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こんな毎日しゃかりきに

作者: 右下

霧樹きりき 呉汰くれた。これが俺の名前。


先月に二十二歳の誕生日パーティーを迎えた、大人初心者だ。仕事は近所のスーパーで働いており、貯金が貯まり次第上京でもしようかと我策している。


自宅は、実家から数駅離れた程度の近さのアパート住まい。


上京して「最初から一人暮らしが出来るか?」と問われれば俺は少なくとも「不可能だ」と率直に答えるだろう。


つまり現在のアパート暮らしは、簡単な一人暮らしの予行練習なのだ。


家賃を毎月払い、生活費を色々とやりくりする程スーパーの給料はよろしくはないので、家賃と食費以外の水道ガス電気代は親に負担してもらっている。いずれ出世払いするつもりだ。


いざ一人暮らしを始めた時は炊事洗濯など、普段はやってもらっていた雑用が全て自分の力で賄わなければいけないのが一人暮らしと言うものだ。


想像を絶する苦労をひしひしと感じ、先々週には親に号泣したまま感謝の電話をしたほどだ。



そんな俺も一人暮らし、一ヶ月目へと突入した。


部屋も突然来客が来ても大丈夫な程度の清潔さを保ち、食事も自分の舌が満足な評価を出せる程度の技術は身についた。確かに最初は辛かったが、慣れれば案外造作もない事だった。マイナス面ばかり気にしていたが、ちゃんとプラス面だってある。


誰にも邪魔されず、人目をはばからず自由に居られるこの空間は、自分の部屋が自宅全部に移ったような感覚だ。


今日は仕事先のスーパーで安かった卵を二パック買い自宅で初挑戦のオムレツを作ろうと計画していた。


そんなある日の出来事の話しだ。



     *



鼻歌を歌いながら、俺は自宅のアパートの前に到着した。しかし、ある異変に気が付き近くの電信柱に身を隠した。


自宅の扉の前に、一人の女性が立っていた。


扉の前でジーッとドアノブを見つめ、ずっと直立不動のままにいる。日本人が見ても、外国人が見ても、誰がどこからどう見ても明らかに不審者だ。


その不審者は、俺の部屋の扉から一向に離れようとせず、俺もただジーッとその女性を見つめていた。


十分ほど時間が経ち、いい加減痺れを切らした俺は意を決して女性の元へと向かった。


そして、久しぶりに困惑したのだった。



「あ、霧樹くーん。ひっさしぶり!」


透き通るような声で話しかけてきた女性の顔を見て、俺はパッと思い出した。



「う、鵜飼?」


鵜飼うかい あゆむ。高校の時の同級生だ。言い方をよくすれば親友。悪く言えば悪友。



「先月の宣言通り、ちゃーんと来ましたよ!」


「先月だ?…あー」


そう言えば一カ月ほど前に、メールで鵜飼に一人暮らしをするって事を話したんだっけか。あの時は遠足テンションだったからなあ。



「俺の築く王国は世界一だぜぃ、って豪語してたから結構楽しみなんだけど? けどけど?」


「あー、いやー。そんな絵空事言った覚えが無いなんだけど? 鵜飼の誇大妄想が引き起こした、虚言の産物じゃないのか?」


一見難しそうな事を言って、話題を反らそうとする俺。しかし、鵜飼は待ってましたとばかりにポケットから既に開かれた状態の携帯電話を俺の前に突き出してきた。思わず身構える。


その携帯の画面を覗くと、そこには先月俺が送った王国建設予告と招待状のメール文が広がっていた。


あーうち…(今のは『あうち』と『あー、家』を掛けた高度なギャグだ)



