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5話 ヒーゼンの目的

 ゴーレムの動きを満足がいくまで眺めて、あからが厨房を出ると、そこにはヒーゼンが立っていた。あからの姿を見とめると、空っぽの食堂中に響く大きな声でいった。

「あれは偶然だ!!」

「な、なんのこと……?」ヒーゼンは、そこで自分が墓穴を掘ったことを思い知った。このことに触れなければ、あからはすっかり忘れていただろう。

「お前が、厨房にアンジェと入るのを見て、待ってたんだよ。すぐそばで……だから、すぐに入ってこれただけで……ほんの偶然だから、てめーはもっと自分で危機感持てよ」キョロキョロと周りで聞いてる人がいないか、視線を彷徨わせながらヒーゼンはそういった。

「ああ、助けてくれた時のことか。うん。わかったよ、ありがとう」だが、睨みつけるような眼光も、ぶっきらぼうな言葉も、彼が実際にあからを助けたという事実に勝ることはなかった。むしろ、弟とかがいたらこんな感じだろうか、とその幼い振る舞いの成長を見守るような気持ちになる。

「待ってたって、僕に用事があったの?」

「……まあな」あからが抱いた疑問を素直に打つければ、ヒーゼンは歯切れ悪く答えた。そして、真っ直ぐにあからを覗き込むと、一度だけ、眉間に深く皺ができるほど強く瞳を閉じてから、カッと見開いていった。

「俺が、フォーレンダム家に復権するのを、手伝え」ヒーゼンの大きな目があからを写す。「もちろん、見返りはある。――金がいいなら。こんな孤児院でもらえる給金よりはるかに大金を与えてやろう。地位が欲しいなら、俺の口添えで、まあ、帝国史の端に名前が乗るくらいの席を用意してやれる。悪くないだろ」ヒーゼンの想像力はそこで尽きた。これ以上、何が提供できるのか、子供にはわからなかった。

「最初に聞いて起きたいんだけど、」あからが眉を下げた情けない顔で言った。ヒーゼンは早くも、こんなやつでよかったのか、もっと野心的な、ヴィクセンのほうがマシだったか、と考えた。

「フォーレンダム家って、何」

 あからにとっては、当然の疑問だった。



 大陸北東に本拠を構えるフォーレンダム家は、マルキア家が大陸諸勢力を統合し皇帝となる以前から、その旗下にあって忠誠を誓い続けてきた武門の一族であった。

 皇帝即位以降も、フォーレンダム家はマルキア皇帝の盾であり剣として、主に戦場においてその栄光を支え続けた。

 だが、帝国成立後に長く続いた情勢不安が収束し、領邦の統合が完了すると、帝国における争いの形は変質していく。外敵との大規模な戦争は姿を消し、代わって北方より出現する魔なる物の対処という、危険ではあるが政治的価値の低い役目が、フォーレンダム家に一任されることとなった。

 その時、彼らに残された栄誉は、家紋章に刻まれた、王家より与えられた銀狼の装飾のみであった。

 広大な領地を有しながらも、その大半が魔獣の生息域や荒野に覆われ、実用に耐えない土地であるフォーレンダム家が、帝国法に基づく領地面積相応の課税に苦しめられるようになるまで、さほど時間はかからなかった。

 初期帝国制に強く反対しながらも、政治的・地理的条件を巧みに利用して栄華を保ったサース・アンゴルム家とは、その立場も行く末も、あまりに対照的であった。


 時は下り、二十一代当主エルワルド・フォーレンダムは、前当主オルウフル・フォーレンダムの死後、オルウフルの実子ヒーゼン・フォーレンダムを廃嫡した。

 その理由として掲げられたのは、ヒーゼンの血統を疑う言説と、継承儀式である血の試練への失敗であった。

 ――そしてその事実は、ヒーゼンにはフォーレンダム家の血は流れていない、という噂へと繋がった。

 そうなれば、エルワルドがフォーレンダム家当主となることに疑問を持つものはいなかった。


 そんな歴史と個人的な話をヒーゼンはつらつらと述べた。その時の彼の背筋は伸び、語り口は力強く朗々としており、確かに統治者としての気質を持っているように思われた。

 だが、話が血の儀式まで降ると、その顔には狼狽とも、憤怒ともとれるような動揺をあらわにした。頬が紅潮し、口調もいつもの粗野なものへ戻る。

「俺は!間違いなく、オルウルフ・フォーレンダムの息子だ!!あの日、あの日に行われた血の試練は間違いだった!あいつが仕組んだ、俺を囲んで……」

「血のしれん、ってなに」興奮するヒーゼンに聞くのは躊躇したが、これを知らないと続く話も理解が難しそうだ、と判断したあからは勇気を持って口を挟んだ。

 ギロリと睨み返しながらも、ヒーゼンは説明を加えた。

「おめえはナニナニばっか言いやがって、ほんとものを知らねーなぁ……いいか、血の試練は帝国七名家それぞれの家宝を使った継承方法だ。帝国初期からの決まりで⋯⋯絶対なんだ。うち、フォーレンダム家は信の剣を使う。剣はフォーレンダムを遮ることなし、そういう盟約で作れらたものだから、血縁者であれば、絶対にその剣で切られても血が流れることはないんだ」

 そこまでいうと、ヒーゼンはシャツのボタンを上から順番に外し始めた。

 そこには肩からかけて腰まで続くような生々しい斬撃の跡が残っていた。

「あいつは、エルワルドは、魔法か何かで、俺を羽交い締めにして、俺の頭に布をかけ、刀を振るったんだ」

 握られた拳が震えているのは、寒さか、怒りか。あからにはわからなかった。

 もしかしたら、悲しみも、含まれていたのかもしれない。ヒーゼンの瞳が揺らめくのを見てそう思った。

「その、エルワルド、さんとは仲良かった?」

「はっ、バカ言うな。全部、演技だったんだ。弟ができたみたいだ、って、あの日の試練もそうだ。全部仕組んだ!」

 たった今叩き切られたかのように、自らの体を支えるように手を広げて、痛みを堪えるようにしていたヒーゼンが、ぱっと両手を開いた。

 そして吠えるように言った。

「俺は、俺の居場所は最初から、あのクソみたいな家にはなかった。だから、俺が取り返して、俺がメチャクチャに、好きにしてやるんだ! 

 ――で、お前は協力するよな」

 ギラギラと燃えるような赤をゆらめかせる。

 これも、このシステムが誘導している学びなんだろうか。なら、ヒーゼン言われるがままに、進もう。

「うん、いいよ」

 僕はこの時代を知らない。僕にとってこの時代は異世界だ。

 ハウスロボットに管理された完璧な空調、完璧な食事、完璧な毎日なんでひとつもない。

 でも、だからこそ、生きているような気がした。

 この時代を、世界を、まだ学んでいたかった。

 あからが差し出した手を、ヒーゼンが握る。交わした握手は、あからがこのシミュレーション世界の来て、初めての経験だった。

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