嘘吐きと接触
一人ぼっちな学園生活を送る高校二年生の主人公
彼の日常を脅かす二人の男女
嘘吐きと収集癖との出会いまで
「いじめ」は「いじめられる側」にも責任がある。
それが「いじめられっ子」としての僕の意見だ。
朝、TVのニュースを見ていると、中学生がいじめで自殺したらしい。
「卑怯だ」
ふと口からこぼれてしまった気持ちに気が付き、慌てて母の方を見ると
いつものように父の弁当を作っていた。
僕の言葉は聞こえてはいないようだった。
目の前のバターロールをかじりながら、どうしてこんなことを口走ってしまったのかを考えた。
「自殺は卑怯である」、これは僕の新しい持論になるかもしれない。
まぁ、持論などと大層なことを言っても他人に話すわけでもなく、
ただ僕の心の中でくすぶってしまうようなことだ。
だけど、僕にはそれが大事なことだった。
人が生きていくには衣食住の他、何か指針や目標そして芯を持つことだと教わった。
僕には目標と呼べる物が無く、あるのは継ぎ接ぎだらけの芯だった。
どうして継ぎ接ぎになってしまったのかと言うと…
…いや、今は関係ないか。話を戻そう、新しい僕の持論についてだ。
いじめられっこ役が自殺によっていなくなるということは結果的に片方しか残らなくなってしまうというわけだ。
この場合はいじめっこ役だ。
片方の役がいなくなってしまったのなら、もう片方はその役と意見も交わすこともできない、
要は逃げられてしまったわけだ。
あとは周りが一方的にいじめっこ役を責め立てる、いじめっこは反論しても周りは聞くことはない。
実に不条理だ。
「死んで逃げるなんて…、卑怯だよ」
僕はコーヒーを飲み干した。
僕が食器を片付けていると母が近づいてきた。
「今日はふたりとも帰り遅いから、冷蔵庫のをチンして食べておいてね」
「今日も、じゃないの?」
言うと母は不機嫌そうな顔になった。
別にそんなつもりで言ったわけではないのに、と心のなかで言い訳をする。
「…文句言わないの、じゃあお母さんはもう行くから」
「いってらっしゃい」
冷蔵庫の中身を見る。
ハンバーグとウインナーが見えた。
「まぁ…、いいや」
肉はあまり好きじゃないが、下手に他の食材に手を付けると何を言われるかもわからないので
おとなしく夕飯として頂くことにした。
今日も平和な学校生活だった。
誰にも声をかけることもできず、同級生の誰からも声をかけられることもなかった。
…帰ったら嫌いなものを食べなきゃいけないと言うことを除けばこの上なく良い日だった。
好意の反対は無関心と聞いたことはあるけど、確かにそのとおりかもしれない。
今日は両親の帰りが遅い、つまり帰ったら自由なわけだ。
何を隠そう僕の数少ない趣味、それはPCを使ったネットラジオだった。
しかし親はそういったことを嫌うので、親がいないこういった日が僕にとってチャンスだった。
気持ちいつもより足取りは軽い、いつもより空も澄んでるように感じた。
そんな軽い気持ちで歩いていると前の方から声が聞こえた。
「…なかなか見つからない、ここにはいないんじゃないか」
「ボクの勘に間違いはないよ、必ずこの街にいるはずさ」
「街、と簡単に言ってくれるな、広さを考えろ」
「前みたいにやればいいじゃないか」
「あまり目立ちたくない、そう思うだろ少年?」
声の主はいつの間にか目の前に立っていた。
いきなり話しかけられた事で、僕はびっくりして逃げ出すこともできなかった。
「いきなり話しかけたら不審者だよ」
「自覚しているつもりだが?それより少年、固まっていないでなにか言ったらどうなんだ?」
「ぁ…あ…」
「しゃべれないのか?そういう病気か?」
「驚いてるんだよ、いきなり話しかけたから」
「…ふむ」
とっさに声が出なくても、2人を観察することは出来た。
男の声の方は燕尾服? と言うのだろうか、スーツとシルクハットをかぶったいかにもな不審者。
女声の方はパーカーを羽織っており、フードに隠れて顔まではしっかりと見えなかった。
観察する程度に落ち着いた僕は、なんとか言葉を発することができるようになった。
「あ…、貴方達は」