「霧樹君の事だから必ず屁理屈言うと思って、メールにロック掛けて残してました~。霧樹君の行動パターンなんて、赤子の手を捻るくらい簡単なんです」


「赤子の手を捻るなよ…ただの最低野郎じゃねーか」


「約束を破るのも最低野郎なんですけど?」


「…あー、うん。俺は最低野郎でいい!いざサラバ、脱兎のごとく」


俺は回れ右をし、戦隊ヒーロで出てくる雑魚的のように走り出す。その速さたるは、風の如く。


しかし、俺が走り出すワンテンポ前に鵜飼は走り出していたようで、数メートルも走らない内に捕まった。何故だか小学校の頃やったドロケイを思い出した。


あの時は集中砲火されて泣いた事がある。嫌な思い出だ。



「はーい。霧樹君の逃げるお家はこっちですよ~」


もはや俺のなす事全てが、鵜飼の前では無価値に等しいようだ。


しばらく会わない内にエスパーにでも転職したのだろうか? まあエスパーとゆう職業があるかは知らないが。


首根っこを掴まれ、引きずられるように自宅の扉の前へと連れてかれる。しかし、自宅の防衛ラインが突破される寸前の所で鵜飼は止まった。



「ねぇ、何か見られちゃまずい物でもあるの? それとも、いつもは綺麗だけど最近は掃除してなくて汚いから入れたくないー!とか? やっぱり日を改めて来ようか?」


鵜飼は若干眉をひそめ、心配そうに俺に尋ねてくる。


困った事に鵜飼はこんなヤツだ。


色々と強引に周りを引っかきまわしているが、寸での所でちゃんと相手を気配り、相手が不快に思う一線を決して越えようとしない。


本当にまったくもって卑怯だ。一体何度この攻撃に、俺は鵜飼の暴動を許したか。



「いや、大丈夫だ。客人を招くのは初めてだが、不快な思いをさせるほど汚くは無い筈だよ。俺基準だがな」


「そう? なら、遠慮なくお邪魔するね~」


結局俺は今度もこの攻撃に耐える事は出来ず、自宅の防衛ラインは己の手によって突破してしまったのであった。


鵜飼はアイコンタクトで、早く扉を開けてくれと俺に合図を送って来た。


仕方なく俺は、ポケットから無駄にキーホルダーが縛りつけてある家の鍵を取り出し、鍵穴にねじ込む。キーホルダーが物凄く邪魔なのだが、どうしても付けちゃうのが俺だった。単にかっこつけだが。


扉を開けると、すぐに後ろから「ドシドシ」と口で効果音を言いながら鵜飼が部屋に突入した。


しかも土足で。


これには俺も内心の驚きを隠せなかった。



「おぉおおい!!遠慮くなくお邪魔するとお前は宣言したが、幾ら何でもこの奇行は常識の範疇から大きく常軌を逸してる!お前、みんなに昼休みドロケイで集中砲火されるぞ!?」


後半部分は若干ボルテージが上がったせいで変だったが、これは本当にびっくりだ。まさか、俺の家の中はUSAだと思ったのかコイツ。


扉を開けるとそこは―


―アメリカだった、みたいな。



「ナイスでグッドなツッコミをくれてありがとう。いや~、やっぱり霧樹君の前でボケると楽しいね!」


「お前はボケのためなら友人の家に土足で上がりこむのか? だとしたなら早くエスパーからピン芸人に転職をしろ!そしてナイスとグッド被ってますよ!!」


「芸人になるなら、ピンより霧樹君と組んで大儲けしたいな~」


なぜ大儲けをする前提の話なのだ。確かにお前と組んでお笑いするのも楽しいかもしれないが、所詮俺達じゃ年末の忘年会でやる出し物止まりだ。



「そーね~。名前はキリキリ鵜飼うかいがいい!霧樹君がキリキリ鵜飼の鵜のように働くの!私は勿論鵜飼してる人ね。知ってる? 鵜飼の鵜はね、飲んで捕まえた魚を吐きだしてご主人に差し出すのが仕事なの。さながら霧樹君が仕事とギャラを確保し、私がそれを徴収する。なんて推考で煌びやかな未来なの!!」


「待て待て、お前の人生設計がドンドン構築されるのは構わないが、俺をお前の人生設計に組み込むんじゃない!」


しかも、名前がキリキリ鵜飼だぁ?


