
黒髪黒目の若い男が答えた。
「噂は本当なのか」
「はい。今ある☆7カードは2枚です」
「見せろ」
代表者がカウンターに肘を置いて威嚇するように睨む。
ケンタは相手の態度を意に介さず裏からカードを持ってくる。
「装備カード『アルメリアの槍』とスキルカード『断罪の光』です」
手のひらサイズの薄いカード。
魔物の皮で作られているために吸い付くような手触りだ。
騎士はカードを掴み、折ったり曲げたりして細部を確かめる。
後ろに控える騎士に渡して本物かどうかダブルチェックする。
身勝手な客の行動にもケンタは目くじらを立てず、説明をはじめる。
「『アルメリアの槍』は重量こそありますが、その分ドラゴンの鱗も突き破れるほどの攻撃力と耐久性を有しています。『断罪の光』は使用回数制限が五回と少ないですけど範囲が広く、犯罪者に対する切り札となれる性能です」
「ふん。どうやら本物のようだな。で、いくらだ」
「『アルメリアの槍』がベルン金貨で100枚。『断罪の光』は260枚です」
「高すぎる!! 二枚合わせれば小さな都市が買えるほどだぞ。我らを馬鹿にしているのか」
「とんでもない。☆7カードともなればダンジョンから発掘されるのは年に一枚ほどです。特に『断罪の光』はスキルカードです。妥当な値段設定だと考えています」
装備カードは製作することも出来るが、スキルカードは危険なダンジョンからしか入手できない。
そのため同じレアリティでも倍の開きが生まれる。
ケンタの提示した金額は適正価格だった。
「半額だ。それで買ってやる」
「値引きは銅貨一枚であってもしません」
「人間風情がっ! 我らは誇り高き獣王国の騎士だぞ」
値切る騎士のどこが誇らしいのやら。
「お客さんの身分は全員『お客さん』です。身分区別はしません」
「ちっ...おい、支払っておけ」
左に控える騎士を見て言う。
代表が下がり、代わりに出てきた騎士がカウンターに金貨の入った皮袋を置く。
その間に二枚のカードを持った代表者が店を出ようとする。
「お客さん、まだ確認が済んでいません。残ってください」
騎士は舌打ちして「だったらさっさと確認しろ」と怒鳴る。
ケンタが皮袋を開くと入っていたのは獣王金貨だった。
金貨に刻まれているのは初代国王の凛々しい虎の獣人。
「うちはベルン金貨だけの取り扱いなんです。お手数ですけど両替商でベルン金貨に変えてください」
「獣王金貨が使えないだと...我が国への侮辱だ!」
「ベルンの国法には国内での商取引は、認可された両替商を除いて全てベルン硬貨に限ると明記されています。お客さんの言い分はベルン国への侮辱です」
「くそ...これだから人間どもは...おい」
今度は右に控えていた騎士を呼ぶ。獣王金貨をしまい、新しくベルン金貨が入った皮袋を出す。
やっぱり持っていた。
「ふん。これでいいだろ。いくぞ」
騎士が店を出ようとして...失敗した。
手に持ったカードだけが見えない壁にぶつかって外へ出せない。
「なんだこれはっ!?」
「私の能力ですよ」
ケンタは金貨を確認しながら言う。
「所有物に移動制限を加えるリーダーカードがあるんです。取引は完了していませんので二枚のカードはまだ私の所有物です」
「そんな能力聞いたことが無いぞ!?」
「そりゃそうですよ。世界に一枚だけのカードなんですから」
リーダーカード『カードショップLv3』☆10
ケンタがこの世界へ転移した十年前に入手したカードだ。
世界を巡ったけども同郷の者に出会えず、過去の文献にも載っていなかった。
オンリーワンの一枚だ。
「ふざけた店だなッ!」
「騎士さん。私の店を馬鹿にするのもいい加減にして下さい」
