私の名前
さて、世間は悪い人ばかりだと知っている私と男の子は『国全体が腐っている』とは知らずに、スズの指示で出来るだけ遠くに逃げるように言われたが、注意するのは「人に合わないように遠くまで行く」ことだ。
しかし、今は腹ペコの子供が2人、草陰で麦を頬張って食べていた。
ジョウロを片隅に置いて。
お腹の中は水でちゃぷちゃぷだが、固形物を食べないとお腹がいっぱいにならずに空腹に苦しむ。
しかし、長年の粗食に慣れた2人には麦を手のひらいっぱいに食べられるのは贅沢な食事だった。
いつもは一掴みほどなので。
この麦は私がせっせと『箱庭』で生産した麦を現実世界に取り出したのだ。
容量の狭い『箱庭の倉庫』から。
今はお昼の少し前だが、昼食を食べる習慣のない2人には1日2食で十分だった。
しかし、育ち盛りの子供2人はもっと栄養を摂って肉をつけなければいけないので、スズの指導でなるべく沢山食べるように言われている。
2人は麦を満足するまで食べて幸せだった。
しかし、今から子供2人で、しかも裸足で長い距離を歩かねばならないので、辛い旅になると知っているのはスズだけだった。
そして、食休みまで終えた2人は道に出て歩き始めた。
何しろ外に出て歩くのも数年ぶりなら、太陽の暖かい光を浴びるのも数年ぶりだ。
欠食児童の2人は手を繋いでゆっくりと歩いていく。
水と食料は私のスキルで尽きずに有るので心配無い。
今はただ、遠くまで逃げる為に歩くだけだ。
馬車の走る大きな音が聞こえると、道の横の草の陰に2人で隠れてやり過ごし、静かになるとまた歩き出した。
この道を通る人は少ないらしく、あまり緊張感も無く2人で歩く。
その時に暇なスズから私にアドバイスがあった。
「2人でもっと話しなよ」と。
もっとどころか、子供2人は長年の経験で必要以外には話さない暗黙の掟ができていたので、私が話す内容に困ると「男の子に名前を聞きなよ」とスズに言われた。
「ねぇ」
男の子に話しかけると、繋いでいる手がビクッと緊張したのが私にはわかった。
「名前を聞いていなかったね。聞いてもいい?」
男の子の手のこわばりがとけた。
「……なまえ、のあ」
私は理解した。
「ノア、かぁ。ノアって、呼んでもいい?」
私が聞くと男の子の心が動いた。
「うん」
短い話しだったが、2人にはこれで充分だった。
なんだか冷えて固まっていた胸が温かくなる感じがした。
いつのまにか日が沈みかけていて、食事不足を補うために寝る時間が長かった2人は心地よい疲れを感じていた。
「今日はこの辺りで寝ようか?」
私がノアに聞くと「うん」と素直な返事が聞こえたので、2人で道の脇に入り、いつも固い床に寝ていたので、柔らかく草が茂っている場所はご褒美のような寝床だった。
まずは私がジョウロを出して2人で水分補給をしてから、排泄をして、私が『箱庭』で育てた麦を手のひらいっぱいに出して2人でゆっくりと食べた。
経験でゆっくり食べると気持ちが満足するのを知っていたので、食べる量が倍になった2人には大満足の食事だった。
気持ちも満たされて、子供2人で引っ付いて眠りについた。
少し奥に入ると木々が茂る森の中なので、さまざまな音がしていたが、疲労もあって熟睡した2人には聞こえなかった。
◇◇◇
翌朝、夜明けと共に起きたのは私だけだった。
私はスズと少し話した。
スズが私に「名前をつけていい?」と。
そう。
『私』には生まれつき『名前』がなかった。
親のようなお姉さんのような『家族』のスズから貰える名前なら、私はとても嬉しかったのだ。
スズが何故、今まで『私』に名前をつけなかったかと言い訳すると「この国で不自然で無い名前を私につけたかった」と言ってくれた。
『私の名前は、この国の名前なの?』
(ううん、違うよ。私の国の言葉)
私は少し不思議に思った。
『私』の中にいる『スズ』の国とはどこだ? と。
しかし、スズの話は続く。
(あのね、私が神様に見守ってくれますように、楽しく暮らせるように「カミラ(神楽)」って名前を考えたよ)
私の中にいるスズのイメージは、正しく『カミラ』に届いた。
「私の、名前は、カミラ」
大好きなスズに私の名前を貰えて、カミラは生まれて初めて大きな喜びを感じた。
カミラはスズと頭の中で話をしながら、穏やかに日が登るのを見た。
新しい朝の始まりだ。
カミラは今日の食事のために一生懸命に『箱庭』で麦を育てると『箱庭』のレベルが2になって、畑が1面増えた。
パン製造工場が建てられるようになったが『箱庭』のお金を持っていなかったのでしばらくはお預けだ。
が、倉庫がいっぱいになったら、余分な麦を販売して『箱庭』のお金を増やして何とか『パン製造工場』が建てられて3枠全てにパンの予約製造をすると、ノアの目が覚めたので排泄をしてから水分補給をして、両手いっぱいの麦を朝食に食べた。
そして、2人は今日も手を繋いで道を歩き始めた。
地下での労働経験で、単調な作業には慣れたので、少しずつ景色が変わる光景に、2人は飽きずに歩き続けた。
日本育ちのスズは、粗食から一気に食べ物を増やしたり味を濃くしたりすると、体を壊すとの知識があったので、2人の粗食は1週間ぐらいでいいかな? と予想を立てた。
今は麦を倍食べてお腹を満腹状態に慣らすのだ。
肉は食べられなくても大豆を2人に食べさせて太らせたいスズだが、日本では簡単に手に入った大豆すら手元には無く、悔しい思いをした。
本当は、ずっと、硬く味気ない麦を食べるカミラに苦しい思いをスズは抱いていたが「雑草を食べるよりはマシ」と思い我慢していたのだ。
カミラの10歳の誕生日になった時に『箱庭』が出現したのはスズのせい(おかげ)だと思った。
だって、カミラに箱庭スキルを試してもらった時にお金が『円』表示だし、麦の製造時間が『分』なのだ。
スキルを成長させる為の条件は『箱庭ゲーム』に『似ている』だけに想像がついたし、カミラの魔力が「100」だったので、10歳の10倍とも納得できた。
多分だがカミラの成長と共に魔力は上がるだろうと思われるが、カミラのもう一つのスキルにかかる魔力量が問題だ。
『治癒魔法』
カミラ自身に必要だから芽生えたスキルだと想像すると、使えるはずだが、今までカミラが地下の男達に性的に壊されなかったのは、カミラの見た目が『化け物』と言われる怪我の功名だったからだ。
今までカミラもスズもこの世の小さな世界で生きてきたので、もしカミラの顔の治癒が成功した時に、治安が悪いところにカミラが見目良い女としていた場合に傷つけられるかもしれないとスズは心配なのだ。
とりあえずは『箱庭』に魔力を消費させて生活が安定するのが最大の条件だが。




