第2章 第3話 人類の力
DF本部が、秋の遅めの日の出を迎える。
昨夜の騒動が嘘のように、光は穏やかに射し込んでいる。秋といっても、もう朝には肌をさすような寒さである。
そんな中、すでに数人はトレーニングを始めていた。
走っている者、筋トレをしている者、トレーニングルームで鍛えている者、トレーニング法は様々である。
もちろんまだ寝ている者もいるが……
いつになく穏やかなこの朝の風景の中、エントランスホールの階段の横、軍長室では、なぜか謝罪の声が聞こえてくるのだった……
『はい……すいません。ほんとすいません。昨日誕生日だったんです。すいません。』
『まぁまぁ、もう過ぎたことなんだし。でも……もうしないでよ?結構痛かったんだこれが。』
『本当にすいません!』
何度も謝っているのはイズネの声だ。そばにはアカネの姿が。イズネの顔にいつもの明るい笑顔はなく、反省の色が滲んでいる。
では、なぜ彼女は謝っているのか。そして、それに誕生日がどう関係するのか。順を追って説明していこう。
まず言っておくが、この世界での昨日、10月31日は、イズミ、イズネ姉妹の誕生日だったのだ。20歳の。
①20歳のお祝いとして、イズミ、イズネを始めとする女性隊員数人で、飲み会をした。戦いそっちのけで。
集合が終わってから即行でイズミ、イズネの部屋に行って。ほんとはアカネも行く予定で、アカネの好きな四ツ矢サイダーも用意してたらしい。アカネは戦闘中で行けなかったが……。
②みんなが酔って、はしゃぐ。
③しばらくしてイズネがトイレに行きたいと言い出し、部屋から出た。それが、戦いが終わったのとほぼ同時である。
④トイレはエントランスホールにあるため、イズネがエントランスホールに行く。
⑤そこであの会話を聞く。
⑥酔った勢いで、ヘラをボコる。
という流れだ。
これが、なんともアホらしい事件の全貌である。
『アカネちゃんまで巻き込んでゴメンね。はい、これアカネちゃんの好きな四ツ矢サイダー。お詫びにあげる』
『えっ、いいんですかぁ?』
アカネの目が輝いた。そんなに好きなのか。
『じゃあ、部屋に戻れ。ちゃんと備えとけよ?』
『『はい!』』
2人は揃って返事をした。ほんとにそっくりだ。むしろこっちが双子ではないのか。
それからしばらくは何も起こらなかった。
次に事件が起きたのは、その1ヶ月後のことだった。
『ここから南へ500mのところでビットの出現を確認。至急向かう。ヴァンパイアとイズミとユーキはここに残って警備をしておいてくれ。なんかあったら連絡しろ。他の3人は車に乗り込め。俺と現場に向かう。』
ヘラは、リーダーに指令を出していた。その顔にいつもの笑顔はなく、真剣な顔だった。それはリーダーたちも同じだった。
『よし、乗ったな?じゃあ出るぞ。しっかり心の準備をしろ。いいか?』
『はい。』『オッケーです。』『……』
『……どうした?アカネ。』
アカネは少し顔色が悪かった。
『……緊張してるのか……?』
『……はい、すいません……』
それもそのはず。彼女が外に出て戦うのは今日が始めてなのだ。
『いやぁいいんだよ。仕方ないことだ。俺だって最初はガクガクになったもんなんだぜ?』
『そ、そうなんですか……?』
『そうだぜ。なんせ…………』
ヘラはなにかを思い付いた様だ。
『…………わあぁっ!』
『ひゃあぁっ!ビックリしたー。なんですか軍長。』
『へへへ、どうだ?治ったか?』
ヘラは、持ち前の明るさでアカネの緊張をほぐそうとしたのだ。
『もう……しゃっくりじゃないんだから…………』
『えぇーっ。』
『でも……なんか今ので緊張ほぐれました!ありがとうございますっ!』
『だろだろぉ?』
そこで口をはさむのがKYのウルズ君。
『ヒューヒュー、ラブラブゥ。』
ドカッ、バキッ、ゴッ!
