1話 めざめるとき
東天光あからは、起床と共にけたたましい機械音に包まれた。
チープなピープオンの羅列と、甲高い人工音声は、多くの人にとって寝起き一発目に聞きたい類のものではない。もちろん、あからにとってもそうだった。
「オタンジョウビ!オメデトウ!オタンジョウビ、オメデトウ!アカラクン、オメデトウ!」
「何がめでたいんだよ……」
「東天光グループの正当な御子息であらせられる東天光あから様のお誕生日ですから。日付変更の十二時とともに系列グループ各種セールを開始しております」
ハウスシステムの埋め込み式立体音響スピーカーは、お誕生日プログラムよりかは幾分かマシな音質で答えた。
「――それで、叔父さんはいつくるの?」
「五分前に中央館を出発なさいました。あから様の起床はすでにお伝えしてあります」
それはなんか嫌だ、と言いかけてやめた。ハウスシステムと議論して勝てるわけがない。諦観のため息が一つだけ漏れる。これはあからがすでに学習したことだった。
あからのベットが中心に置かれた殺風景な部屋には三つの扉がある。一つは常にロックが解除されているトイレやシャワーにもつながる扉で、もう一つは食事を提供する決まった時間にのみロックが解除される扉だ。
そして最後の一つ、ベッドから見える大きな観音開きの扉は、叔父が尋ねてくる時のみ開錠される。
「実は僕って、すごい犯罪者だったりするの?」自嘲気味にいってから、あきらは後悔した。ハウスシステムに冗談が通じるわけがない。
「いいえ。東天光あから様は東天光グループの御曹司であり、故東天光アランヴェル様と故東天光日祭様の唯一のご子息にございます。遺言により、二十歳になれば自動的に東天光グループ総代になられるで――」
「もういいってば」
頭に敷いた枕を掴み取り、扉に投げつけたのと、同時だった。
「あ・か・ら!うわっ」
扉が開かれたのは。
「何コレェ。枕? というか危険予知警告なし?これは直したほうがいいなかも……」一人で勝手に呟きながら男は、この時代にめずらしくもメモ書きを始めた。「子供の行動ってのはすごいよなぁ。常に我が社の蓋然性計量アルゴリズムの上をいく……」
「それで、現東天光グループ総代に在らせられる日吉叔父さんは、お忙しいお時間を使って僕になんのようさ」
「拗ねるなよぉ、あからぁ。こうしてお祝いに来たんだからさっささっ!欲しいもの、なぁんでもいえよ!」
両手を広げて、あからが駆け込んでることを一かけらも疑わない満面の笑みでいった。
しばらくして、一向に駆け込んでこないことがわかると、日吉は何事もなかったように、両手をしまう。
あからは悩んでいた。
欲しいものはここに越してきた時から変わっていない。でも、ここでお願いして断られれば、もう望みが叶わないことが確定する。
それならば。叶わない望みを切望し続けていたかった。
手遊びしながら、叔父の様子を見れば、また会社のことにかかりっきりだったのか、濃い隈が目の下にあった。
学校というところに、行きたい。そうするほうが、叔父に負担も減るのでは?
学校というところで、同じ年齢の子供が集まって、一緒に学ぶ。
そうしたら、あからは、自分の感情をもっと上手く表現できるようになって、さらには叔父を手伝えるような、きちんとした人間になれるのではないかと思った。
必要なのは勇気だけ。
あからは久しぶりに生身の人間と会話する。
「なっなんでもいいならっ、」叔父が笑顔で頷く。
「学校に――」
言葉に詰まった。
学校。その単語に対する反応だけで、あからは答えを得てしまった。
だから聞くべきじゃなかったんだ。
少なくとも、NOを突きつけられさえしなければ、いつの日か行けるかもしれないという希望を持てたのに。
バカなあから。お父様にも、お母様にも似ていない。東天光の恥。
言葉の最中に俯くあからを拭い去るように、叔父は再び両手を広げて、今度はあからのベットのすぐ近くまでやってきた。
「それ以外なら、なんだって用意してやるさ」
「嘘つき」
気がつけば、涙で視界は滲んでいた。
だが、これは本当に嘘だ。
「学校だけじゃない!勉強だって、!させてくれない!」咄嗟に投げつける枕を探したが、シーツの中で空を掴む。それはすでに投げていた。
「嘘つき、嘘つき!」本当は、こんな子供じみたことがしたかったわけではなかった。だが、あからの中には今の感情を正確に伝える言葉がなかった。
「あから!勉強なんて、今時流行らないさ。お前に必要なのは――」「いらない!」
これ以上一言だって叔父の言葉を体に入れるものか。
