少年期編・第2話『砂粒の半年、タイムラインの歪み』
初めての投稿です。
誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。
途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。
では、参ります!!
1. 12歳と半年の足跡(前半)
あの岩場で悍ましい魔物の咆哮を聴いてから、ちょうど半年の月日が流れた。
僕とレイラは12歳と半年になった。 あの日、僕らのすぐ近くまで迫っていた強大な魔物――「アイアン・スコーピオン」の別動隊は、幸いにもむらの防衛隊が仕掛けた罠に引っかかり、村に直接の被害が出る前に討伐された。
だけど、あの事件は僕らの日常に小さな、だけど確かな変化をもたらした。 村の大人たちの顔にはどこか陰が差し始め、荒野に出るハンターの見習いである僕らへの風当たりも、少しずつ厳しくなっていった。「もっと強くならなければ、次は村が持ちこたえられないかもしれない」という焦燥感が、薄い煙のように村全体を覆っていた。
「――2コマ目、左へスライド。3コマ目、斜め上へ反転……っ!」
乾いた熱風が吹き抜けるオアシスの裏手。僕は額から大量の汗を流しながら、右手を突き出していた。 僕の視界の先では、光で形成された小さな「矢」が、カクカクとした不自然な軌道を描きながら空中を這っている。
(くそ……やっぱり、まだ『繋がらない』……!)
パチン、とガラスが割れるような音がして、光の矢は目標の手前で霧のように霧散した。 激しい頭痛がこめかみを襲い、僕はその場に膝をつく。
「無理しないで、イサナギ。はい、お水」
すかさず差し出された革の水筒を受け取り、一気に喉を潤す。冷たい水が染み渡るのと同時に、視界の端にレイラの心配そうな顔が映った。 この半年、レイラは僕の訓練に毎日付き合ってくれている。彼女の髪は半年前よりも少し伸びて、大人たちの真似をして後ろで一つに結ばれるようになっていた。身長も、僕よりほんの少しだけ高くなっているのが、僕としては密かに少し悔しい。
「ありがとう、レイラ。……でも、情けないな。半年間、毎日死ぬ気でマナを練り直したのに、増やせたのは、たったの『3コマ』だ」
そう、僕の現在の限界値は【15フレーム(15コマ)】。 12歳になったばかりの頃の12コマから、半年かけてようやく3コマだけ、脳内のタイムラインを拡張することができた。秒間に扱える情報量が少しだけ増えたのだ。
前世の記憶が封印されている今の僕にとって、この【魔力追生】というスキルは、あまりにも精密で、泥臭い努力を要求する性質のものだった。 ふつうの魔法使いは、マナを「火球」や「雷」といった一つの現象として固め、そのまま標的に向かって撃ち出す。弾道を曲げるにしても、風の力を利用したり、最初から湾曲するようなマナの波形を作ったりする。
だけど、僕の魔法は根本的に原理が違う。 空間に固定した「静止した魔力の弾丸」を、脳内のタイムラインに沿って、1コマずつ『書き換え続ける』ことで、擬似的に動かしているのだ。 パラパラマンガの絵を、1枚増やすのがどれほど大変か。前世の記憶の片隅にある「アニメーター」という人たちの苦労が、今の僕には痛いほどよく分かった。コマ数を増やせば増やすほど、脳にかかる処理負荷は乗算的に跳ね上がっていく。
「そんなことないわよ。半年前より、ずっとカクつきが減って、動きが滑らかになってる。普通の魔法使いなら、あんな風に意思を持って弾道をコントロールすることなんて不可能なんだから。イサナギは確実に強くなってるわ」
レイラは優しく微笑みながら、自分の手元にある古びた木の杖を握りしめた。 彼女の方も、この半年で驚くほど成長していた。神殿の書物を読み漁り、今では僕の周囲に持続的なマナの障壁を張る「結界術」の基礎を完全にマスターしている。
「レイラにそう言ってもらえると、少し救われるよ。……でも、最近やっぱり焦るんだ」
僕は水筒を地面に置き、遠く、大河の上流の方角を睨みつけた。 半年前、レイラが言っていた「マナの変な雑音」。 それは、この半年でさらに酷くなっていた。感応度の低い僕でさえ、瞑想をしてマナを体内に取り込もうとするとき、耳の奥でチリチリとした、金属が擦れ合うような不快なノイズを感じるようになっていた。
