【短編】「お姉様ばっかりズルいわ」と婚約者まで欲しがるので、茶番の幕が開きました
よろしくお願いいたします。
「お姉様ばっかりズルいわ」
ノックの一つなく開け放たれた扉に、こぼれそうな溜め息を飲み込んだ。
「今度はどうしたのよ」
「だって、あんな素敵な婚約者だなんて聞いてない!」
と言われても、最近の婚約者ってどんな顔だったっけ?
ぼんやりとは思い出せる。
何か、やたらとキラキラしてるのよね。
「婚約はお父様が決めたことでしょ。私にはどうにもできないわ」
文句があるなら父に言ってほしい。
「じゃあ、お父様にお願いするもん」
「そうしてちょうだい。あと、その『もん』って口調はどうかと思うわよ」
「うるさいっ!! お姉様なんて、地味で面白みもないってアルバートも言ってたわ。私が婚約者だったら良かったのにって!!」
あら、そうなの。アルバート様がねぇ……。
「私としては、このまま婚約が続行になろうが、ミレイユと婚約になろうが、どちらでもいいわ。あぁ、でも──」
「言ったわね。その言葉、後悔させてやるんだから」
大きな音を立て、ミレイユは扉を閉めた。
同じ教師に教わって、何故こうなってしまったのか。
「あなたが後悔することになるわよって、伝えたかったのだけど……。まぁ、いいか」
***
その日の午後、アルバート様がやってきた。
「いきなりの訪問、すまない」
「いえ」
ゆるく首を横に振り、人払いをする。
相変わらずキラキラし過ぎて、直視できない。
「メイリーン、きみの父上からミレイユに婚約を変えないかの打診がきたよ」
「あら、思ったより早かったのですね」
深刻な雰囲気で、アルバート様は頷く。
「でも、本当にいいのかい?」
「えぇ、構いませんよ。酒浸りな婚約者は妹に差し上げます」
「それは、少し前のことだろ」
むっとした表情をしているけれど、キラキラは隠しきれていない。
以前の世間を斜めに見た荒んだ感じの方が、居心地は良かったのよね。
「ふふっ。冗談ですよ。でも、前の方が好みだったわ」
「メイリーンに相応しくなりたかっただけなのに……」
しょんぼりした頭を撫でるふりをして、髪をぐしゃぐしゃにする。
うん。こっちの方がいいわ。
「あっちこっちのパーティーで酔いつぶれては「メイリーンが迎えに来なきゃ帰らない」って、やってたのが懐かしいわね」
「その話はやめてくれ!」
あ、真っ赤になった。
うんうん、可愛い。
アルバート様は、こうでないと。
「そういえば、私のこと地味で面白みもないって言ったんですって?」
「え? いや、その……」
アルバート様の目が泳いでいる。
「あと、ミレイユが婚約者だったら良かったのにともおっしゃったとか?」
「それは言ってない! 頷いただけで……」
怒られた子どものように体を小さくして、もごもごと話している。
「いいんですよ、別に」
「だが!」
「頼んだのは、私ですもの」
ミレイユも、もうすぐ夜会デビューをする。
お友達同士のお茶会ですら、トラブルメーカーのあの子にはお灸が必要なのだ。
「先日のお茶会で、ミレイユったら、婚約者のいる令息に言い寄ってるのよ。それと、その令息の婚約者はミレイユのお友だちなんですよ?」
あり得ないでしょ。
それも、相手の令息も満更じゃなかったらしいから、頭が痛いわ。
「あとで聞いたら「自慢してくるからもらうことにしたの」ですって。後始末が本当に大変だったのよ。困ったものだわ……」
「気持ちは分かるけど、やっぱり気が進まないんだよなぁ」
と言われても、お父様の命でもある。
「家庭内で痛い目をね、見せたいんですって」
「メイリーンが楽しそうだからいいけどさぁ」
あらやだ、顔に出ていたわ。
だってねぇ「お姉様ばっかりズルいわ」って、喚かれ続けるのもいい加減煩わしいのよ。
私が買った物はね、買いなおせばいい。
けど、頂いたものとか、人に対してまで発揮されるとなると、困るを通り越して嫌悪よね。
「アルバート様からもらったものも、いくつも取られたわ。許せるわけないでしょう?」
「ふふっ。そういうメイリーン大好きだなぁ」
「知ってるわ」
