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大樟家の人達

盆の後

作者: さち

 毎年この時期になると、俺達家族は街から離れた実家に帰省する。この家に来る度に、俺はあの子の事を思い出す。



*****



 「おばあちゃん!遊びに来たよ!」


 高速道路と一般道を何回も乗り継いで、やっとの思いで俺は親父の実家に着いた。当時小学校低学年だった俺は、長旅で疲れていたものの、大好きなおばあちゃん家に来て気分が高揚していた。俺の親父は旧姓が「大樟(おこのぎ)」だ。今は、母さんの姓である「(ひいらぎ)」となっている。親父は三人兄弟の末っ子で、毎年この家に来るのを躊躇っていた。


「何で、兄さんや姉さんと顔を合わせなきゃならぇんだよ」


 毎年家に着く度に口にしていた。それを伯父と伯母は軽くあしらうように親父に仕事を押し付ける。そもそも、俺がこの家に来る理由は親父の帰省である。そして、親父が帰省する理由は、お盆で忙しくなる大樟家の手伝いをするためである。正確には、させられているのであるが。その為、俺みたいな子供は家にいても邪魔になるので、皆外で遊ぶことになっていた。おばあちゃん家は街から離れている為、ど田舎である。というのも、家の回りにはコンビニはおろか、スーパーさえない。あるのは、大樟家の田んぼと畑が見渡す限りに広がっている風景である。それ以外にも、近くに川があったり、家の裏を少し行ったところに山がありと、誰が見てもここは田舎だ。


そんな場所に毎年大樟家の親族が多数集まってくる。なので、仕事というのはお盆のための仕事もあるが、皆で飲み食いするものを持ち寄るのが原則であるので、それを車から運ぶのも仕事である。大量のクーラーボックスに食材やら酒やらが詰め込まれており、その為、子供達が仕事を手伝おうとも物理的に無理なために皆、外に遊びにいくのだ。麦わら帽子と虫取網、そして虫かごを装備して従兄弟達を引き連れて、川に行く。






 川幅は五メートル位だろうか、なかなかに大きな川である。ここに来ると、毎年大樟家の兄弟が最初に川に入っていた。


「うっひょーーー!!つめてぇー!」


「兄ちゃん、そう言いながら僕に水をかけないでよ!」


 仲の良い兄弟である。それに比べて、俺は一人っ子であるのでこうも、はしゃげない。兄弟と話は出来るのだがこうやって楽しそうに戯れているところに入る勇気は無い。栂原(つがはら)家の姉妹と弟は川辺で石で遊んでいる。毎年毎年、飽きないものかと不思議になる。


「何してるの?」


 この三人は話しやすい。多分自分と似たところを感じるからだ。


「まあるい石をね、さがしてるの。うすいのもさがしてるの」


 三女が答える。俺より年下なのによく喋る子で、そこに感心していた。そういう俺は、当時まだ七歳だ。


「じゅんくんは、何もしないの?あっ、虫が捕りたいのか」


 長女が聞いてくる。確か俺より一つ年上だったはずである。黒く長い髪特徴の可愛らしい子だった。


「ここは、虫があんまりいないんだよね。本当は山に行きたいんだ」


「あの二人が飽きるまでは、ここにいないとね」


 分かっている事を言われる。この会話も何年目だろう。俺は、虫を探しに川から少し離れて田んぼの方に出た。緑色の稲が風に吹かれている。ここは都市と比べて幾分か涼しく、過ごしやすい。恐らく、何もないからだろう。


田んぼに沿って歩いていると、少し高い道が見えた。俺は、そこに上ろうとして近づくと、人影が見えた。幼いながらも不自然さに気付いた。従兄弟の皆は川にいる。その上、この辺りには家が無い。あるのはおばあちゃん家だけだ。なのに見えた影は子供くらいの大きさであった。俺は、恐る恐る上るとそこには栂腹家の長女に似た長い髪の女の子が一人で立っていた。違うのは、彼女は少し茶色の髪だった。俺は、恐る恐る声を掛けてみた。


「き、君は、ここの人?」


 彼女は首を横にふる 。その表情は何処と無く悲しそうに見えた。ここの人ではないであれば、恐らく大樟家の親戚の子だろうと考えた俺は、


「君、僕と虫捕りに行かない?」


 突然そんな提案をしたにも関わらず、彼女の悲しそうな表情は幾らか和らぎ、首を縦にふった。




 道を少し歩き、俺の知っている虫のいる穴場に着いた。ここは虫がたくさんいる。虫と言っても、カナブンやカブトムシである。俺は、夢中になって虫取網を振り回した、何も捕まりはしないのに。その後ろで彼女は手を後ろで組み、ただ立っていた。


