第97話「満月の再会、鬼の微笑」
固唾を呑んで、私たち五人(清顕様、薫子様、清継様、清馬様、私)は、暗い階段を下り、ついに開かずの祭壇へと足を踏み入れた。
そこは、十六年前の激闘の爪痕が生々しく残る、広大で冷え切った石の間だった。 破壊された柱、ひび割れた床…… そして、中央には砕けた祭壇の残骸が、満月の妖しい光に照らされている。
その、砕けた祭壇の上に、一人の青年が静かに腰かけていた。 黒い狩衣を纏い、見た目は十六年前、最後に薫子様が見たであろう二十歳前後のまま。年は全く取っていない。 清継様の持つ怜悧さと、清馬様の持つ激しさを、その両方を併せ持つような、恐ろしいほどに美しい顔立ちだった。 彼こそが、鬼と化した近衛清影。
ゆっくりと顔を上げ、階段から現れた私たちを見据える。 その瞳は深淵のように黒く、人間的な感情は読み取れない。 だが、その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
「……!あいつが……親父……!?」
清馬様の声が震える。
「(息を呑む)……十六年前と、寸分違わぬ姿……!」
清継様の表情が強張る。
私は、彼の放つ、底知れない霊圧に身構えた。
「(震える声で)……清影……あなた……」
薫子様が、か細い声でその名を呼んだ。
清影は、ゆっくりと祭壇から立ち上がり、まず、宿敵である兄、清顕様へと歩み寄る。
「……兄上。久しぶりだな」
「……清影……!」
「(清顕様の顔を値踏みするように見つめ) ……随分と、年をとったな。……俺は、あの頃のままだ」
その声には、何の感情も籠っていないようでいて、深い皮肉と嘲りが感じられた。
「よくも、のうのうと戻ってきたな……」
清顕様が、低く唸る。
清影は、兄を無視するように、次に、最も執着する女性、薫子様へと視線を移した。 その瞳に、初めて微かな熱が宿る。
「……薫子……」
「……っ!」
「……ずっと、ずっと会いたかった……。 十六年経った今でも……いや、あの頃よりも、美しくなったな……」
彼は悲しげに続ける。
「俺も、お前と一緒に年を重ねたかったが……叶わなかった。 …だが、もういい」
ゆっくりと手が差し伸べられる。
「……もう、俺はお前を離さない。……迎えに来たぞ、薫子」
薫子様は、その手を取ることができず、ただ涙を流すばかりだった。
清影は、次に、自分の血を引く息子たち、清継様と清馬様へと目を向けた。 その表情は複雑で、父性とも、好奇心とも、あるいは冷酷な試練とも取れる光を宿していた。
「(二人を交互に見つめ)……俺の子か……。大きくなったな……」
「「……!」」
双子は息を呑む。
「……赤子のお前たちを、この手で抱きたかったが……残念ながら、叶わなかったな……」
彼は悲しそうに、しかしどこか突き放すように言った。
「父として、何もしてやれず、すまなかったな……。……許せ」
父の言葉に、激情がこみ上げる。
謝罪?今更何を…! 怒りと悲しみと、ほんの僅かな期待のような感情がごちゃ混ぜになり、今にも飛びかかりそうな衝動を必死で抑え、唇を噛みしめ清馬様の拳が、震えていた。
一方、清継様は、冷静を装いながらも、内心では激しく動揺していた。
(許せ…?父…? 目の前にいるのは、鬼だ。我々を破滅させようとしている敵だ。 だが、その言葉には…? 違う、分析しろ。惑わされるな。)
彼の『理』が、目の前の存在と、その言葉の矛盾を処理しきれずにいた。
そして最後に、清影は、この場にいる異質な存在、巫女である私へと視線を向けた。
「……ほう。お前が、今代の巫女か」
「……!」
全身の肌が粟立つような、冷たい視線だった。
「(面白そうに)……息子たちの、恋人だそうだな? ……なるほど、兄上とは違う答えを選んだか」
彼は嘲るように続けた。
「さてさて、巫女様は……俺の息子たちにとって、『毒』となるのか、『薬』となるのか……。 ……この俺が、じっくりと見届けさせてもらおうか」
一通りの「挨拶」を終えた清影は、再び薫子様に向き直る。
「さあ、薫子。帰ろう。 ……邪魔な兄上さえ消せば、俺たちの時間は、また動き出す」
「(涙ながらに首を振り)……いいえ、清影!あなたは、もう……!」
薫子様の拒絶に、清影は初めて表情を歪ませた。
「まだ、分からないのか? 俺をこうしたのは、兄上だ。近衛の血だ。 だが、もう関係ない」
その体が、黒い霊気に包まれ始める。
「俺は、全てを取り戻す。 まず、兄上を殺し……そして、お前を、俺の手に!」
彼の言葉と共に、その美しい人間の姿が、禍々しい『鬼』へと変貌し始めた。
額からはねじれた角が生え、指先には鋭い爪が伸び、瞳は完全に血のような赤黒い光に染まる。 祭壇全体が、彼の放つ圧倒的な鬼気によってビリビリと震え始めた。
「来るぞ!皆、構えろ!」
清顕様の鋭い声が響く。
「「「はいっ!!」」」
清継様、清馬様、そして私の声が重なった。
十六年の時を経て、因縁の場所で、父と子、兄と弟、そして愛憎が入り混じる者たちが、ついに激突する。 満月が、祭壇の天窓から、その始まりを静かに見下ろしていた。




