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4話

「新人ちゃんって、頭おかしいんだねぇ」

 岩の巨体の影から、アンジェはくすくすと笑い声をあげていった。張り付いたような笑みにはしかし剥き出しの冷気が敵意とともに乗っていた。

「ねえねえ、ゴーレムに話しかけたり、人間みたいに扱うのって、聖道教会の教えに反してるよね? あーあ、残念だなぁ。まさか中央聖道教会直属運営のここで、そんな異端者が出るなんて」

 アンジェはわざとらしく、髪をかきあげて、右耳にかけた。銀色に鈍く光る耳飾りがよく見える。

『我ら聖道聖樹の落し子 塵に還るまで仕えん』

 差し込む太陽の反射がなければ、あからにもその文字が見えたかもしれない。この時代における聖樹の保有権は、聖道教会にあった。だから、聖樹から生まれる彼女たちは聖道教会の所有物であった。

「せいどう、きょうかい」だが、あからの関心は、アンジェの口からこぼされた言葉にあった。

 父さんは、僕にさまざまなことを聞かせてくれた。母さんには、内緒だぞ、って指を当てる仕草。いくつもの扉を通り抜けた。だからその日も、母さんはいない。僕の手を引いた。もう少し大きくなったら、あからもわかるだろう。これが、聖樹。有史以来、いや、神話の時代から、聖樹を手に入れることは、世界を支配することだった。誰が、どの勢力が、その所有権を得るかの移り変わりが歴史だった――そして、今はこうして聖道教会、――、――が、ああ、こんな話は、退屈か――。じゃあもっと近くで――。

「聖樹、真っ白で、綺麗だったなぁ」

 その言葉で、アンジェの顔に浮かんでいた笑みは消えた。だが、あからの意識は大昔、ポカポカと気持ちいのいい日に、父と二人で行ったピクニックの日にあった。

「でも、近くに行くと、白じゃなかった。黄金が、そう、黄金の葉っぱが、光を照り返してて、僕は、白だと思ったんだ」あまりも眩しすぎて、あまりにも大きくて。怖くなって父に抱きついた。父は、しゃがんで抱きしめ返してくれた。続きを求め――父と母に何が起きたのか――あからがさらなる追憶へ沈もうとしたとき、背中に衝撃を受けて、否応なしに目の前の女と真っ直ぐに向き合うこととなった。

「どうして!? なぜ、なぜお前が知っている!?!」厨房台に置かれた刃物、ゴーレムが持つように最適化され、人間が持つには重すぎるそれを、片手で持ったアンジェは噛み付くような声で、しかし、まだ続く食堂に残る人に聞かれないよう声量を落とし、床に叩きつけられたあからに馬乗りになって言った。調理包丁を持つ手の手首にはオレンジ色のリングが二本回っていた。身体強化魔法。彼女は本当はそんなものがなくても、ゴレーム用包丁を振るうことくらいはできた。咄嗟の誤発動。それはもはやあからを千千に引き裂くことさえできるだろう。

「答えろ、どうして、お前が、聖樹を知っている?」

 鋒が、あからの喉元に一文字を引く。アンジェの見開かれ、こぼれ落ちそうな眼は、あからの狼狽を写していた。説明する言葉を持たないあからは、死ぬならせめて、父を思い出したかったと、現実から逃げるように、強く目を瞑った。暗闇に浮かぶのは、先ほどまでそこにいた父の姿。もっと交わした言葉があったはずだ。父だけじゃない。母とも、つながりがあったはずなのだ。

 まだ、死にたくはない。か細い幻影の家族は消えていく。

 まだ、思い出していないたくさんの思い出があるのだ。今のあからが見る走馬灯は酷く短く味気ないものだろう。

 真っ暗闇に一人。よく似た光景をつい先最近見た気がする。

 あからが食堂にいた時、見かけなかった子供がいる。

 あからが唯一その名前を知っている子供。

 祈るように、その名を叫んだ。

「ヒーゼン!!!助けてっ」動かした喉元が刃とふれあい、血が溢れる。アンジェが判断を行動に移すより早く、厨房と食堂を隔てる木製の扉が砕け散った。素早く後退したアンジェは、一点を中心に放射状に広がる魔道の軌跡を見た。

「人間にしては、人外じみてる」半笑いで揶揄うようにいう。

「人外は、お互い様だろ」薙ぐよう水平に手を切ると、砕け散った木片は皆壁にふき飛んだ。

「あ、ありがとうっ」思わず両手を広げて、飛び上がった勢いのままあからはヒーゼンに抱きついた。安堵の涙で視界が滲む。

「服の礼分だけだ」それをあしらうように剥がして再びいつでも魔道を発動できる好戦的な体勢へ戻ろうとする。だがそれはあからの望むところではなかった。

「ああ、違うの、アンジェとは少し揉めただけで、とにかく、ありがとう。もう大丈夫だから」構えていたヒーゼンの手を強引に引き取ると、両手で包み込んでぶんぶん振った。「ありがとうね、ヒーゼン」何度もそう言いながら。