ちょっと上手いな、って思っちゃったじゃねーかチクショウ…。


飲み込んだ金は絶対に吐くもんか!むしろ飲み込んでやるわ!てか飲みこんだら取れねぇじゃんか…チクショウ……。




      *




とりあえず、リビングにおいやった鵜飼は、現在座布団の上で正座をして部屋を鑑賞している。


俺はその内に粗茶を出す準備を整え、お茶菓子に柿ピーが一袋余っていたのでそれを出す事にした。


漆が塗ってある黒い盆に湯飲みを二つ、柿ピーの袋一つを乗せ鵜中の目の前に置いてある、白い人口樹皮で出来たサイドテーブルに持っていく。



「お、やっと粗茶が来たわね」


「お前はさっきから俺の神経を逆撫でしまっくている事に早く気が付くべきだ」


「別に、いいじゃない。昔はもっとやんちゃな話で馬鹿みたいに盛り上がった仲なんだからさ」


「…まあ、な」



     *



鵜飼との最初の出会いは、高校入学時に遡る。


自元から遠く離れた高校に入学した俺は、友人知人完全0の状態で、高校デビューを果たした。


最初の席は名前順だったので鵜中は俺の左斜め上の席にいた。もっとも、すぐにクラス内でグループは何個か形成され、当たり前に鵜中とは関わり合いのない男子グループに俺は所属した。


半年も過ぎれば大方クラス内の顔と名前は把握し、それなりに女子とも交流をした。


その時の俺はまだ中学から上がったばかりの精神未熟者だったので、ちょっとした小話程度が限度で、女子と休み時間に楽しい会話をすなどまったくもってありえなかった。鵜飼も小話以上世間話未満の微妙な関係だった。


そのまま可もなく不可もなく一年が過ぎ、二年生に上がりクラス替えがやって来た。


いざ教室に行き席に着くと、どんな因果かまたもや去年と同じ位置に鵜飼がいた。鵜飼も俺の存在に気がつき、奇妙な偶然も手伝い一年時よりも物腰柔らかに会話が出来るような関係になった。


しかし、それでも仲が特別好い訳ではなく、お互いちょっとした話相手くらいの認識だった。


ある日。席替えをする事になり、席場所を決めるくじを引いた。俺が着く事になった席は一番後ろの窓際から二番目の席。そして、その列の窓際の席に着いたのは鵜飼だった。つまり俺の左隣。


いざ話す機会が出来ると、頭の中の思考回路が意外にも似ていたらしく、話せば話すほど会話の華が咲き誇った。授業中のお喋りで、あそこまで笑ったのも初めてだった。


休み時間での会話は、周りから爆笑の渦を巻き起こした事もしばしばあった。


あそこまで笑い、笑わされたのは鵜飼が一番だった。



     *



というのが、センチメンタリーな俺の思い出の片隅にあった記憶の一部であり、目の前の鵜中はその生き証人なのだ。



「ほら柿ピー。浅草にいる鳩のように忙しなく喰え」


「おうおう、ありがとう。確かにあそこには沢山鳩がいるよね~。よくあそこで私も食い扶持が満たされて助かったなあ」


「本当に鳩かよお前は!」


俺は軽快にツッコミを入れ、ケタケタと鵜飼は笑いだした。



「いいえ、違うわよ。私は鳩じゃなくて鵜。パン屑よりも、お魚のが好きです」


「色々言いたい事はあるが、根本的に君は鳥類じゃなく哺乳類だ」


「はいはい、知ってますよ~。だけど、思ったほか部屋の中綺麗だね。私的には、部屋にあがりこむ、聞いた言葉とは裏腹にこの世の終わりのような室内、仕方なく部屋を掃除し始める私、霧樹君涙ながら私に居候を渇望する、心がブラックホールな私は住み込みで霧奇君をサポート、FIN。みたいな想像をしてたんだけど」


「例え掃除をお前に頼んだとしても、絶対にお前なんかをここに住まわすか。そんな事されたら一週間後には、俺は自分の王国の王の座を剥奪されて、廊下の一角で残飯をすする毎日になっちまう事明白だ」


「酷い事言うな~。もしそうなったとしても、ちゃんと毎日パンを千切ってあげるよ? もう!」


「餌やりおじさんか!しかも俺が鳩かよ!てか、さっきもこれに似た会話したわ!!」


完全なるデジャビュの会話に憤慨した俺は、すぐさま台所に避難。冷蔵庫から飲みかけのお茶が入ったペットボトルを出してがぶ飲み。爽やかな液体が喉を潤し、食道を滑らかに通過する。


