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第98話「雷帝、鬼火を討つ」

祭壇に響くのは、鬼へと変貌を遂げた清影の、もはや人のものとは思えぬ咆哮だった。 戦いの火蓋は、彼によって切られた。


「まずは貴様からだ、兄上ェッ!!」


黒い雷光をその身に迸らせながら、鬼・清影は獣のような速度で清顕様に飛びかかる。 鋭利な爪が、寸分違わず喉元を狙う。


しかし、清顕様は冷静だった。 最小限の動きでそれをかわし、同時に雷光を纏った手刀でカウンターを放つ。


「…速いが、雑だ」


手刀は清影の腕に弾かれる。


「十六年前と何も変わらんな、清影」


「(嘲笑う)余裕だな、兄上! だが、その冷静な仮面も、いつまで保つかなァ!」


清影は祭壇の壁や柱を蹴り、残像が見えるほどの速度で清顕様を翻弄。 禍々しい黒い雷撃を、雨あられと叩き込む。 清顕様は巧みに防御、回避するが、その圧倒的な力と速度に、徐々に押され始めていた。


「すげえ…!親父(清影)も、あの人(清顕)も…! これが、近衛家当主の…!」


清馬様の声が、驚愕に震える。


「(息を呑み)…父上(清顕)の動きは完璧だ。 だが、相手の力と速度が、それを上回っている…!」


清継様の冷静な分析にも、焦りの色が滲む。


「清顕様…!」


私は、ただ祈るように戦況を見守るしかなかった。


清影の猛攻を受け流しながら、清顕様は覚悟を決めた。

ちらりと、息子たちと私、そして静かに佇む薫子様の姿を見る。


(守らねばならん。近衛家を…いや、あの子らを。 十六年前の過ちは、繰り返させん!)


彼は大きく息を吸い込み、両手を天に掲げた。

その全身から、これまでとは比較にならないほどの強大な霊力が溢れ出す。


「…見せてやろう、清影。 近衛家当主が継ぐ、真の『ことわり』のいかずちを…!」


天窓から差し込む満月の光を受け、清顕様の体が輝き始める。彼は叫んだ。


「来たれ、天つ雷よ!我が身に宿り、鬼を滅する刃となれ!」


ゴォォォォォ!!


凄まじい轟音と共に、祭壇の天井が砕け散り、神々しいまでの稲妻が清顕様の体へと直撃した。


「きゃあああっ!」


「父上!?」


私と清馬様の悲鳴が重なる。


しかし、清顕様は倒れない。 彼はその莫大な雷のエネルギーを全身で受け止め、完全に支配下に置いた。 その体からは、黄金色とも白金色とも見える、神々しい雷のオーラがバチバチと迸り、髪は逆立ち、瞳は雷光そのもののように輝いていた。


「(驚愕に目を見開き)…これは…!古文書にあった、近衛家一子相伝の奥義…!」


「なんだよ…あの姿…!?」


清顕様が、静かに、しかし雷鳴のように響く声で告げる。


「『雷帝纏らいていまとい』」


劇的に身体能力が高まり、全身が雷と一体化したかのような清顕様の姿。

それはまさに、雷の帝王の顕現けんげんだった。


「(兄の変貌を見て、驚愕ではなく、歓喜に顔を歪ませ) …ハ…ハハハ!そうだ、それでこそ俺の兄上だ! でなけりゃあ、殺し甲斐がねえ!」


鬼・清影もまた、両手を天に掲げ、鬼の力で禍々しい黒い雷雲を祭壇上空に呼び出す。 彼の周囲には、魂を喰らった鬼神の囁きとも思える不気味な声が纏わりつき、足元の影が不自然にうごめいていた。


「俺にも寄越せよォ!鬼神ッ! こいつ(清顕)を殺すための、もっと黒い『ちから』を!」


ドゴォォォォォン!!


先ほどよりもさらに禍々しい轟音と共に、漆黒の稲妻が鬼・清影の体に落ちる。

彼もまた、清顕様と同じように、禍々しい黒紫色の雷のオーラを全身に纏った。

その姿は、雷光と、彼に取り憑く異形の影とが混じり合い、まさしく『黒き雷帝』と呼ぶにふさわしかった。


「ああ…!清影…!」


薫子様の悲痛な声が響いた。


黄金の雷帝と、黒き雷帝が、祭壇の中央で睨み合う。 次の瞬間――


「「はあああああああっ!!」」


二人の姿が、同時に消えた。 目にも止まらぬ速さで移動し、祭壇の空間で、黄金と黒紫の閃光が幾度となく激突する。ぶつかり合う度に凄まじい衝撃波が走り、祭壇の壁や残った柱が粉々に砕け散っていく。


「(衝撃に耐えながら)…やべえ…!見えねえ!なんだよ、あの速さ…!」


「(冷静に分析しようとするが、その圧倒的な力に戦慄する) …これが、当主と…鬼の力…!桁が違う…!」


立っているのもやっとの状態で、私は叫んだ。


「清継様!清馬様!」


さらに巨大な衝撃波が、私たちに襲い掛かる!


「清馬!母上と琴葉さんを!」


「おう!」


清継様が両手を前に突き出し、自らの『ことわり』に基づき、膨大な雷光を緻密に計算された紋様のように編み上げ、半球状の青白い防御壁『雷紋壁らいもんへき』を瞬時に構築した。 それは、ただ雷を放つのではなく、衝撃を受け流し分散させる構造になっているようだった。


清馬様はその雷光の壁に、自らの荒々しい雷を同調させるように注ぎ込み、壁の強度と密度をさらに増幅させる。


二人の雷が合わさり、より堅固になった防御壁が形成され、黄金と黒紫の激突が生む凄まじい衝撃から、薫子様と私を完全に守り切った。


「ありがとうございます、お二人とも…!」


「清継、清馬…!」


薫子様が、息子たちの頼もしい連携に、僅かに安堵の表情を見せる。


黄金と黒紫の激突は続く。 互角か、あるいはわずかに鬼の力を持つ清影が押しているか。 『雷帝纏らいていまとい』は強力だが、清顕様の消耗も激しい。

咳き込む彼の口の端から、一筋の血が流れ落ち、その膝が微かに震えているのを、私は見てしまった。 一方、清影は鬼の力で無限に近いエネルギーを得ているようで、その動きはますます人外のものとなり、影からは不気味な嗤い声のようなものが聞こえる気さえした。


「どうした兄上!もう終わりかァ!?」


鬼・清影の嘲笑が響く。


「(息を荒げ、咳き込みながら)…くっ……!」


清顕様の動きに、明らかな陰りが見え始めた。


このままでは、清顕様が押し切られるのは時間の問題に見えた。

清継様と清馬様は歯噛みし、私は祈るように手を握りしめる。

薫子様は、懐から取り出したあの扇子を、固く握りしめていた――。


満月の下、兄弟の死闘は、さらに激しさを増していく。

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