『ちょっ、まってまって!俺まだクスリ射ってないから!』
ヘラとアカネの拳が一気に飛んできて、それが結構な勢いだ。さすがのウルズも驚きを隠せない様子。
『ったく……まぁいい、じゃあ、出発するぞ。』
朝の風を全身に受け、車は発進した。
この先なにが待ち受けているかも知らずに……
目的地に到着した。そこでヘラが異変に気づいた。
『……どこに……いるんだ…………?』
たしかに、辺りにビットの姿は見えない。しかし、通報があったのはここに違いないはずだ。
『……軍長……ちょっと……』
ウルズが辺りを見回して、何かに気づく。
『……どした?』
『なんか……変な気配が…………しかも……』
ウルズの顔から、焦りの色がうかがえる。
そして、ヘラたちも、徐々に気配を感じ始める。
───────そんなはずはない。確認されたのは少数のはず。しかし、明らかに気配がおかしい。だとするとあの数体のビットは…………
4人の頭には、同じ考えがよぎっていた。
まさか……俺たちをおびき寄せるための─────────
『……もう……囲まれてます……』
────────罠だ…………
もはや逃げ道など残されてはいない。
『ヴァンパイア!至急こっちに何人かおくってくれ!緊急事態だ!』
そして返ってきた返事。それは、絶望的なものだった。
『……無理です。こっちにも大量のビットが……』
はめられた…………!
ヘラは息をのんだ。これほど絶望的な状況が今までにあっただろうか。
人類は、また滅亡の危機にさらされるのだろうか。
──────いや、人類をなめてはいけない。
『罠か……いい度胸だな。仕方ねぇ、やるか……』
明らかな力の差。人類に勝ち目はない。それでも────
『ウルズ、イズネ、そしてアカネ……クスリを射て。そして……覚悟を決めろ。…………勝つぞ……』
──────それでも彼らは勝つ。勝たねば……ならないのだ……
『気を付けろ、敵は多数だ。どっから攻撃してくっかわかんねえぞ。』
ヘラは、正面の敵を睨み付けながら3人に忠告した。
『おう!』『はーい!』『了解です!』
『全部で……100ちょっとか?……全滅だぞ?行くぞ!』
『ふぅ、ったく……強いのかと思えば……』
ブツブツ呟いているのはウルズだ。
まわりには……たくさんのビットの死骸。
『こいつらよえぇじゃん♪』
もうすでに10ほどを倒したというのに、まったく余裕の表情だ。
『おいおい、もう来ねぇのかよ。つまんねぇの。』
ふと、イズネの方を向いたウルズは、大きく目を見開いた。
『……なんだ……?あれ……』
『ふぅ……』パシュッ!
イズネは、その弓の腕を活かし、もうかなりの数のビットを駆逐した様だ。
『みんな……ダイジョブだよね……』
いつも子供の様に振る舞うイズネも、このときだけは、戦士としての凛々しい姿に変わる。
……だが、戦場では少しの油断も死に繋がる。
イズネがふと後ろを向いた瞬間、正面から周りのビットとは明らかに型の違うビットが……。
巨大な爪、鋭いキバ、そして毛皮が生えたようなカラダ。その姿はまるで……
『ク……クマ……?』
イズネが気づいたときにはもう遅かった。
その異形のビットは、すでにその巨大な爪を振り上げたあとだった。
(……やられた…………)
イズネは、完全に諦めてしまった。
…………ガキィッ……!
(……ガキィッ?)
完全に死んだと思い込んでいたイズネは、その不可解な音に一瞬疑問を覚えた。
が、その目を開けたとき、イズネは何が起こったかを理解した。
『ウ…………ルズ……』
『……ったく、油断したらダメですよ?命は1個しかないんだから、大切にしてくださいよ?』
『う……うん……ありがと……』
たった今、イズネを襲おうとした巨大は爪は、ウルズの片腕で防がれている。
しかも、ウルズの表情は、いたって自然だ。
それに対し、ビットは表情こそないものの、明らかに焦りの色が浮かんでいる。
それもそのはずだ。
大抵の物質なら簡単に、まして人間のカラダなどたやすく引き裂けるであろうこの爪が、その人間の、しかも片腕で防がれているのだ。
なんだこのバケモノは……
そんなことをビットが…………思う暇さえ与えなかった。
ウルズの……そのバケモノの拳は、既にビットの脇腹をとらえていた。
ドゴォッ!
