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第95話「揺れる心、決戦への備え」

決戦の日まで、あと数日。 近衛家の書庫は、古文書の埃っぽい匂いと、張り詰めた静寂に満ちていた。


清継様は、一人、山積みの書物に埋もれるようにして座り込んでいた。 父(清影)の『鬼』の力に関する記述と、それを封じる、あるいは対抗するための古の術を探していたが、その手は時折止まり、苦悩の色が表情に浮かんでいた。


(…駄目だ。集中できない。 文字が…『鬼』という文字が、私自身の血を嘲笑うように歪んで見える……)


(父上(清顕)と同じ『ことわり』の力…?本当にそうか? この身に流れるのは、感情に任せて破滅を選んだ父(清影)の血だ。 私の中にも…あの『鬼』がいるというのか……?)


そこへ、そっとお茶を運んで、私が現れた。


「清継様。…少し、休憩なさってください。顔色が優れません」


「……琴葉さんか。…すまない、見苦しいところを」


「いいえ。…何か、見つかりましたか?」


「(首を横に振り)…鬼神召喚の術に関する記述はいくつかあった。 だが、それを完全に滅する方法も、封じるための確実な術も…見つからない。 どれも、術者の命と引き換えか、不確かな伝承ばかりだ」


「そうですか……」


「(自嘲するように)…いや、違うな。見つからないのではない。 私が、見つけられないのだ。 この力が…『ことわり』の力が、揺らいでいる。 自分の血脈すら信じられぬ者に、一族を救う術など見つけられるはずがない」


私は、彼の冷たくなった手を、そっと握った。


「清継様」


「……!」


「あなたは、鬼の子なんかじゃありません。 あなたは、いつだって冷静で、私や清馬様を正しい道へと導いてくださる… 私の大切な道標です」


「あなたの『ことわり』は、血筋なんかじゃなく、あなたがこれまで懸命に積み重ねてきた、あなた自身の力です。 …私は、そう信じています」


「(私の真っ直ぐな瞳と温もりに、強張っていた心が僅かに解け) ……琴葉さん……。……ありがとう」


彼の指が、私の手を弱々しく握り返した。


一方、道場では、清馬様が一人、荒々しく雷光を放っていた。 その力は以前にも増して強大になっているが、制御が効かず、道場の壁や床を黒く焦がしていた。


「(肩で息をし)…クソッ!なんでだ! なんで言うこと聞かねえんだよ、俺の力は!」


彼は拳を握りしめる。


「(親父(清影)と同じ…?この熱さが…あの鬼と、同じだってのかよ……! 俺も、いつか…あんな風に……!)」


自分の中に流れる「鬼の血」への恐怖と、それでも父(清影)の純粋な愛に共感してしまう複雑な感情が、彼の心を乱し、力の制御を奪っていた。


そこへ、私が駆けつけた。


「清馬様!落ち着いてください!」


「琴葉!?見てたのかよ…!来るな!今の俺は…危ねえ…!」


「(彼の前に立ち)危なくなんかないです! あなたの力は、鬼の力なんかじゃない!」


「でもよ…!」


「(真っ直ぐに彼の目を見て)あなたの『熱』は、人を傷つけるためのものじゃない。 …私を、何度も守ってくれたじゃないですか。 あの弓をくれた時みたいに、誰かを支えるための、温かい力だって、私は知っています!」


「血がどうとか関係ない。 大事なのは、あなたがその力を、何のために使うか、です!」


「……俺が…何のために……」


「はい!あなたは、近衛家を、薫子様を… そして、私を守ってくれる。そうでしょう?」


「(私の言葉に、迷いが晴れるように) ……琴葉……。……ああ、そうだよな! 俺は、お前を守るって決めたんだ! 親父がどうとか、血がどうとか、関係ねえ!」


清馬様は、改めて雷光を右手に宿した。 それはまだ荒々しいが、先ほどまでの禍々しさは消え、決意の光を帯びていた。


「見てろよ、琴葉!俺は、絶対に制御してみせる。お前を守るために!」


「はい!」


一人になった私は、近衛邸の静かな庭園で、瞑想を深めていた。 私の体から、穏やかで力強い『白金の光』が溢れ出す。


(過去の巫女様…。清影様…。薫子様…。 たくさんの悲しい涙が、この血(物語)には流れている。 でも、だからこそ…)


(私は、もう絶望しない。 清継様の『ことわり』と、清馬様の『ねつ』、そして私の『心』。 三つの力を一つにして…今度こそ、『呪い』ではなく、『希望』の光を…!)


私の祈りに応えるように、『白金の光』は以前よりも安定し、より強く、温かい輝きを増していく。 それは、破魔の力だけでなく、傷ついた魂を癒すような慈愛に満ちていた。


その様子を、書斎の窓から、清顕様が静かに見守っていた。

彼の表情は読み取れないが、その視線は、確かに私の光に向けられていた。


薫子様は自室で、巴里パリから取り寄せた古いトランクを開けていた。

中から取り出したのは、古びた白拍子の衣装――ではなく、それとは似ても似つかない、黒地に金の刺繍が施された、荘厳だがどこか物悲しい『舞の衣装』だった。 そして、衣装と共に仕舞われていた、一対の古い扇子。 彼女は、その扇子を手に取り、何かを確かめるように、静かに開閉させた。 扇子の要の部分が、鈍い金属光沢を放っている。


(…清影。そして、清継、清馬…。 あなたたちの戦いを、ただ見ているだけの『器』ではないわ)


(十六年間、この日のために…いいえ、あなた(清影)の想いを無駄にしないために… 私が守り続けてきたもの…。 今こそ、使う時…!)


学校からの帰り道。 私と双子は、帝都の空気が数日前よりも明らかに重く、淀んでいることに気づいた。


「…なんだか、空気が…重いですね」


「ああ…。雑魚妖の気配も、昨日より増えてる気がするぜ。 街角の祠とか、お地蔵さんとか、ピリピリしてやがる」


「…満月が近い。…父(清影)の力が、強まっている証拠だ。 奴は、祭壇だけでなく、帝都そのものにも、影響を及ぼし始めているのかもしれない」


清継様の冷静な分析に、私は息を呑む。


「……!」


「…急がねばな。残された時間は、少ない」


帝都全体を覆い始めた不穏な気配。 満月は、着実に近づいていた。 それぞれの決意と葛藤を抱えたまま、運命の日へのカウントダウンは続く。

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