だから、こんなに好き勝手できるんじゃない。
「この件が終わったら、飲んだくれに戻ってもいいんですよ?」
「メイリーンのお望みなら……と言いたいところだけど、伯爵が許してくれないって」
「領地経営なら私がするからいいのに。お父様ったら、アルバート様の本当の良さを分かってくれなくて困るわ」
酔っぱらって、私への好きだけを全開にしてくれるところが愛おしいのに。
「あんなオレを良いって言うの、メイリーンくらいだよ」
「そう? 飲んだくれて、ギャンブルして負けて、半べそになってるの可愛かったですよ。そのままでいてくれたら、ミレイユに目をつけられなかったでしょうに」
思わず溜め息がこぼれる。
まぁ、そのおかげでお灸と言う名のラストチャンスがミレイユに与えられるのだけど。
もし、これでやられる側の気持ちを理解し、己を顧みれなければ、彼女は社交界デビューも婚姻もすることはない。重い病気になったこととして、療養という名の下、王都から引き離される。
「当日が楽しみですね」
「オレは気が重いけどねぇ。メイリーンじゃない人のエスコート、したくない」
「一回だけですから」
よしよしと、もう一度頭をなでれば、スリっと寄ってくる。
「オレがメイリーンだけを好きだって、わかっててよ」
「もちろんです。私もアルバート様だけですよ。情けないところも含めて」
「…………そっちがメインっぽいけど」
「さぁ、どうでしょう?」
でも、アルバート様とミレイユが仲睦まじい姿を見るのは面白くないわね。
アルバート様と私の婚約が続行になろうが、ミレイユと婚約になろうが、最終的にアルバート様と婚姻するのは私だから、どちらでもいいとミレイユには言ったけど、私って独占欲強かったのね。
「何にせよ、来週のパーティーで片がつくでしょう」
「終わったら、いっぱいギューさせてね」
しおらしく言われ、キュンとする。
「ギューくらい、いつでもどうぞ」
両手を広げれば、勢いよく飛び込まれた。
本当に可愛い人だ。
***
パーティー当日。
今日のための準備は万端だ。
「私がアルバートにエスコートしてもらうから、お姉様は一人なのね。可哀想……」
「別にいいわよ。親戚中心のパーティーだもの、エスコート役がいないのは私だけじゃないわ」
アルバート様にべったりと貼り付いているミレイユを横目で見る。
キラキラ笑顔を振りまくアルバート様は見ない。
「アルバートに選ばれちゃって、ごめんね? でも、みんながアルバートがカッコよくなったって言うんだもの。お姉様には勿体ないでしょう? ね、アルバート」
「そうだねぇ。オレにメイリーンは勿体ないよね」
「もう、お姉様にまで優しいんだから。そんなんじゃお姉様も未練が残って可哀想よ」
ぷくりと頬を膨らませ、ミレイユは可愛こぶる。
けど、それはアルバート様がやるから可愛いのだ。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとう存じます。娘のメイリーンとアルバート君が婚約を破棄し、新たにミレイユとアルバート君の婚約が結ばれることとなりました」
会場からは戸惑いの声とざわめきが起きる。
けれど、お父様は気にすることなく言葉を続ける。
「双方納得のことですので、見守ってくださると幸いです。では、皆様乾杯と参りましょう」
シャンデリアに照らされたグラスが、一斉に掲げられた。
ゆらゆらと揺れる液体を口にする。
「飲みやすいわね」
アルバート様、大丈夫かしら……。
いつもならいいけど、今日は最後まで頑張ってほしいところだ。
「メイリーン、一曲どうだ?」
「もちろんよ」
従兄弟のルシャン兄様の手を取る。
アルバート様と婚約するまでは、彼が私のエスコート役をよくしてくれていた。
「こうやって踊るのも久々だな」
「そうね」
昔のように、淡々と踊っていく。
「で、本当にやるのか?」
「当たり前でしょ」
「マジかよ。あいつ、よくOKしたな。メイリーンのこと大好きじゃん。笑顔なのに、目が怖ーよ」
ルシャン兄様の視線を辿るけれど、そこにはキラキラ顔のアルバート様しかいない。