遥か彼方にある大都市で、一体何が起きているのか。 人間たちの傲慢な『魔鉱技術』が、世界の調和をどれほど削り取っているのか。 五歳の時に僕を救ってくれたあの黄金の神様の警告が、地響きのように僕の魂の底で鳴り続けている気がしてならなかった。
「……ねえ、イサナギ。今日はもう終わりにしましょう? 父様が、今日は村の近くの交易ルートまで、新しい物資が届く日だって言ってたわ。珍しい果物とか、お肉が入ってるかもしれないって」
レイラが僕の気分を変えようとするように、明るい声で僕の手を引いた。
「そうだね。少し頭を冷やそう。父さんたちの手伝いもしなきゃいけないしね」
僕はナイフを腰の鞘に収め、レイラと共に村の中心部へと歩き出した。 熱を帯びた風が、僕らの12歳と半年の、静かな日常を揺らしていた。
2. 予期せぬ影と、小さな狩り(後半)
村の入り口は、いつもより少しだけ活気づいていた。 大河の上流にある中規模の都市から、数ヶ月に一度やってくる交易商人たちのラクダの群れが到着していたからだ。
商人たちは、村では手に入らない鉄製品や、織物、そして少しの嗜好品を持ってきてくれる。引き換えに、村からは動物型の魔物から採れた良質な皮や、乾燥させた薬草を差し出す。
「おい、イサナギ! レイラ! こっちだ!」
村の広場で、僕の父親が手を振っていた。足元には、交易で手に入れたばかりの、頑丈そうな青銅製のクワが置かれている。
「父さん、調子はどう?」
「上々だ。今回の皮は状態が良かったからな、いい鉄くずとクワが手に入った。これで次の収穫期は少し楽になるぞ。お前たちも、ハンターの真似事ばかりしてないで、たまには畑を手伝えよ?」
父さんは豪快に笑いながら、僕の頭をクシャクシャと撫でた。五歳の時に死にかけた僕を、父さんは誰よりも心配し、そして今の僕の成長を誰よりも喜んでくれている。
しかし、商人たちのテントの方から聞こえてくる会話に、僕は思わず耳をそばだてた。
「……あぁ、やっぱり上流の方は物騒になってきてるよ。最近じゃ、人型の魔物の目撃情報が、都市のすぐ近くまで迫ってるらしい」
話していたのは、旅の疲れを滲ませた年配の商人だった。村の長老を相手に、声を潜めて語っている。
「人型が、都市の近くに? あれらは深い迷宮や、荒野の最奥にしかいないはずでは……」
「それが、どうも様子がおかしいんだ。都市の錬金術師どもが、奴らの心臓にある『魔鉱石』を大量に買い漁っているせいで、ハンターたちが無理な乱獲をしてるらしい。そのせいで、魔物たちの生態系が狂って、怒った上位の個体が群れを率いて降りてきてるんじゃないかって噂だ。……おまけに、都市の夜は魔法の灯りで真昼のように明るいが、あそこにいると、どうにも頭が狂いそうになる。妙な耳鳴りが止まらんのだよ」
商人は不快そうに耳をかきながら、首を振った。
(やっぱり、僕の予感は当たっているんだ……)
胸の奥が、冷たく締め付けられる。 都市の人間たちは、魔物から得られる資源を「分け合う」のではなく、自分たちの贅沢と権力のために「搾取」し始めている。それが、世界の調和を歪め、魔物たちを凶暴化させている原因なのだ。
「イサナギ……」 隣にいたレイラが、僕の服の袖をギュッと掴んだ。彼女の顔は、不安で少し青ざめている。
「大丈夫だよ、レイラ。まだ、この村までは距離がある。それに、もし何かが来ても、僕らが村を守るんだ」
僕は彼女の手を握り返し、安心させるように強く微笑んだ。
その日の夕方。 僕とレイラは、村の周辺の安全を確認する「定時見回り」のために、再びオアシスの外の岩場へと向かった。商人たちの話が気になって、どうしてもじっとしていられなかったのだ。
太陽が地平線に沈みかけ、砂漠が黄金色から深い紫へと染まっていく時間帯。 岩陰を歩いていたその時、レイラが突然、ピクリと足を止めた。
「待って、イサナギ。……マナの流れが、おかしい」
彼女が杖を構えた瞬間、前方の砂地が、不自然にモコモコと盛り上がった。
ザザザザザッ……!!