「本当に来てくれると思わなかった。ありがとう。これ、潰れちゃったけど、僕のパン!あげるよ」亜からのポケットでぺちゃんこになったパンを押し付けるようにわたせば、

「⋯⋯まあもらっておいてやる」と受け取って、一人で食べるためにヒーゼンは立ち去った。

 残されたアンジェとあからの間に沈黙が落ちる。

「バカすぎて、教会の連中にも、その敵対勢力にも見えない。あのガキに媚びてるのは、フォーレンダムの血を期待して? やめときなよ。あれは捨てられたんだよ」イライラしたように、アンジェはポケットを探るが、結局探しているものを見つけられなかった。鍋の様子を見るゴーレムを突き飛ばして、その火元へ何かを押し付けると、再びあからの前に来た。びくりと何をされるのか、小さく飛び跳ねたあからに煙を吹きかけて笑った。

「まあ、いいや。下手に知った方がやばいし、これくらい弱そうなら、いつでもポキッってできるからね」あからの首元へ手を添えていった。「新人ちゃんがいなくなったら、私がツチクレどもの起動をしてなきゃいけなくなるからね」

 悪意を隠さない呼び方に、あからはムッとした。

「そのツチクレって、ゴーレムのこと言ってるんですか」

「それ以外に、何が該当するのぉ? あっ、新人ちゃん、そんなにゴーレム好きなら、私の代わりに夕食後の解除もやってよ。ほら、みてて」

 すっとアンジェはからの鍋を見下ろすゴーレムのそばによると、咳払いを一つしてから、いった。

「我従属すべき主人。我指令下す」一度言葉を区切り、ゴーレムがゆっくりと、地に臥すように、動きを止めるのを待った。

「止まれ」

 言葉は水紋のように広がった。額の魔石はただの石のように、その透き通った輝きを失った。そしてそれが額につけられたゴーレムも、同じように死んだように止まった。

「ちゃんと止めてめておかないと痛むから、忘れないでね。それに、コマンドは、一言一句同じじゃないといけないから、覚えた?」

 あからは頷いた。だが、頭には、混乱が残る。絵本の中で、描かれていたゴーレムは、人と同じ言葉は持たなかったが、彼らなりのやり方で意思疎通ができた。こんな上から、強制的な、まるで使役するようなやり方では決してなかった。

 だから、アンジェが他のゴーレムの起動停止を言いつけて、厨房をさった後、あからはそっと扉を閉めると、まだ動いているゴーレムに、絵本で見た方法のコミュニケーションが通じるか試してみることにした。

「えっと……し、失礼します……」あからはそっと、床を拭いていたゴーレムの頬、に相当しそうな部分に触れた。そして、小さく手を丸めると、コンコンと叩いた。

 あからが見た絵本では、これが挨拶だった。

 魔石が嵌っている基板石の縁を、ノックするように叩く。この振動で持って、ゴーレム同士の挨拶となると。

 だが、ゴーレムは答えない。あからがしていることの意図を掴みかねているように、またはおかしな指令構文が着たことによるエラー反応なのか。あからにはわからなかった。

「い、いきなりすぎた? ま、まあ、そのうち、伝わるよね」

 失敗を恥じて頬が熱くなる。これで意思疎通が上手く撮れるなら、あからが直感で嫌だな、と思った起動停止の言葉を使わなくて済んだのに、と嘆くが現実は動かない。ここでやめれば本当に失敗だ。だから、あからはせめて命令の前に、この挨拶をしようと思った。

「いきなり命令されるなんて、嫌だもんね」

 例えそれが、当人のことを思ってのことだとしても。まるでそこに意思が存在しないかのように扱われることがどれほど嫌かを、あからはよく知っていた。



「ロンドくんっ、お姉さんと、デートしない?」

 ふっくらとした胸を強調するように、腕を交差した女がロンド・アルバに微笑みかけた。だが、ロンドは白けた顔で返す。

「いやですよ。どうせ、アルバ家所有遺跡への案内でしょう。もう引っかかりませんから」

「そう言わないでよ。ねねっ、お願いだよぅ」言葉は軽いが、アルバの腕を掴む力はやはり人間を超えた腕力をしていた。

「というかオレなんかの口添えなくても、アンさん、あんたが聖道教会にお願いするなら、どの推薦状だって手に入るし、どこにだって行けますよね」プライドのために、口が裂けても痛い、とは言えないロンドは話を逸らすためにそういった。この話には女も手を放して悩ましげに顔を支えた。

「そりゃ、そうだけど……でも、そういうの振りかざすのって、ちょっと気が引けない?一様公的にはもう私たちと聖道教会に遺恨はなし、ってなってるわけだしぃ……」最初からそう言えばいいのだ、とロンドは言いかけたのを飲み込んで、代わりに憎まれ口を一つ叩いておく。「意外と考えてるんすね、先輩も」

「あらら、この学舎ではロンドくんの方が先輩なのにぃ。そう呼ばれるのはもう飽き飽きなの、いつもみたいに、アンさんって呼ぶか……ああ、アンジェでもいいわよ」バチンッとウインクが飛ぶ。

 どこの世界に、数世紀は年上の聖人をファーストネーム呼び捨てで呼べる奴がいるのだろうか。

 誤魔化すように曖昧に口の端を歪ませると、アンジェは嬉しそうに笑った。「その顔、よく似てる〜〜」


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