だが副産物として残された攻撃によって、右辺頭部がキーンとした。



「ねー。テレビ点けていいー?」


早くも暇になったのか、鵜飼はテレビをご所望をしている。適当に齧りついてくれれば静かになるので、これを快諾。


さらに飲みかけになったお茶を冷蔵庫に仕舞い、袋に入った買ったばかりの卵の存在に気がついた。


そうだった。今日はこれから人生初となるオムレツ創作に勤しむ所だったのだ。


鵜飼が静かな内に料理を作り始めなければ、ダラダラと時間が浪費され気がつけば除夜の鐘が聞える時間帯になる事必死。


…そう言えば、鵜飼はいつ帰るんだろうか。


戸棚に張り付けてある時計に目をやると、二本の針が6に重なっていた。



「鵜飼ー、お前いつ帰んの?」


「ん~どうしよ。何か居心地いいし帰るのもだるいなー」


何だとお前? 俺の耳には爆弾発言としか形容しがたい『居心地いい』『帰るのだるい』の二つが聞えた。これが結び合い生み出す結果は想像に難くない。


ついに、俺の王国の最終防衛ラインにすら手を出してきやがった…!



「そんな事言っていいのか? お前の両親結構心配性だったし、あんまりのんびりしてる訳にはいかないんじゃないの?」


俺は鵜飼の弱点を即座に思い出し、的確に突く。実に完璧だ。



「いやー、最近和解しましてねぇ。連絡すればお友達の家限定だけど、宿泊の許可を得る事が出来るんですよ、はい」


大変です。鵜飼軍はすでに親と平和条約を結んでいたようです!


心の中に住んでいる、王国の兵士一人が現在の状態を語りかけてきた。完璧に劣勢すぎる。



「そうか、そりゃよかったな。なら今日はカプセルホテルにでも泊まれ。家には二つも布団はないんでね」


「え? 何で私が今日外泊する事決定なんですかい? というより私、霧樹君の家に泊まるなんて一言もお願いしてないけどぉ?」


きょとんとした顔で、鵜飼は不思議そうに言った。


し、しまった…。



「あれれ? もしかして今日、私に一泊してほしいみたいな感じなのかい青年? もー、まいっちゃうな~」


鵜飼は、上手い悪戯の方法を考えた子供のようにニヤニヤとした顔つきになり、俺の先程の発言の他意に気がついたようだ。


馬鹿だ、俺は。みずから墓穴を掘るなんて本末転倒もいい所。


これじゃ喜劇じゃないか(鵜飼視点で)俺にとっては悲劇だが。



「も~しょうがないなあ!…分かりました、今日は霧樹君の家に一泊しましょう、ええしましょう!!」


声を張り上げ鵜飼は「これも人助けよー!」とケタケタ笑いながら叫び、テレビに視線を戻した。


俺は力なくその場に崩れ落ちた。



いつからだろうか―



―異性と会話しても、ときめいたりしなくなったのは。



        *



鵜飼は本当に泊まる気だった。


コンビニに行きたいと言い、場所案内を含め付きあわされ、歯ブラシや夜食のお菓子やらパンやらをドバドバと資源が枯渇しそうな勢いでカゴに入れた。


「お前そんなに大食いキャラだっけ?」と訊くと、鵜飼は素っ頓狂な顔になり、次は急にキリッとした表情に変え俺に指をさしこう言った。



「全部完食しなければ家が爆発します!!!」


「な、なんだってー!」


と、そんな馬鹿なやり取りをしながら会計をすまし帰路につく。


俺は真面目に、鵜飼はこの多種類のパンとお菓子をどうする気なんだと考えた。


近所には可愛そうな捨て子も、公園に住む自由人もいない。猫にあげれるような餌もないし、まさか俺に無理やり詰め込む気なのだろうか。


「パン食べすぎて、胃がパンパンだぜ!」って洒落でも言わせたいのか? いや、考えすぎか。



「なぁ、鵜飼。お前晩飯はどうする気なんだ? パンとお菓子は沢山あるが、それが晩飯か?」


「んー、いや? だって、晩御飯は霧樹君が作ってくれるんでしょ?」


「は?」


「だってせっかく私が人助けで泊まってあげたのに、出すのは粗茶と柿ピーを一袋なんて酷過ぎない? 虐待もんだよ? PTAも訴訟もんだよ?」


「あー…まぁ、作る分には構わないが。そうするとなると、一品しかやんねーぞ。サラダなんか注文しやがったらお前、庭から採れた新鮮な草を出すからな」


しかも泥つきだ。無農薬で産地直送だし、これにはPTAの主婦方も文句は言えないだろう。



「私はその辺の主食サラダのヘルシー思考を持つ、女子校生とは違いますよ~だ」


確かに鵜飼には、ダイエットの文字は限りなく程遠い存在だ。線が細くてすらっとしてるのはいいが、真横から見ると胸のあたりの凹凸が無いのだ。口には間違っても出さないが。



