嘘吐きと自他傷癖2
※ネタバレ:まだ自他傷癖は出てきません
今年はここ数十年ぶりの猛暑らしい。
そんなニュースを見ながらクーラーの聞いた部屋で涼む、至福の時だ。
少しでもリラックスできる環境に身を置かないと、どうしても夏休み前の事を思い出してしまう。
夏休みに入りしばらく経ち、最近は嘘吐き達も僕の前に姿を見せることが減った。
窓から太陽を照り返すアスファルトの小道を見る。セミが死んでいた。
まさかね……と思いながらパソコンのディスプレイに視線を戻す。
『ピンポーン』とインターホンが鳴る。
……正直、出たくない。
おそらくドアの向こう側にいるのは
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
間違いない、深山さんだ。
「よ!生きてるか?出ねぇから死んでると思ったぜ」
どうにも「こっち」の彼女には慣れない。
そもそも素直な好意や会話をぶつけられるのに僕は慣れていない。
「朝から元気そうだね、深山さん」
勿論、皮肉を込めて言った言葉だけど深山さんには通じないのだろう。
そもそも僕の周りの人間には殆ど皮肉が伝わらない、分かっていたことだ。
「そりゃ今日はデートだからな、元気じゃねぇわけねぇだろ?」
「……もう一度言ってもらえるかな?」
生憎僕は難聴ではないので、聞き慣れない単語を聞き逃すことはできなかった。
再確認の意味も込めて問いかける。
「え?元気じゃねぇわけねぇだ……」
「その前かな」
「今日はデートだからな」
「それそれ」
指摘すると深山さんは首を傾げる仕草を見せる。
「なにかおかしかったか?」
「なにかというか全体的におかしいよね」
あまりにも突拍子のない流れに戸惑う僕に、さも当然と言うように話す深山さん。
そんな約束をしたっけ?という言葉も出ないほどに詰め寄る深山さんの背後に人影が見えた。
「やぁやぁ、朝から元気そうだね」
長ズボンにパーカーと言う季節外れ……と言うより季節に喧嘩を売ってるかのような服装の収集癖がそこに居た。
収集癖の声に反応し振り返る深山さんは収集癖を見た途端訝しげな表情で僕に問い詰める。
「誰だあの女」
間違いなく関係性について勘違いしているであろう深山さんの目は座っていた。
とは言え事実上大した関係でもないので正直に話す他はない。
「収集癖だよ、ほら以前会った嘘吐きの知り合い」
「……あのモヤシの知り合いか」
「モヤシ……、まぁそうだね」
嘘吐きをモヤシ呼ばわりする深山さんに興味を持ったのか僕と深山さんの会話に入ってくる収集癖。
しかしこの暑い中よくパーカー姿でいられるものだ。顔を見てみても汗一つかかず涼しげな表情をしている。
「嘘吐きなら今日も朝から悪癖狩りでもしてるんじゃないかな?そもそも僕らは互いに行動を把握してるわけじゃないんだけどね」
「悪癖狩り?」
深山さんが反応する。そう言えば彼女も嘘吐きに「悪癖」と呼ばれていた。
「もともとこの街に来た理由だからね。悪癖狩り」
「定職に就かない奴の妄想かよ」
「えらく突っかかってくるじゃないか、二重人格」
「ぁあ??」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
慌てて二人の仲裁に入る僕に気を遣うように言葉を濁す二人にひとまず安堵しながら、収集癖の用件について尋ねることにする。
「いやぁ、特に用はないんだけどね?暇だったから君の家の前に来たんだけど、なにやら揉め事のようだったから……」
「揉め事じゃねぇ」
「僕が助けてあげようと思ってね。ほら、僕は君には好意的でいたいからさ」
「余計なお世話って言ってやれダーリン」
「深山さんの言葉に乗るわけじゃないけど、助けてもらうほどじゃないよ収集癖」
「困っていたようだけど?」
「まあね」
「ダーリン!!」
「ははは」と苦笑いしかできない。僕は嘘を吐くのは苦手だ。
*
「麦茶しかないけど」
「ありがとね」
「あざーっす」
とりあえず玄関じゃ目立つし暑いからという事で居間に招きいれたわけだけど、
「流石ダーリンの注いだ麦茶だな、美味い」
「よく口に出せるねそんな台詞」
「喧嘩はやめてね二人共」
二人の状況はあまり変わらず。というか収集癖は結構人に突っかかるタイプだったのか……。
「そもそも悪癖狩りって何をしてるの?」
なんとなく単語から意味は汲み取れるけど、一応の確認という事で収集癖に聞くことにした。
麦茶を飲み干した収集癖は「他ならぬ君の質問だから答えてあげよう」と言い出し、深山さんを一瞥すると僕の問いに答え始めた。
……確実に深山さんを煽ってるよなぁ。
「僕たちが言う悪癖っていうのは「人に危害を加える可能性がある癖」のことでね」
「危害を?」
「例えば「噛み癖」ってあるだろ?爪を噛んだりしちゃうやつ」
「うん」
「これが悪癖として進行すると「人を噛み殺しちゃう」わけ」
「えぇ……」
「おい、朝から気持ち悪い話するなよパーカー女!!」
「一例だよ一例、僕たちは進行を事前に食い止めて押さえつける、もしくは無力化するっていうのが役目なんだけど」
「深山さんは?悪癖なんでしょ?」
「……」
「その娘はね、現状無力化できてるから問題ないよ」
「無力化?めちゃくちゃ害ありそうだけど……」
「……ダーリン居るし、そんなことしねぇよ!!」
「あ、なるほど……」
「うん、そういうこと」
つまり深山さんの悪癖の無力化に僕が作用してるってわけだ。
……良いように利用されてる気がするけど。
「君の友達作りを兼ねての処置だからね、一石二鳥というやつさ」
「利用してる部分は隠さないんですね」
「僕も嘘は吐けなくてね」
「そんなことよりよぉ」
深山さんが立ち上がり僕の方へ詰め寄ってくる。
非常に顔が近いが逃げられないよう腕を掴まれてしまった。
「デートだよデート、早く行こうぜ」
問題を先延ばしにするのが僕の悪い癖だと自覚はしているものの。
これはもう断れないパターンらしい。
むしろさっきの収集癖の口ぶりから見るに僕が深山さんのリミッターとして作用しているのなら、ここは断るべきじゃないのだろう。
「……わかったよ、グラスを片付けてくるから、先に外で待っててもらえるかな」
「僕も一緒にいいかい?」
「は?駄目に決まってるだろパーカー!!」
「服装を愛称につけるなんて、やっぱり君の方は単純なんだね」
「け・ん・か・は・や・め・て・ね・?」
この二人の場合、嘘吐きを相手にしている時よりタチが悪いんじゃなかろうか。
確信にも似た不安を抱えながら、深山さんとのお出かけの支度をする僕だった。
多分次話も自他傷癖はでてきません