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~プロローグ~

 初めて長いものに挑戦しました。宜しくお願いします。

 冬と春の狭間。

 この辺りの地域では歩道で所々黒く汚れた雪が道行く人の足を(わずら)わせている。

 その道をひどく(うつむ) いて歩いている少年がいる。

 ひどく俯いた少年、(ハレ)は思った。

『このままいなくなってしまいたいんだ』

 人ごみと、汚くなって水分を含んだ雪を、少年晴は毛嫌いしている。

 だから、前後の人と出来る限りの距離を保って歩いていた。人に近付かないように。雪が跳ねて自分に掛からないように。

 少年晴は、雪のないコンクリート、または、まだ汚れずに真っ白さを保っている雪の上を選んで歩いて来た。周囲と足元に気を配って歩いているのに関わらず、少年晴は人に酔って、頭の中はくらくら、神経質な足元はふらふらしていた。その様子は大げさなくらいだが、大変辛そうに見えた。

 少年晴が辛そうに歩くその道の先に白い大きな看板のようなものが立っている。今まで一定の距離間を保っていた前後の人達が途端に進行を速め、人によっては駆け出し、看板の下で停止した。団子状の集団になって固まっている。団子状の集団に近付くと、人と人の間から看板の小さな文字が見える。周りで、きゃーきゃーワーワー叫ぶ人達。

 文字は、数字だった。

『001、002、003……』

 今日は高校入試の合格発表だった。合否を気にする前に、少年晴は人ごみの中で酔っていた。早く、帰ろう。

「211番……」

 口に出して、合格発表の看板を見た。

 『211』……看板に自分の番号が見えたのは、幻覚なんじゃないかと、少年晴は思う。

 幻覚だとしても、構わない。さっさと帰ろう。

 少年晴が合格発表の看板に背を向けた時だった。

 歩道の真ん中で、誰かが動いている。一瞬見ただけでは、踊っているのではないかと思うくらいの軽やかな動き。そして、その誰かの所だけが太陽を反射して光って見える。

 少年晴は目を(こす)った。やっぱり僕は幻覚を見ているんだ。疲れているんだ。少年晴は、勉強をそんなにはしていなかったが、勉強をしなくてはいけないというプレッシャーに打ちのめされ、疲れていた。

 ああ嫌だ、おかしなものを見た。早く帰って寝よう。

 少年晴はおかしな動きをしている誰かの脇を、俯いて通り過ぎようとした。通り過ぎようとした一瞬、少年晴は後ろ手が何かに触れるのを感じた。

 生暖かい感触が手のひらにくっつく。すぐに少年晴の心の中は金切り声で一杯になった。『汚い!』

「やめて!」

 絶叫した晴は、その見えなくて生暖かい何かを強く一振りし、突き放した。

「きゃあ」

 後ろには小柄な女の子がいた。

 長いふわふわの髪を風になびかせて、片手に紙の束を持っている。反対の手は、一枚のチラシを持って、宙に浮いている。

 女の子はバランスを失って、後ろに倒れそうになるのを、片方の足で支えて、危うく転ぶのを逃れた。

「大丈夫ですか?」

 振り払った結果、手が女の子に強く当たったのかもしれない。少年晴は謝った。

「いいの、大丈夫……それより」

 女の子は一枚持ったチラシを差し出した。

「これ、どうぞ」

 笑顔で晴の目を見て言った。

 女の子というモノの笑顔をこんなに間近で見たのは初めてかもしれない。えくぼがある。優しく、ふんわりとした不思議な笑顔。少年晴は、この子を妖精のような女の子だと思った。今の自分とはかけ離れた、現実離れした存在。

「いや、いいです」

 少年晴は、女の子が差し出したチラシを、緊張してぶっきらぼうに断り、バスの停留所まで急ぎ足で歩いた。


 少し気になって振り返ると、女の子はまるで踊るように動き、笑顔でチラシを配っている。

 コートを着てチラシを配るその姿が本物の妖精のように可憐で、少年晴の心の中に焼き付いた。まるで写真みたいに。しっかりと。


 この日、少年晴の閉ざされた心のアルバムが、密かに新しく一ページ開いた。

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