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朝比奈玲はまだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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都内ライブ

多視点

 2月13日。

 都内某所のライブ会場。

 

 数日前に行われたライブで使った衣装は美里が特急のクリーニングに出して無事に仕上がって戻ってきた。


 結花は卒コンライブ後、玲に連絡できていない。

(明日、どうしよう)

 渡せる機会があるのか……。

 鞄の中には彼に渡すプレゼントとチョコ。

 手作りは断念して、笑って渡せるネタチョコにした。


 打ち上げ会場に近いところに、控室兼宿泊施設として、K大の方が結花達遠征メンバーの人数分を用意してくれた。


 朝出発して会場に入り、対バン相手に挨拶してからリハに入る。

「どうも。わざわざご足労おかけしました!」

 軽そうに話す男が、今回話を奈緒に持ちかけてきた本人らしい。

 奈緒も、

「こちらこそ、いろいろご配慮いただきありがとうございます」

と応える。

 結花は奈緒の後ろから、

「どうもー」

と挨拶する。

「ゆいかさん?」

と相手の上擦った声。

「卒コンみました。今日は期待しています」

と手を伸ばしてくる。

 結花は握手して、

「よろしくお願いします」

と小声で話す。

 美里が横から、

「今、ウチの王様喉温め中なんで、すみませんね」

と割って入る。


 挨拶もそこそこに機材を繋いで音の確認をする。

 本格的なライブハウスは初めてなので勝手がわからない。

 K大の関係者に確認しながら進める。

シンセサイザーの音もいつもの曲で確認するが、一度詰まった。

 珍しく美里が慌てている。

 そんなバンドメンバーを見ながら結花は、明日の事で頭がいっぱいだった。


 リハの音出しは順調に終わる。

 K大の関係者の中にはリハ中、いつもの「結花」である事に不満そうな顔をする者もいたが、これらはいつもの事と慣れている。


 少しだけ仮眠をとってから美里に、

「結花、準備しよ」

と声をかけられる。

「はーい」

 部屋を開けて美里を招き入れる。

 そしてまた、端末を見てしまう。

 そんな結花をしょうがないやつと生暖かい目で見つつ聞く

「彼。連絡なし?」

「……」

「そっか」

 卒コンの手順で進む準備。

 二度目となると抵抗もない。

「はい。できた」

 そして、

「私が呼びにくるまでそこでそうしてて」

と一旦部屋を出て自分の準備に取り掛かる。

 結花は〝ゆいか“だが、いつもの覇気が少し足りない気がした。


 朝比奈玲は、卒コンの後から仕事にかかるイレギュラーに忙殺されていた。

 今がいつで何時なのかわからないくらいだった。

「…役立たずの老害が、いらん事を!!」

 誰もいない室内で一人呟く。


 東央が悪いわけではない。

 不安定な世界情勢に、国内情勢。

 マーケットが激しく動く。

 そこに保身に走った役立たずの役員が企業内バランスを崩した。

 上司の鷹司景も珍しく隈を作っている。

 だからこそ、時間が欲しいとは言えない。

 ふと時計を見る。

 (17時だ)

 (今日はいつだ?)

 と考え、思い出す。

 (13日だ)