「あれ?虫は嫌い?」


 不思議に思い尋ねる。ここに来るまで俺達は特には話はしなかった。ただ俺が歩いてその後ろに彼女がついてきた、とでも言えるだろう。

 彼女は首を横にふった。


「ならよかった。そういえば、きみ名前何?」


 今まで一言も喋らなかった彼女が初めて口を開いた。

「れいか」


 その声は、冷気に似た雰囲気があった。


「れいかちゃんか!れいかちゃんも今日おばあちゃん家に着いたの?」


「うん」


「そっか。ここ遠いよね」


「うん」


「あっ!れいかちゃんは何年生?」


「二年生」


「おんなじだ!よかった!」


「うん」


 今思えば、不自然な会話だった。




その後、俺が虫捕り改め、虫取網振り回しに満足したので二人は川に戻った。けれど、従兄弟のいる河原まで戻ったのは俺だけだった。彼女はそろそろ戻ると言って、途中でどこかに行ってしまったのだ。


「よーし!山行こうぜ!」


「兄ちゃん、少し休もうよ…」


 俺が虫捕りしている間二人はずっと川に入っていたようだ。栂原家の三人も飽きずに石で遊んでいたようで、本当に変わった人ばかりだ。


 この日はその後山に行き、夕暮れ時におばあちゃん家に戻った。夕飯は豪勢だった。大人たちは現状報告なるものをし、各々が酒を飲んでは飯を食っていた。酔っ払いは好きではないが、この賑やかな雰囲気は好きだった。


 しかし、いくらこの大人数の中さがしても彼女はいなかった。






 翌日も、大人たちは仕事をしていた。その為、子供たちは遊びに出掛ける。遊び場は無限にある。昨日と同じように皆で出掛ける。山に行き、そこの川で魚を捕る。まさに自然を感じていた。楽しかった。でもやはり、彼女の姿はなかった。




 俺が皆から離れて遊んでいたときだった。


「君は、一人が好きなの…?」


 突然、横から声がした。見ると木の影から彼女が姿を現した。


「びっくりした!いきなり出てこないでよ」


「うん」


「それに、僕は別に一人は好きじゃないよ。ただ居づらいからこうして遊んでるだけ。」


「そう…」


 また、悲しそうな顔をした。俺は、咄嗟に


「れいかちゃん、いっしょに遊ぼう!」


 そう言った。


「うん」


 彼女の返事はいつも同じに思えた。




 彼女とはそれ以降、俺が一人のときに一緒に遊んだ。彼女は俺が皆といるときに出てこようとはしなかった。一度皆に紹介したいと言ったら、猛反対された。この時の帰省中、ほとんどの時間を彼女と過ごしたいた。






 最終日、それぞれの家が荷物を車に積める。皆、帰るのである。俺も同じだ。そんな中親父が


「清々するぜ」


 などと言いながら荷物を車の後ろに積む。俺は、暇なので、近くの雑木林に向かった。蝉が必用に鳴いている。風は涼しいのに音だけで暑く感じた。カサッと、音がしたので振り向くとやはり彼女はいた。俺は、彼女に会うためにここに来たとも言える。


「れいかちゃんも帰るの?」


「うん」


「そっか。次は来年だね」


「…」


 初めて、違う返事が来た。


「れいかちゃん、来年は来ないの?」


「…、うん」


 いつもと同じ。だけどどこか違う。


「来年来れないなら、せめて僕のお父さんとお母さんには会ってよ」

 

 俺は、何も知らずに言った。


「だめ!」


 初めて、彼女の感情を見た気がした。


「ど、どうして?」


 流石に驚いた。


「私は…、君のお父さんには会えない。だって、あの人…、私の本当のお父さんなんだもの……、じゃあね。幸せにね…」


 彼女はそう言って、雑木林に消えてしまった。



*****



 後になって全てを理解した。親父のことも。彼女のことも。ただ、大樟家の事情だけは未だに分からない。






 今になってたまに思い出す。彼女は今、何処で何をしているのかと。 


感想等ありましたら、何でも言ってください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 軽快なテンポで楽しく読めました。 [気になる点] 7歳の子供が独白しているという設定にしては、文章が大人っぽすぎてちょっと違和感があります。 [一言] 推理1 れいかちゃんは、お父さんの浮…
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