「ん?喋れるじゃないか、それに…」
「そ、それに?」
「当たりかもしれない」
「え?」
言うと男は僕の方に手を伸ばしてきた。
とっさに振り払うと、男は僕を睨みつけ言い放った。
「お前の声、気に入った。ずっと探してたんだ、お前の声」
「よかったねー僕、声気に入ってもらえたんだってさー」
「な、何を言ってるのか…」
「捕まってくれ、よろしく」
「…!!」
その時、僕の17年間の経験が告げた。
【全力で逃げろ】と
「お、追いかけっこかい?おじさん頑張っちゃうぞぉー」
「そんな歳でもないでしょ」
「そうかい?結構長生きしてるとは思っているんだが」
「気のせいだね」
あの二人の会話が聞こえなくなるまで、遠くへ
そう思いながら、僕はただひたすら走った。
運動音痴だという自覚はしていた。
でも、地元の地の利を活かせば撒けると言う自信があった。
その考えが甘かったと気がつくのにそこまで時間はかからなかった。
両腕が痛い、紐か何かの感触がする。
「まったく、人の欲求を聞かず逃げ出すなんて、一体どういう教育を受けてるんだ少年」
「まったくもって正しい教育を受けてると思うよ、嘘付き」
「…まあいい、何やら君は誤解しているみたいだが我々の自己紹介をさせてもらおう」
「人を拘束しておいて、誤解も何もないだろう!」
「随分と喋るようになったじゃないか、いいことだ」
「…」
「私の名前は「嘘付き」、周りからマイケルと呼ばれてる」
「嘘ですよね?」
「ああ」
「ボクの名前は「収集癖」、えーっと…コレクターって呼ばれてるよ」
「横文字なんですね」
「嘘付きの趣味なんだ、しょうがないね」
「はぁ」
燕尾服を着た男の名前が「嘘付き」
フードをかぶった女性の名前が「収集癖」
なんと言うか…、いかにもな怪しい名前だった。
「君の名前は東間 策吉と言うのか」
「…違いますよ?」
「さて、策吉君」
「お望みどおり喋ってるんですから、せめて話を聞いてください」
「君は私達の「声がほしい」をまるで声帯を無理やり引きちぎり奪うかのように感じているようだが」
「いえ、それ以前の問題です」
「むしろ逆だ、君をもっと喋らせようとしているわけだ」
「本当にお願いですから話を聞いてください」
久方ぶりに家族以外と話すのに、まったく嬉しい気持ちになれないのは何故なのだろうか。
「私は君の声を聞きたい、君の泣き声、笑い声、怒り声、喜びの声が聞きたいのだ」
「嫌です」
「そっけない声はその辺にして、明るい声が聞きたい」
「嫌です」
「…随分と暗い性格なのだな」
「ほっといてください」
「断る。収集癖」
「分かった」
返事をするとパーカー女は慌てるようにして走っていった。
女が視界から消えたのを確認すると、僕は再確認するように辺りを見渡した。
小屋…? 山小屋だろうか。壁は丸太でできているようで僕の視界には窓が見当たらなかった。
追いつかれた後の記憶は曖昧だった、郊外の方へ運ばれたのだろうか。
目の前の優男にそんな力があるとは思えない、かといってパーカー女が僕を運ぶと言うのも何か釈然としなかった。
「学校の裏に小さな山があるだろう?彼処は良い所だぞ、今度連れて行ってやろう」
「いきなりなんですか」
「もう連れてきてるがな」
説明してくれたのだろうか、よくわからない。わかりたくもない。
「最近の高校生の考えることはよくわからん、学生というのはもっと活気に満ち溢れているはずだ」
「僕個人に対して、その意見は的はずれだと思いますよ」
「変わり者か」
「否定はしません」
「面白いかは知らんがつまらなくはない人間性を持っているようだな」
「さぁ」
ドアが開くような音がした。
「この子、俗にいういじめられっ子。あと一人ぼっち」
「そうか」
外から帰ってきたパーカー女は僕の現状を実に分かりやすく端的に説明してくれた。
改めて他人に言われると、変な気持ちだ。
怒りがこみ上げてくるような感覚かと思えば、自分が情けないように感じた。多分間違っていない。
「だからなんです?」
「そうか、友達がいないのか」
「否定しません」
「収集癖、少年の友達をつくるぞ」
「分かった」
フードから僅かに見える口元が、笑みを浮かべている。