「ふーん。ま、お前が野菜ばっか食ってたら『だからそこに栄養が行かないんだよ』って言われちまうしな」


あ、口に出しちゃった。


恐る恐る鵜飼の顔を見ると、鵜飼はパプリカのように顔をみるみると赤らめ、両手を上げ俺を指差し叫弾した。



「爆発決定!!!!!」


そう早口で言い、かなりのスピードで走って行ってしまった。方向は勿論俺の家方面。


先に着いて、内側から鍵でも掛けるつもりだろうか。しかしながら俺はちゃんと扉を施錠してきた。コンビニ行く距離だからって、これっぽっちもぬかりはない。


根拠を胸に抱き、俺はゆったりとした歩調で家へと向かう。


家の扉が見えてくると、鵜飼が俺の家の前で手を上下に上げ下げしていた。あまり人の家の前でおかしなダンスをされると、ご近所さんから素敵な噂を流されるのでここで足早に鵜飼に近づく。


近くに寄ると、鵜飼のおかしな行動の全容が分かった。


鵜飼は、猫が壁や床に爪を研ぐ時の姿と同じように、扉をガリガリと爪で引っかいていたのだ。



「ニャーニャー」


しかも肉音声付。馬鹿だなと思う反面、若干可愛いと思ってしまった。



「あー…猫ちゃん? 君の家はここじゃないよ。早く近所の路地裏の隅っこへお帰り」


手には大量の食料も持ってるし、当分は大丈夫だろう。先程猫にあげれるような物は無いと思ったが、こいつなら何でも喰うだろう。



「うーちゃんのお家はここニャー。ご主人様、早く開けてニャー」


ご主人様と言う響きはとても魅力的だったが、俺はこんな化け猫を飼った覚えはない。


中に入りたいなら、猫又にでもなってから来てくれ。というより、こいつ自分でうーちゃんなんて名前言いやがって。同じ二十二歳とは考えられない、素晴らしく若い脳みそをお持ちだ。



「悪いが俺は、猫に名前を付けるならタマと付ける主義なんだ。犬はポチ」


そう言い返すと、しばらく鵜飼は次に返す言葉を考えるが、妙案も浮かびあがらなかったのか「ニャーニャー」と猫言葉で訴えかけてきた。


喋れないキャラにチャンジするの早すぎだろ。



「はいはい。分かったからそこをどいてくれ」


強引にうーちゃんをどかし、部屋の鍵を鍵穴にねじ込む。ガチャリッと音が鳴り、扉を開け中に入る。ついでにうーちゃんもついて来た。ばっちり二足歩行で。



「そこは頑張れよ」


「ニャ?」


鵜飼は可愛げに首を傾げ、右手で顔をあらいだした。そこは表現すんのね。


とりあえず俺はキッチンに行き、晩飯の食材を冷蔵庫から取り出す。鵜飼は猫のようにリビングでゴロゴロしている。


フライパンをコンロの上に乗せ、フライパンを温める。


その後フライパンに油をしき、昨日の残りの冷たいご飯を投入する。前もって準備していた具材を投入し、慣れた手つきでフライパンを回す。


分量が二人分になったため、具とケチャップが足りるか心配だった。次にケチャップも入れてかき混ぜる。白い飯は段々と朱色に染まるも、所々白い場所が見受けられる。



「へー、霧樹君料理うまいね~。女の子?」


「お前の中で、女の子の定義は料理の上手さか」


いつの間にか俺の隣に来て、調理風景を見学していた鵜飼。あまり熱心に見られては、素直に邪魔とは言えない。まあ褒められて悪い気はしないが。


ともあれ感嘆の声を貰うと、ついつい調子に乗ってしまうのが俺である。


炒飯を作る中華料理人よろしく、フライパンを軽快に振り、中のご飯も舞踏会のように躍り出す。このまま宙へとフライトしてもらおうかと思ったが、無事フライパンへ着陸させる度胸も技量も無いので、大人しくいつもよりオーバーにかき回す。