あからは両耳を塞いで、ベッドに突っ伏した。
「何も、いらない」
最後に泣いたのはいつだったか。とっくに枯れたと思っていた涙。一体その小さな体のどこに隠れていたのか。
あからの叔父である東天光日吉はあからに勉学を進めなかった。あからが学ぶ環境を、用意しなかった。それは今の時代にあっていない、非効率で無駄なことだと思ったのだろうか。それとも、何か別の考えがあったのかもしれない。
亡き両親の遺言に含まれていたのだろうか。
あからは何も知らない。
もしかしたら、ユイゴンの意味も知らないのかもしれない。
泣き疲れて、いつの間にか眠っていたあからが顔をあげると、そこにはもう叔父はいなかった。腫れた瞼が重たい。
「叔父さんは、」
「一件の伝言があります。――すまなかった。お前の大切な誕生日だったのに。結局ちゃんと言えていなかったな。誕生日おめでとう、あから」
あからはヨタヨタとベッドから立ち上がった。今日の暇をどう潰したらいいかはわからないが、ロックがされる前に、食事をとりたかった。
ベッドから見て右手にある、時間式で会場される扉の前に立てば、シューと音をてて開いた。
「閉まってなくて、良かった」
「本日は誕生日特別メニューですよ」
頭を空っぽにして、一人には長すぎるテーブルについて待っていると、不意にハウスシステムはそういった。
運搬ロボットが運んできたプレートを受け取り、あからは食べ始めた。
「もう一件。日吉様よりメッセージが来ております。再生いたします」
あからが意見を挟む余地もなく、システムは進める。日吉の方が上位権限だった。
「そう!学校は無理だが……お前の学びに対する気持ちはよーーくわかった」
あからは無心で動かしていた手を止めた。
記憶にある限り、日吉があからに理解を示したことはなかった。
「そんなに学びたいなら、いい教材がある。午後には届くように手配してるから、楽しみにな!」「今何時!?」
丁寧に、メッセージを再生してから、システムは答える。
「十三時になります。日吉様からのプレゼントはすでに娯楽室に配置しております」
どうしていってくれなかったのか。
あからはスプーンを置いて、この部屋を飛び出ようとした。だが扉は固くロックされる。
「なんで!!」
「遊ぶのは、食事をきちんと取ってからです」
あからが皿に盛られたグリーンビーンズの最後の一つを食べ終えるまで、ロックが解除されることはなかった。
娯楽室は、食事をとる部屋の対面にあった。こちら側の部屋はいつでも出入りができる。あからは飛び跳ねて、奇妙なダンスでも踊りたいような心地がした。
いくつものケーブルが伸びた全身がっぽり入るような大きなカプセル。
「これって……」
前までやてくると自動で左右に割れるように開いた。中には枕のように、少し小高くなっている部分がある。直感的に、横たわって使うものだ、ということはわかったが、視線を彷徨わせた。
「オールダイブ型インタラクティブラーニング装置ですね。使い方の説明が必要ですか」
「お、お願い」初めてシステムを頼もしいと思った瞬間だった。
「あっていますよ。はい、そのまま状態を横たえて……自動で閉まります。インストール済みソフトは、魔道発達初期。詳細な説明はここでいたしますか?ダイブ起動時に――」 聞いていたのは最初の体勢だけ。あからはもうその先を聞いていなかった。
「オールダイブシステム、同期中。ご利用ありがとうございます。使用者はリラックスをしてそのままに――」
時間にしてどのくらいだったが、とにかく興奮するあからにとっては一秒がもどかしかった。
「――生体接続及び同期完了。ようこそ。オールダイブインタラクティブラーニングの世界へ。早速ラーニングを始めますか?」
あからは頷いたつもりだった。
つもりなのだ。
夢の中で体を動かした時のような奇妙な現実感の欠け。あからの意識はシステム上に載り、現実こそ虚構だった。
「わ、わ、ぼ、僕はじめてっで、
「本システムはインタラクティブシステムを採用しております。十秒後にラーニングを始めます」
「えっ!?」
「プリセットから、世界設定構築。魔道黎明期白銀歴十年、ランダム初期座標を起点とし、ハルロ地方を選出。地形アセット読み込み終了。ユーザー形態データ読み込み終了。アバターに統合します。知覚差による違和感低減のため規格外年齢でのアバター構築を行います。
なお体調がすぐれない等、ラーニング中断を望む場合は、口頭パスワード――」
すべてを聞き終えるより先に、あからの意識は異界に等しいほどの時代を遡っていった。