砂を弾き飛ばして現れたのは、半年前のあの咆哮の主――ではなく、その子供と思わしき、体長1メートルほどの小型の動物型魔物「ベビー・アイアン・スコーピオン」だった。 子供とはいえ、全身を覆う漆黒の甲殻は鉄のように硬く、鋭いハサミと、毒を秘めた尾針は、12歳の僕らにとっては十分に致命傷になり得る強敵だ。
「グルルルッ……!」
サソリ型の魔物は、カチカチとハサミを鳴らしながら、僕らに向かって猛スピードで突進してきた。
「レイラ、結界を! 敵の足を止めて!」
「任せて! ――【清流の拒絶】!」
レイラが杖を突き出すと、魔物の足元の砂地から、青い光を帯びた水の結界が噴き出し、その巨体を包み込んだ。 水の粘性と圧力によって、サソリの動きが目に見えて鈍くなる。
「ギチチチッ!」 魔物は怒り狂い、硬い甲殻を震わせて結界を強引に食い破ろうとする。レイラの結界が持つのは、あと数秒だ。
「よし……これで決める!」
僕は右手を伸ばし、脳内のタイムラインを全開にする。 引き出すのは、半年間の血の滲むような鍛錬の成果。現在の僕の最高傑作――【15フレーム(15コマ)】。
(標的の動きは止まっている。だけど、普通の魔法を正面からぶつけても、あの鉄の甲殻には弾かれる。狙うのは、あのハサミの付け根……甲殻が唯一薄くなっている、わずか数センチの隙間だけだ!)
「起動――【魔力追生】!」
空間に15枚の仮想の絵が展開される。 手元から放たれた光の弾丸は、最初の5コマで直進し、次の5コマでサソリの頭上へと跳ね上がり、最後の5コマで、ハサミの隙間に向かって『真上から垂直に鋭角に折れ曲がって』突き刺さる。
脳がパチパチと火花を散らすような激痛が走る。 だけど、僕は1コマも、1フレームも妥協しなかった。前世の記憶にある、命を削って絵を描き続けたプロフェッショナルたちの執念が、僕の右腕に宿っていた。
(いけ……っ!!)
光の弾丸は、空中であり得ない挙動を見せ、サソリが結界を破るのと同時に、そのハサミの付け根の隙間へと、完璧な精度で吸い込まれた。
ドガァァン!!
小さな、だけど高密度に凝縮されたマナの爆発が、魔物の内側から炸裂する。 黒い甲殻が内側から弾け飛び、サソリの巨体がドサリと砂の上に倒れ伏した。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
僕は激しい息切れと共に、その場に膝をついた。頭痛がひどいけれど、今回は気絶しなかった。 15コマのタイムラインを、完全に制御しきった証拠だった。
「やった……! やったわ、イサナギ! 完璧な一撃だった!」
レイラが嬉しそうに駆け寄ってきて、僕の肩を支えてくれる。 倒れたサソリの胸からは、半年前のものよりも少しだけ大きくて綺麗な「魔鉱石」が、夕日に照らされて妖しく輝いていた。
「……あぁ、なんとか倒せた。でも、やっぱりおかしいよ」
僕は立ち上がり、魔鉱石を拾い上げながら呟いた。 「子供とはいえ、アイアン・スコーピオンの生態圏はもっと奥地のはずだ。それがこんな村の近くまで降りてきてるなんて……商人たちの話は、本当みたいだね」
「うん……。世界が、少しずつ壊れていってるのかも」
レイラは僕の隣で、沈みゆく夕日を見つめていた。 半年かけて手に入れた、たった3コマの成長。だけど、迫り来る世界の崩壊のスピードは、僕らの成長よりもずっと早いかもしれない。
それでも、僕の胸の中には、あの黄金の神様の瞳が、そして隣にいるレイラを守るという誓いが、消えない火となって燃え続けていた。
12歳と半年の秋。 僕らは自分たちの確かな成長を感じながらも、遠く上流から響いてくる不穏な「騒音」の気配を、確かに肌で感じていたのだった。
(少年期編・第1話 完 / 第2話へつづく)
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