「よっ!今の霧樹君輝いてるよ!人生で一番!!」


隣から声援とも罵声とも取れる言葉が聞えたが、つっこまないでおく。



「ほら、とっとこ戻れ。もうすぐ出来るからよ」


「はーい。何か手伝おうかな。お皿でも持ってこようか?」


「いや、皿なら出してある。お前は、静かに、俺の、料理の完成を待っていればいいんだ」


「えー。霧樹君ってばチルドレーン」


ブツブツ文句を垂れながら、鵜飼は渋々リビングへ戻った。


恐らくだが、チルド=冷たい、チルドレン=子供達。要約して冷たい子と言ったんだろう。そういえば、鵜飼はアメリカ語が得意だと自称していたのを思い出した。


気を取り直しチキンライス作りに戻る。と言ってももうほとんど完成していたので、そのままお皿に移す。


次に、溶いておいた卵を入れ軽くかき混ぜる。


テレビ知識の見よう見まねの生地作りは困難を極め、半熟を意識して作っていたら完全な完熟卵膜が出来あがった。これ以上の見込みは期待できなかったので、お皿に移したチキンライスを楕円形状に整え、上から卵のベールを被せる。


お皿は二つに分けるのがめんどくさかったので、共同の皿で二人で喰い崩す形にした。


卵のベールの上に、このために残しておいたケチャップをかける。


とりあえず「うかいバカ」と書いておいた。



「ほら、出来たぞ」


俺はオムライスが乗った皿とスプーンを二つテーブルに置く。



「わ~い。もうお腹がとってもペコちゃんで―」


鵜飼の視線がオムライスの上の字に止まり、口を開けっぱなしに鵜飼自体も止まった。


さて、どうくるか。


俺が無言で傍観していると、鵜飼は手元のスプーンを手に持ち右目にあてる。



「あっれ~? おかしいなあ。視力下がったかな~。私には『きりりん』って字が見える」


「そうか。視力下がったな」


「そう思う? きりりん」


「それ、俺の事だったのか」


どっかのご当地キャラのような名前だ。



「とりあえず、食うか」


「ほいほ~い」


俺も手にスプーンを装備し、鵜飼と同時にスプーンをオムライスに突き刺す。



「んー、まぁまぁだな」


「ふぉーかなー? へっほうおいひいけろー」


「感想はいいから、とりあえず飲み込め」


大人にもなって食べ物が口にある状態で話すなど、まったく最近の若いもんは。



「ね~、霧樹君」


「ング…モグ…んぁ?」


「これからは偶に来ていい~? ここ」


「ぶぅ!!」


咄嗟に顔をそらし、鵜飼の顔に米と卵ぶちまけるバッドイベントを回避したものの、床に勢いよくこびり付いた。



「あー何やってんの。これだから、最近の若いもんは~」


「す、すみません…」


すっかり立場逆転で、俺はいそいそとティッシュで床に散乱した食物を片づける。



「それで? 来ておっけぇ?」


丸めたティッシュをゴミ箱に3ポイントシュートしたが見事に外れ、部屋が1ポイント汚れた。まあそれは後で片付けるとして、まずは心を先に整理する。



「どうしてですか?」


何となく敬語になる。



「何か楽しいから~」


ケタケタと白い歯を見せながら笑う鵜飼に少しだけドキッとしつつ、証拠不十分の証言に追求をする。



「建前は置いといて、本音は?」


「料理作るのがめんどくさいからで~す」


「あるのかよ!」


若干「霧樹君に…会いたいから」みたいなちょっとした色恋発言を期待したフリだったのに、まさかガチリアル本音とは……ん、料理だ?



「待て待て、お前自分で飯作ってるのか?」


「んー、そうです。私もねぇ、一人暮らしですから」


「へ?」


「実は私もはじめたんだ、一人暮らしってヤツをっさ。霧樹君のメールが届いて、何か私もしたいな~って対抗意識燃えちゃってね。二週間ほど前からやってます」


「若い脳をお持ちで…」


しかし、鵜飼が一人暮らし?