 景がこちらを見た。

「朝比奈、お前もういいぞ。目処がった」

「しかし、部長……」

 納得がいかない。

 景が手招きして画面を見せる。

 画面には数字の羅列。

「ここで、こうなる……」

 景が画面に指を指す。

 こういう時に、彼の判断力に脱帽する。

 自分が同じ結論に辿り着くまで、後数時間は要しただろう。

「…、解りました」

「俺も今日はこれで帰る。明日は休みだ。お前もな、HAPPY BIRTHDAY!」

 そう言ってパソコンの電源を落とす。


 朝比奈もパソコンの電源を落とす。

 端末を確認しても結花から新たな通知は来ていない。

 それでも足早に会社を出てタクシーを捕まえる。

 行き先を告げてチケットを確かめる。


 美里がバンドメンバーに告げる。

「今日はアンコールと女王を入れ替える」

 皆頷く。

 アンコールはかかればの話だ。

 それを練習した曲と替える。

 本来なら反対も出る、大胆な構成。

 だが、外を見たまま動かない“ゆいか“を見て納得する。


 もう時間だ。

「ゆいか、いくよ!」

 結花は一度端末を見てから電源を落とす。

 顔を上げればいつもの“ゆいか“。誰も声をかけられない空気を出す。


 箱にパンパンの観客。

 期待と〝ゆいか“がどれくらいのものかと猜疑心に満ちた空気。

 学祭や卒コン、地元では味わった事のないアウェー感。

 楽器隊は幕の裏で一瞬息を呑む。

 しかし、〝ゆいか“は変わらずに淡々と時を待つ。

 その姿を見て自分達も平常心に戻る。


「神秘的」

 は静かに始まる。

 だがロングトーンで会場を揺らす。

 ピンスポットを浴び続けながら、少しの動きで妖艶さが際立つ。

 最後の音まで完璧に歌い切る。

 最後の余韻で観客を沸かせる。

 流れは掴んだ。

 そのまま、バンド曲に入る。


 照明を明るく強く変え、〝ゆいか“は両手をあげてクラップする。

 客席も応える。

 そして、メインを歌う。

 アンコールと入れ替えた『吸血鬼』ボカロ曲だ。

 低音高音関係なく、言葉数も多い。

 それをなんなく歌う。

 ライブ会場は祭りになっている。

 誰もが『吸血鬼』に恋して血を差し出いそうなノリだ。

 三曲を駆け抜けるように歌った。

 会場は“ゆいか“に酔う。

 当然のようにアンコールがかかる。


 だが、一旦”ゆいか”は舞台から降りる。

 更に煽るようなアンコール。

“ゆいか”は水を含み頷く。

 そして、全員で舞台に戻る。

 マイクスタンドをセットする。


 皆んなが少しずつ練習した曲、都内でこそ映える『夜の女王』

 イントロが始まると一旦静まり、会場が揺れる。

 期待した世界観。

“ゆいか”に支配される空気。

 気怠げに始める歌声。

 少し巻き舌で、まるで夜の世界を知っているのかと思う説得力のある歌声。

 そして最後はシンバルとともに女王と空気に音をのせる。

 一瞬の静けさの後に沸く会場。

 しかし、”ゆいか”は再度のアンコールの期待にそっぽをむき、舞台を降りる。

 その冷たさまで女王として君臨しているように客席は受け取る。


 玲が会場に到着したのは二曲目の途中だった。

 ライブ会場には音漏れを楽しむ、会場に入れなかったファンが大勢いる。

 その中をチケットを持って入っていく。

 差し出したチケットを見て羨ましげな視線を感じる。 客席に続く扉を開ける。

 “ゆいか”の世界に取り込まれた観客の熱気が玲を包む。


 本来の席までは辿りつけないので、後ろの壁側に立って舞台上の“ゆいか”を観る。

「私、吸血鬼…、」と始まる。

 ここまでは見えないだろうに彼女の視線は感じる。

 ボカロの早い曲調。

 低音高音入り混じっているが一言、一言はっきり伝わる。

 流して聞けばノリの良いアップテンポな曲だが、歌詞を考えると、心臓に悪い。

 いろいろと溜まっている自分には更に危険だ。

 彼女が客席にむけて笑いかけたり、いろんな方向へ指をさす、手を振る。

 指をさされた方はうっとりと”ゆいか”を見ている。


 アンコールは中々始まらなかった。

 更にボルテージを上げる客席にようやくメンバー達が戻ってくる。

 手にはマイクスタンド。

 アンプに足をかける。

 深いスリットから覗く脚とガーターベルトに視線が奪われる。

 そして、気怠る気に歌い始める『夜の女王』

 「さゆり」としての姿を知っている玲には他人の事を歌っているよりは、自分の事を歌っているように感じる。

 圧倒的な歌唱力で魅了し、そのまま舞台を去る。

 最後は追い縋るような客席の声援などまるで気にしない、『女王』だった。

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― 新着の感想 ―
夜の女王……あの曲ですね。 私も好きです! まさに彼女は今この会場で、そしてあの箱根で玲さんにとっての女王。 完全に落ちてる本人気付いてないけど。 会社で悪態つくところが可愛すぎます! ボカロは……
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