「馬鹿にして当然だ! こんなスラム街にある寂れた店...」
「確かに立地条件も建物も悪いですよ」
まあそれが気に入っているんだけど、と呟く。
そして冷めた目で告げる。
「でもね、さすがに金貨の偽造はダメだろ」
「―――ッ!?」
カウンターに金貨の山が二つ。
「ベルン金貨は国力を反映して世界でもっとも品質が高くて94を超える。こっちの山は良いとこ80だ」
指差した偽造の山は正規の金貨よりも多く、割合は2:1ほどだ。
客から犯罪者に転職した事でケンタの言葉遣いが素に戻る。
「硬貨の偽造は極刑だ。ああ、ベルンの国法なんて知らないか、誇り高き騎士さん」
ブチ、と堪忍袋の緒が切れた音がした。
「殺せ!」
部下の騎士がカウンターを乗り越えて掴みかかろうと迫る。
「シャドー、やれ」
《あいよー》
「なっ!?」
床から影の刃が生える。
首を圧し折ろうと伸ばした騎士の腕が切断される。
下から上に落ちるギロチン。
影の攻撃は止まらず、刃から真っ黒な赤子の手が無数に飛び出す。
悲鳴を漏らす騎士の口を塞ぎ、もがく体を取り押さえる。
さらに首を絞めて頸動脈を圧迫し、気絶させる。
《ひひっ。まずは一匹》
「モンスターを召喚しやがったな人間ッ!!」
手並みの鮮やかさと、それに反比例する攻撃の不気味さ。
残された騎士が油断を捨てて本気でかかる。
「【鋼鉄の鋭爪】」
キーワードを唱えて登録済みの装備カードを物体化させる。
《オイラとどっちが鋭いかなー》
影が伸びる。
騎士は装備した爪で弾く。
《ほへぇー。いいねいいね。でもさ》
再び影が伸びる。
《残念オイラの長所は手数なんだよねー》
影の数は十。
対処できずに騎士の体を影が貫く。
《六本しか刺さらないなんて。狼さん結構やるのねーひひっ》
「シャドー、口を減らして手を増やせ。まだ一人残っているぞ」
《あいよマスター》
残る騎士は部下二人の惨状に怒り心頭の代表者のみ。
「人間程度が我ら獣人を倒すだと...断じて許せん! 【暁の熱線】」
レア度☆4のスキルカード『暁の熱線』。
騎士の口腔から放たれた一条の光が影を射す。
しかし貫く事はできなかった。
「な!? 馬鹿な...効かない、だと」
《あちち。結構威力たかいなー》
「何かしらのカードで強化されてたんだろ。獣王国だから『火熊の体熱』で熱量を上昇させていたのかもしれん」
「ぅぐッ!」
正解だった。
「こうなれば...【召喚:ゲイル】!」
ゲイルという名の銀狼が出現する。
ここ王都ベルンは風の魔力が強い。そのため銀狼の召喚コストを用意するのは容易かった。
狼用の防具を装着し、スキルで強化したのか野生よりも二回りも体が大きい。
しっかり編成されたモンスターカードだ。
「ゲイル! 【野生覚醒】だ」
リーダーである騎士の指示に従い、編成ユニットであるゲイルが登録されたカードを発動させる。
スキルカード『野生覚醒』はレア度3で、一時的に身体機能が上昇する効果だ。
涎を垂らして唸るゲイルは駆け出す。
衝撃で床板が割れる。
しかしどれだけ速かろうとも痛覚を持たず、魔力に比して面積を増やすシャドーには通用しない。
噛み付いたゲイルを影が覆い、一瞬で檻へと形を変える。
《ハウス、てね。ひひっ》
「そんな...我のゲイルが、負けたのか。ありえん。ありえん! なんなんだそのモンスターは!?」
「失礼だな。俺の大事な配下の一体だぞ」
「これほどのモンスターを編成しているとは...き、貴様は何者なんだッ!?」
「何者かって? お前が最初に言ってたじゃないか。巷で有名なカードショップ『ミゾグチ』。その店主だよ」
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