奏3
櫻井奏の話 その3
「無情」
魔法使いの弟子としての勉強をし始めて暫く経った頃、師であるリートディクハルカヤトが俺に教えてくれた魔法がある。
それは一番残酷で、一番悲しくて、一番辛くて、一番苦しくて、一番教えられたくはなかった魔法。
『無情』
一番手が震えた魔法。
「魂を取る魔法?」
その日、俺はリートに呼び出され学校帰りにリートの家に来ていた。リートと共にここに住んでいる飛べない鳥トリオの三匹は今は見当たらない。寝ているのだろうか。
「そーや。人間の魂を抜き取る魔法や」
にっこりと笑ってそう言うリートに最初は何を言っているのだろうかと、この時の俺はそんな暢気な事を思っていた。だけど。
「あいつらが飛ぶためには、半身の魂が必要って事、なんですか……?」
「そーや。だから奏にはこの魔法を覚えてもらわなあかんのや。あいつらが無事半身を見付けて飛ぶためにな」
現実味がない言葉。だけど紛れ様もない現実が突き付けられて、その時初めて足が宙に浮く感覚を味わった。
「俺達のいた世界ではな、鳥は魂を二つ持っとるんや。一つは『生きるための魂』、もう一つは『飛ぶための魂』。俺達の世界ではその二つの魂があってこその『鳥』なんや。だけどあいつらには魂が一つしかない。『生きるための魂』しかないんや。だから飛べない。だから『飛べない鳥』と呼ばれる」
リートの口から放たれるのはこの世界とは違う別の世界の、そこで生きる鳥達の話。
「どうしてそないな『飛べない鳥』が生まれるんかはまだ解ってない。ただ稀に生まれるんや、突然に。魂の片割れを無くした鳥が。魂の形成がうまくいかんかった鳥が。じゃあ、その鳥の魂の片割れはどこへ行ったんか。もともと持って生まれるはずの魂はどこへ消えたんか。どこやと思う?奏」
問われた俺は小さく「俺達の世界ですか」とリートに答える。
「正解やけど、大正解やないな。奏達だけの世界やない、他のもっと別の世界にも行ってしまう事もあるんや。まぁ異世界中っちゅうやつやな」
そこまで言ってリートは一息つくかの様に徐に手を動かし始めた。机に置かれた白い羊皮紙に赤色のインクで何かを書き付け始める。だがそれは日本の文字ではないので奏には読めない。数秒も経たぬ内、手を動かしながらもリートはまた口を開いて話を再開させた。
「そして別世界へ行った魂の片割れはその世界の神様の手によりその世界の住人として向かえ入れられ、その世界で一生を過ごす様になる。それは人間であったり花であったり動物であったりと様々や。そこは神様の気まぐれで決まるんやろうなと俺は思っとる」
魂の片割れは必ずしも人間というわけではない。人間じゃない可能性もある、とそう言う事。
奏の安心したかの様なほっとしたかの様な顔をちらと見てリートは一人声を出さずに口角をつり上げ笑う。
「だったら人間の魂を取る魔法なんて覚えなくてもいいじゃないですか」
「怖いんか?奏」
リートは文字を書いていた手を止め、ペンを置いて奏をじっと見つめる。
「怖いんか」
「…………」
怖いに決まってる。
魂だぞ。人の命だ。魂を取るって事はその人の命を取ると言う事でその人を殺すって事だ。そんなこと俺には出来ない。やっちゃいけない。それがたとえ、あの飛べない鳥トリオ三匹のためなのだとしても。
やってはいけない事が、この世界にはある。
「大丈夫や。奏が覚える魔法は『死後の魂の取り方』の魔法やから。生きてる人間には使わへんよ」
どういう事ですか?
奏がそう聞くとリートは、ぐいーと手を上に伸ばして伸びをしてから話し出す。
「生きてる人間の魂を取る魔法もあるけど、それは奏には必要ないから教えへん。けど死後の魂を取る魔法は必要になるから教える。あいつら『飛べない鳥』が必要なのは魂の片割れ。『半身』の魂や。それは死んだ後でも実は回収できるんや。というより死んだ後の方が取りやすいって言うべきかもしれんな。だから奏が手を汚す必要はない。奏は死んだ後の魂をその人の体から貰えばええだけなんやから」
なんて事ないかのように普通の調子で話すリート。それが奏には信じられなかった。だってそれなら。
「それってあいつらが、『飛べない鳥』の三人が『半身』を殺すから、だから俺はその後に魂だけ取って渡せばいいって、そういう事かよ……」
自分の声がいつもより低くなってしまっている事に自分でも驚いた。でもそんな事よりも何よりもリートの話が、リートの言うことが奏には衝撃だったのだ。
リートは「何言ってるんや」と奏をバカな者でも見るようにして言う。
「元々はあいつらの魂の片割れなんやで?殺すて大袈裟な。返してもらうだけやん」
「でも、さっきリートさん言ったじゃないですか。俺が手を汚す必要はないって」
それって、そういう事なんじゃないのかよ。『手を汚す』ってそういう事だろ?
それをあいつらに。
あいつらにやらせるって言うのかよ。
「奏、あの三人には昨日この話をしといた。今後どうするんかは、あいつら次第や。俺はもう何も言わん。奏に無理にこの魔法を覚えろとは俺は言わへんよ?ただ、どうするんか決めるんはあの三人と、奏や。奏が魔法を覚えたくなったらまた来たらえーよ。その時は教えたる。話はこれで終いや」
話は終わり奏はリートの家を出る。
外はまだ驚くほど明るかった。
びっくりするほど、眩しかった。