「いつも通りじゃない」
「お前に見せてないだけだろ」
そんなことないと思うけど。
「知っての通り、お父様もお怒りなのよ」
「客を劇団員で埋めるんだから、相当だな」
そう、今日のパーティーのほとんどのお客様はサクラだ。
ほんの一部、事情を知る親族だけが参加している。
ミレイユは、誰が注意しても人のものを欲しがり、直す気もない。
目には目を、略奪には略奪を……だ。
一曲踊り終え、ルシャン兄様にお辞儀をする。
「無理だけはするなよ」
「ありがとう。大丈夫よ」
ルシャン兄様と別れ、軽食を取りに向かっていると、アルバート様と目が合った。
…………あら、もうこんな時間なのね。
「ミレイユ。アルバート様と一曲踊ってもいいかしら?」
二人に近づき、微笑む。
「何言ってるの? アルバートは私の婚約者なのよ」
「思い出がほしいのよ。お願い……」
そう言うと、ミレイユは満足げに笑う。
「何だ、お姉様もアルバートが好きなんじゃない」
「そうね」
「しゃうがないわね。一曲だけアルバートを貸してあげるわ」
「ありがとう」
アルバート様をモノみたいに言われたことに怒りはあれど、その感情を飲み込む。
「遅いよ」
「ごめんなさい。でも、ちゃんと迎えに行きましたよ」
「ずっと待ってたんだよ」
あぁ、可愛い。
また少しの間、この手を離さなければいけないのか。
お灸を据えるためだもの……。
くるりくるりと踊る。
ルシャン兄様は踊りやすかった。けど、アルバート様は体を預けられる。
「少し早いけど、終わりにしてしまいましょうか」
「うん、そうして。メイリーンに誰かが触れるとか、二度と見たくない」
「相手はルシャン兄様よ」
「それでも、嫌だよ」
……可愛すぎて、どうしてくれようかしら。
「ねぇ、オレの口からメイリーンだけを愛してるって言っちゃ駄目?」
「うーん。それより、言ってほしいことがあるんです」
「何? メイリーンの頼みなら、何でも言うよ」
甘いを通り越して、まとわりつくような視線。
けれど、それすらも愛おしい。
きっとこの感情をミレイユは知らない。
「──そんなのでいいの? もっとあるでしょ?」
「そんなんでいいんですよ」
「ふーん」
少し不満そうに口を尖らしている。
「でも、二度とこんなのはやりたくないからね」
「私もですよ」
もし、ミレイユのところへ行ってしまったら……って、心がざわついたもの。
最後のターンをし、踊り終える。
「じゃ、ミレイユのところに────っ!!??」
ぼやけるほど近いアルバート様の顔。
唇に触れたほんの少し柔らかい……って、長い! 長いからっ!!
グッと押せば、ぺろりと私の唇を舐めてアルバート様は離れていく。
「なっなっ…………」
「ごめんね。我慢できなくなっちゃった」
熱くなった頬を撫でられる。
「メイリーン、可愛い」
うっとりと微笑んだ瞳の奥にある重苦しいほどの感情。
もう限界だったってことね。
本当に、しかたがない人ね……。
「このまま、あとはお父様に任せてしまうのはありだと思いますか?」
「大賛成かな。早くメイリーンと二人になりたい」
差し出された腕に手を乗せる。
略奪し返したのだから、これで最低限の私の役目は終わりだろう。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「何かな?」
ミレイユの叫びに、アルバート様と振り向く。
「アルバートは、私のよ」
「んー。でも、メイリーンの方が良くなったから」
「そんなのズルいわ!」
子どもの癇癪のようにミレイユが喚いている。
「え? だって、オレが選んでいいんでしょう?」
「私を選んでくれたじゃない!」
「婚姻は絶対にメイリーンがいい」
アルバート様がそう言った瞬間、ミレイユは目を見開いた。そして、私を睨みつける。
「お姉様ばっかりズルいわ! どんな手を使ったのよ」
「ズルくないわ。何がズルいの?」
「欲しいもの何でも手に入れてズルい! 妹のものを取るなんて、頭おかしいんじゃないの!?」
お、そう来たか……。
取られる側の気持ち、どうしたらミレイユは分かるのだろう。