鈍い音が響く。
ビットの黒色を帯びていた目が、完全に白く染まった。
そのクマは後ろに倒れ、そのまま数体のビットを押し潰した。
『まだ……生きてるか。』
ウルズはホッと息をついて続けた。
『よしっ、生け捕り完了!』
ウルズがニカッと笑顔を浮かべた。
『でも……あんた腕ダイジョブなの?』
『え?あぁ、ダイジョブっすよ。俺の能力っす!』
『へぇ……あっ!あぶなっ……』
『へっ?』
ドカッ……!
ウルズの背後には、ビット。ウルズの頭を襲った衝撃はこん棒によるものだ。こんなのをくらえば、ひとたまりもないであろう。
…………普通の人間ならの話だが。
ウルズは何事もなかったかのような表情だ。
『そっか、まだいるんだっけ。じゃ、イズネさんはそっちのを宜しくお願いしますね。』
『えっ、お、おう……』
『じゃっ、もう油断しないでくださいよ?』
『はいはい。』
お互いの前には無数の敵。だが、とうに覚悟は決めている。というか負ける気自体さらさらない。2人は、お互いに背後を託し、再び戦いを開始した。
『…………やっぱり捕獲は無理か……』
もう日も高くなってきていた。
数々の死骸の中で呟くのは、アカネだ。
死骸は、粉々になってしまっているものばかりで、原型をとどめていない。ビットの大きさや、形などは、全くわからない。
……そのなかに、ひとつキバの様なものが1つ、混じっている…………
──────ときは一時間も前に遡る。
この時点で、アカネは既に5体のビットを倒していた。
(むぅ…………1体くらい捕獲したいなぁ…………)
他のリーダーたちが、数体ずつくらい捕獲しているのに、アカネだけはまだ0体なのだ。
だが、そんなことを考えている間にも、ビットは襲ってくる。
『もー…………おりゃ!』
ドスッ!
アカネは、自らの指をビットのカラダに突き刺した。
──────その瞬間、そのビットのカラダは、粉々に破裂した。いや、爆発した、といった方が正しいだろう。
彼女の能力、その大元は、起爆薬テトリルを、ガス状にして改良を加えたものを体内で生成することにある。
そして、そのガスを、指の管から相手の体内に流し込むのだ。すると、敵はそのガスによって、爆発、破裂をする、というわけである。
見てわかるように、捕獲には向かない。
ただ、単に倒すというだけなら、これほど特化した能力はないだろう。ガスさえ放出すれば、周りの生物は勝手に破裂して、勝手に死んでいくのだから。
(…………捕獲は無理そうだな……諦めるか……)
諦めがかなり早い気もするが、これが彼女の性格である。
ドッ、ブスッ、ドスッ……!
アカネは着々とビットを破裂させていく。
──────ザッ、ザッ、ザッ……
そんななか、1つの足跡が近づいてくる。
『なんだろ……あれ……?』
──────4本足、キバ、爪、獰猛そうな荒い息、血走った目、そしてその表皮に微かに浮かぶ縞模様。
これらを共通してもつ動物といえば…………
『……ト、トラ…………?』
トラ型のビットは、その血走った目でアカネを見つけるやいなや、いきなり襲いかかってきた。
『うわぁっ!あっぶなぁ!』
アカネはスレスレでかわし、体勢を整える。
『ふぅ、変な形だから捕獲したいけど……』
だが、そんなことを言っている間にも、敵は襲ってくる。
『ちょっ……!結構速いし……!』
捕獲など考えていれば、彼女の場合はすぐに巨大な黒いトラにやられてしまう。
ならば、残された道はただ1つ。
『……やるしかないか…………』
アカネは、1つ深呼吸をし、足に力を込めた。
そして、トラをめがけて襲いかかった。
同時に、そのトラも襲いかかろうとする。
だが、アカネの方が上だ。彼女の指は、既に敵の振り上げた右前足に突き刺されていた。
シュウゥゥ……ボンッ!