高校の時、家庭科の成績三年間オール2(先生がオマケして)の鵜飼が?



「でもやっぱり私にはまだ早かったね。掃除や洗濯はまだしも、料理だけはどー頑張っても駄目でね~。毎日苦労してるんですよ、はい」


「馬鹿みたいに想像つくぜ」


こいつの料理風景は、漫画などでお馴染みのドジっ子とは比にならない悲惨さだ。鍋に入った熱湯を溢したり、化け物みたいな料理を作ってくれた方がまだマシだ。



     *



時は遡り、あれが起こったのは高校一年の調理実習の時だ。


俺と鵜飼は同じ班だった。鵜飼は包丁で食材を切る担当で、指を切らないか少し不安だったが遠くから見守っていると、鵜飼は急に驚きの声を上げた。


案の定指でも切ったかと思い、鵜飼に話しかけると。



「き、霧樹君」


「どうした? 指切ったか?」


「ほ、包丁どっかいっちゃった」


「はあ?」


鵜飼が叫んだ理由は、どうやら手に持っていたはずの包丁が突所として消えたから、だったそうだ。



「どっかいったってお前…包丁がどっかいくわけないだろ。アイツは自立式じゃないんだぞ?」


「で、でも一瞬目を離したら包丁なくなっちゃったんだよ~」


とりあえず辺りを見るも包丁の姿なし。周りに飛んで行き、殺人事件が起こった形跡もなし。床や机の下にも落ちてなかった。


先生も他の生徒達も教室をくまなく探したが、どうしてか見つからなかった。


包丁をなくすなど家庭科の先生を務めて初めてだ、と先生も感嘆としていた。


これが今でもあの高校に語り継がれている怪奇現象『亜空間包丁』の誕生秘話だ。


これは余談だが、あの時亜空間へと消えた包丁は、今もあの調理室でさ迷っているという…。



     *

   


翌朝目が覚めると、居間に寝ていたはずの鵜飼の姿はなかった。


布団はきちんと畳まれており、リビングのサイドテーブルの上にはスクランブルエッグと焼きウィンナーが、ラップに包まれて置いてあった。



「…勝手に使いやがって」


俺はここにいない鵜飼に毒づき、終始無言で朝食を摂る。味はそこそこだった。


食べ終えたら、まずは周りにあるゴミ共を拾う作業に移る。


パンの袋とお菓子の袋が、好き放題にリビングを占拠していたからだ。


これは昨日の晩のバカ騒ぎが行われた証拠でもあり、俺が「胃がパンパンだぜ!」と言って滑った証拠でもある。


掃除機をかけ、面倒にならない内に部屋を掃除する。ひと段落ついたら、ソファーに置きっぱなしの携帯の様子を見に行く。案の定、鵜飼からメールが来ていた。



件名:おはよう青年


本文:昨日は楽しかったです、また明後日にでも顔を出します。あのギャグは一生忘れません^^



変な黒歴史を更新した事を痛感とさせられるメール文だった。しかも、また明後日に来るらしい。


俺は部屋を見渡す。何故だか、急に部屋が広く感じられた。俺は部屋の空気を胸一杯に吸い込み、ブハーッと吐き出す。



「さ、今日もしゃかりきに頑張りますか」


俺は一人呟いた。



       *

     


後日談。


その晩。俺が晩飯を作ろうとする時の事だった。


どうしてだか、いつも同じとこに仕舞ってあるお気に入りの包丁が無くなっていた。


思い違いでどこかに仕舞ってあるのかと思ったが、いくら探せど包丁の姿は現れなかった。


すると、リビングに置いてある携帯が簡素な電子音を垂れ流した。


一旦包丁捜しを中断し、携帯を手に取り中を覗く。鵜飼からメールだった。



件名:言い忘れ


本文:そうそう、朝にさ霧樹君のための朝食を作る時に包丁借りたんだけどねえ、また消えちゃいました。霧樹君の言うとおり、私はエスパーなのかもしれません。



亜空間包丁の伝説が、今蘇った瞬間だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 包丁が消えたのはよいね。マジックリアリズムというのだ。こういう作品を。 でも、いちばんよかったのは、きりりんという愛称だな。初めて聞いた。どっかで使わしてもらうかも。 一人暮らしの費用を親に…
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