「そもそも、姉の婚約者を取ること自体おかしいよね」
「乗り換えた男に言われたくない!!」
「そうかもだけど、人のもの欲しがりすぎ。自分の意思ってものはないわけ?」
聞いたこともない冷たい声と表情にゾクゾクする。
今のアルバート様もいいわね。
「とにかくアルバートは私のものなんだから、返してよ!」
「嫌よ。どうして欲しいものは自分のものになると思うわけ?」
「私が世界一可愛いからに決まってるでしょ!!」
あ、これもう無理かも。
お父様に視線を送れば、小さく頷いている。
「アルバート様、ここまででいいわ」
ミレイユに聞こえないよう伝えれば、にこりと微笑まれる。
「すぐに戻るから、ここで待ってて」
ゆっくりとアルバート様が足を踏み出せば、ミレイユは喜色満面な表情を浮かべた。
「やっぱり、私の方が良かったのね」
「いや、まったく。現実を知ったほうがいいかなと思って」
「はぁ? 現実? よーく知ってるわよ。可愛いのが正義。可愛ければ、何でも許されるのよ」
そう言うミレイユの前にアルバート様はコンパクトを出す。
「どう見ても、可愛くないよ」
「可愛いじゃない!」
「よく見なよ。怒鳴り散らして、わがまま言ってる顔は、ブスだから」
「バッカじゃないの!! もうあんたなんかいらない! あっち行って」
大きく手を振りかざしたミレイユの手をひらりと避けて、アルバート様が戻ってくる。
「お待たせ。びっくりするくらい、通じなかった」
「そうですね。私も驚いてます」
今度こそ、幕引きだ。
「お父様、あとはよろしくお願いいたします」
「あぁ。悪かったな。アルバートくんも協力感謝する」
「いいですよ。約束守ってくださいね」
「わかっている」
お父様はミレイユへと向かっていく。
「皆も感謝する。本日の仕事は終了となるが、ここであったことは他言無用でお願いしたい」
「もちろんでございます。きちんと賃金はいただきておりますので。また御用の際は、是非ともご贔屓に」
劇団員の方々も撤収して行き、残ったのは元々の事情を知る僅かな親族だけだ。
「な、何なの? お父様! お姉様がひどいのよ!!」
「ひどいのは、ミレイユだ。何度言えば──」
お父様の説教が始まった。
けれど、これも最後だろう。
改心できなかったミレイユは、明日、領地へと強制的に送られる。
「行きましょう」
「そうだね」
ホールの扉を抜け、自室へと戻る。
「お父様との約束、いつの間にしてたんですか?」
「メイリーンからこの話を聞いてすぐかな。メイリーンと旅行に行かせてって頼んでおいた。頑張ったご褒美、たくさんちょうだいね?」
「たくさん甘やかしますね」
よしよしと撫でれば、すり寄ってくる。
「だから、あんまりキラキラしないでください。完璧すぎると人間味がなくて、面白くないでしょう?」
「……メイリーンって、変だよね」
「普通ですよ。私からすれば、アルバート様の方が変わってます」
だからこそ、好きなんですけどね。
「さて、もう少しゆっくりしたいところだけど、行こうか」
「え?」
「旅行だよ」
「いくら何でも急過ぎません?」
手を引かれ、馬車へと連れて行かれる。
「ドレスなのですが……」
「今日泊まるのは王都のホテルだから大丈夫。「ゴタゴタするから、落ち着くまで家から出ていた方がいいだろう。今まで苦労かけて悪かったなって」伯爵様が言ってたよ」
「そう……」
「で、帰ったらすぐに結婚式ね」
にっこりと微笑むアルバート様に、苦笑いがこぼれる。
「さすがにそれは無理でしょう」
「大丈夫だよ。すべて手配済みだから」
何てことだ。ミレイユのことでバタバタとしている間に、囲い込まれてた。
「そんなことしなくても逃げませんのに」
「わかってても、カタチが欲しいんだ」
こうして、演技の婚約解消は終わり、再び私たちは婚約者へと戻ったのであった。
〜おしまい〜
インフルエンザ中に思いついたものを、書き上げました。
癖全開でございます。
こういうの好き!! と思っていただけましたら、下の評価★★★★★をくださいますと、大変嬉しいです。