トラの右前足は破裂した。
アカネはほっと一息ついた。だが次の瞬間、アカネは大きく目を見開いた。
『なっ……なんで……』
そこにはまだ、トラの姿がはっきりと残っていた。右前足がなくなり、左前足だけで立っているが。
『う…………うそ……』
だが、驚く暇などない。敵は、残った左前足だけでも襲いかかってくる。
『うっわぁっ!』
攻撃を、スレスレでかわしたアカネは、再び体勢を整えて、攻撃体制を作った。
『予想外にしぶといなぁ……じゃあ……』
その瞬間、アカネの"気迫"が一変する。
『アカネの本気、見せてやろうじゃんか……』
敵の攻撃など、元々軽々かわせる。まして、足一本なくした化物の攻撃など、なんの脅威もない。
もうすでに、10発は繰り出されたであろう敵の攻撃は、1発として的中することはなかった。
アカネの指は、トラのちょうど額に突き刺されていた。
『頭破裂させればダイジョブかな……でも……』
そういったアカネの顔は、青く染まっていく。
『……ヤバい…………ガス入れすぎたかも……』
ズガッ、ドゴォオン!
『やっぱり……』
ビットのカラダぐらいは粉々に吹き飛んだ。
原形など、全くとどめていない。
『カラダぐらい……残しときたかったな……』
アカネの足元にキバがころがる。
そして、他のビットの姿も見えなくなったところで、一人の人影が近づいてきた。
『あれまぁ……こりゃぁ派手にやったなぁ……』
ヘラである。もう他の人たちも終わったみたいだ。
『捕獲……できませんでした……』
アカネは、少し落ち込みぎみで呟いた。
すると、ヘラはアカネの頭を撫でた。
『お前の能力じゃあ仕方ないだろ。大丈夫だ、俺らがいっぱい捕獲したからよ。ちなみに俺は14体。あと……』
言いかけたところでウルズが乱入してきた。
『よっしゃぁあっ!俺18体!まぁイズネさんと一緒だけどね。あとなんかクマみたいなの捕まえました!』
『おう、そうかよくやった。こっちはオオカミだ。』
他の人たちは捕獲しているのに自分は倒しちゃった~、アカネはちょうど今そんな気持ちだ。
『すいません、こっちトラだったんですけど…………倒しちゃいました……』
『まぁまぁ、仕方ないって。じゃ、帰ろっか。』
ちなみに、捕獲したビットは、車の後ろについてる車輪つきゲージに入れて運ぶのだ。
日はもうすでに、傾き始めていた…………
『スゥッ…………たっだいまあああぁぁぁっ!』
『ったく……おかえりなさいませー……』
ヘラが大声で挨拶。返したのは、久々の登場ヴァンパイアだ。
『……あれっ?奇襲うけてたんじゃ……』
『とっくに倒しましたよ。死者、重傷者ゼロ、軽傷者は9人です。…………てか奇襲うけてんの知ってたならなんであんな登場のしかた…………』
『あっ、ばれた?アハハハ』
笑い終わったヘラは、放送をいれた。
『みんな、今日はお疲れ様。あとはゆっくり休んでくれ。あ、それと、リーダーは全員あとで軍長室にくるように。話があるんでね。』
その夜、リーダーたちは軍長室に集まっていた。
それは、ある計画の話だった。
ただ、まだ研究段階の話だったようだが、今回捕獲したビットを研究することによって、かなりの進展の見込みがあるらしい。
『………………以上がこの計画の説明だ。そしてこの名称が……"Operation of Transforming to Creature"通称"OTC"だ!』
Operation of Transforming to Creature、通称OTC。
それはどんな計画なのだろうか。
その説明は、また次話で。