これも「いじめ」ではないのだろうか。
「やめてください、家に帰してください」
「簡単な話だな、少年に友達を作れば少年の明るい声が聞けるようになるわけだ」
「本当に人の話聞かないんですね」
「協力してやろう」
「嫌です」
「本当は欲しいんだろう?」
「…」
「なかなか正直者なんだな」
こういうところで黙りこくってしまうのは悪い癖だと自覚している。
悪い癖と言うのはなかなか直せないものだ。
「私達が少年の友達を作り、いじめの標的から外してやろう」
「随分と自信有り気じゃないですか」
「簡単な話と言ったじゃないか」
「そういう意味じゃないです」
「結局は自分から行動しないから、今みたいな状況になっているんじゃないのか?」
「なんでも知ってるように言わないでください」
「確かに私は何も知らない。だが私の収集癖は少年の状況を知っている」
男はパーカー女の方を向くと、パーカー女は先程の説明のように口を開き始めた。
「君は高校一年目の最初のHRに自らを劇的な状況に追い込んだ」
「わかりにくい」
「俗に言う高校デビュー、君はそれに失敗してしまった」
「…」
「つまりははしゃぎすぎたわけだ、しかしそれが原因でいじめられるものなのか?」
「世間一般、ニュースで流れるようないじめとは違う」
「どういうことだ?」
「「ただ無視される」これが今の君が受けている「いじめ」」
「…それはいじめなのか?」
「彼がいじめを受けていると言うならそれはいじめ」
「そこら辺は知らん。が、内容は分かった」
「分かったからなんなんですか」
「私たちが行動に移すということだ、先刻言ったことをな」
この人達の玩具になる気はまったくない。
だけど、この男の自信に頼ってみたくなった事は紛れもない事実だ。
僕は友達がほしい、中学校生活のように和気あいあいと話せるような友達がほしい。
今まで努力して来なかったわけじゃない、僕はやることをやった。
報われなかったとは思えば嘘になる、だけどこの現状も良いと妥協してしまった。
「わかりましたんで縄を外してください」
「良いよ」
「…嘘吐いて逃げられるとは思わないんですか?」
「私に嘘は通用しないから」
真顔だった。
「ようやく行動する気になってくれたみたいだね、いい心持ちだ」
「失敗しますけどね」
「その時は私や収集癖を恨むかね?」
「恨みはしませんよ、嘘吐きに嘘吐きって言ったって不毛なだけじゃないですか」
「その通りだ」
「だから僕は、その時に喉を潰す」
「……………」
「……………」
これはひとつの賭けだった。
何故この二人が僕の声に執着するかは分からないが、
これはこの状況での数少ないチャンスだ。
「君自身が喉を潰そうとする前に、ボクが四肢をへし折ることもできるよ」
「なら舌を噛み切ります」
「嘘吐き…」
パーカー女が困ったような仕草をしながら男の方を見る。
男はただ僕を睨み続けている。
僕は嘘吐きの目を見続けた、僕の言葉が本気と捉えられるように
男は静かに口を開いた。
「…本気だ、少年は本気で私達と同じ土俵に立とうとしている」
男はゆっくりと僕に近づいてきた。
ゆらりと動く様はただ不気味の一言だった。
それでも僕は男の目を見続けた、四肢が自由なのが逆に辛く感じた。
僕の意思と反して逃げ出そうとする四肢を抑えこむことは決して簡単なことではなかった。
逃げ出すためでなく、この二人と対等になるため僕は口を開いた。
「貴方達は僕の声の為に協力する、僕は友達を作るために2人に協力する」
男は僕から目をそむけ、パーカー女の方を見て呟いた。
「そうなるな」
「ボクはそこまで興味があるわけじゃないんだけどね、嘘吐きの対象が君ならボクは協力
せざるを得ないわけだけど」
賭けは成功したようだった、不満の声は聞こえない。
男の顔を見ると何やらニヤついてるようだった、気持ち悪い。
「じゃあ、僕の和気あいあいとした未来の為に」
「では、私の理想の声に包まれた理想の為に」
「嘘吐きの理想の実現の為に」
「「「今後とも宜しく」」」
「対等な存在になるんだったら敬語はやめたほうがいいぞ」
「…わかった」