第94話「十六年の鎖、父の告白」
全ての過去が語られたサロンは、重い沈黙に包まれていた。 最初に立ち上がったのは、私だった。
「……分かりました。……それが、近衛家の背負ってきた『呪い』なのですね」
私は、双子、そして薫子様に向き直る。
「でも、私は諦めません。 清継様、清馬様。私たちは、乗り越えられます。三人でなら」
「(顔を上げ、私の力強い瞳を見て) ……琴葉……。……ああ、そうだな。 俺たちの物語は、過去と同じじゃねえ……!」
清馬様が、力強く拳を握る。
「(複雑な表情ながらも、頷き) ……そうだ。我々は、父(清影)とも、父上(清顕)とも違う道を、見つけなくてはならない」
清継様も、静かに覚悟を決めた。
「(息子たちの覚悟を見て、静かに微笑み) ……ええ。……この母も、最後まで見届けますわ。 あなたたちが紡ぐ、新しい物語を」
薫子様の瞳に、強い光が宿る。
清顕様は、その光景を、書斎の入口から黙って見ていた。 彼らの覚悟を確かめるように。そして、静かに踵を返した。
一人になった書斎。
清顕様は、十六年前、筆を折ったあの日のことを思い出していた。
(十六年間、『平和』だった…?本当にそうか?)
(清影を追放し、薫子を『支配下』に置いた。 あれが『理』であり、最善の選択だったはずだ。 ……なのに、この胸を焼くものは何だ)
脳裏に蘇るのは、薫子の、決して屈しない強い瞳。
(…いつからだ。薫子の強さに…魂を囚われるようになったのは。 清影への『復讐』のはずが、いつの間にか、私自身が、あの薫子なしではいられなくなっていたとは…… 許し難い『弱さ』だ)
そして、息子たちの顔が浮かぶ。
(…あの子らは、憎い弟の子。 同時に、私が十六年間、『父』として育てた子だ。
この矛盾……。血か、情か。 …清影よ、お前なら、どちらを選ぶというのだ……)
彼は、深く息を吐いた。
(……だが、感傷は無意味だ。七日後、私は戦う。 近衛家当主として。…いや…今度こそ、逃げずに……『父』として)
その夜。清顕様の書斎を、薫子様が訪れた。
二人きりになるのは、過去の話をして以来、初めてだった。
「……あなた」
「……何の用だ」
「(静かに問う)……あの時……式神の前で仰った言葉。 『薫子は、私の妻だ。決してお前には渡さん』 ……あれは、どういう意味でおっしゃったのですか」
「…十六年前の『復讐』のため?それとも……」
「(目を逸らし)…皮肉なものだ。 あれほど清影の『感情』を憎み、見下していたというのに…。 十六年という歳月は、私自身をも、同じ鎖で縛つけていたとはな」
「奴に嫉妬し…その『宝(薫子)』を奪うことで満たされるはずだった…。 だが、いつからか…お前の強さ、いや…お前という存在そのものに… この私が囚われていたとは。 ……許し難い、屈辱だ」
薫子様は、息を呑んだ。 それは、十六年間待ち続けた言葉…なのかもしれなかった。
「……あなたは……」
「……勘違いするな。これは『愛』などではない。当主としての『責任』だ。 お前と、あの子ら(双子)は、私が守る。……それだけだ」
清顕様は、それ以上何も言わず、窓の外を向いてしまう。 薫子様は、彼の不器用な告白とも言えない言葉に、複雑な表情を浮かべるしかなかった。
十六年という歳月は、確かに二人の関係を変えた。 しかし、その歪んだ形は、今も変わらないのかもしれない。
別の日。清顕様は、双子を呼び出した。 私も、心配して付き添っていた。
「清継、清馬。 お前たちが私を恨むのは当然だ。 …私の行いは、弁解の余地もない」
清馬様が息を呑み、清継様は父を真っ直ぐに見つめる。
「だが…これだけは伝えておかねばならん。 この十六年間…お前たちを育てたのは、紛れもなく、この私だ。 どのような血が流れようと、お前たちは…私の息子だと思っている」
「「……!」」
双子の瞳が見開かれる。 私も、初めて聞く清顕様の言葉に、胸が熱くなった。
「七日後。お前たちがどちらの側に立つのか…。 それは、お前たち自身が決めることだ」
「あんた……!?」
「……父上……?」
「私の道は、しかし、定まっている。 近衛の当主として…いや…父として、清影とは決着をつける」
清顕様は、双子を、そして私を見据えた。
「どちらを選ぼうと、生き延びろ。 ……それが、私にできる、唯一の贖罪だ」
彼は、それだけを告げると、背を向けて去っていった。 残された双子は、初めて聞く「父」の言葉に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。 私は、彼の不器用な愛情と覚悟を感じ取り、胸が締め付けられる思いだった。
全ての過去が明かされ、それぞれの覚悟が示された。 決戦までの日々が、始まった。
清継様は書庫に籠もり、父(清影)の『鬼』の力と、それを封じる古の術を探る。
清馬様は、自らの『熱(雷)』の制御と、私を守るための修行に打ち込む。
私は、二人の心を繋ぎ止め、『白金の光』を完成させるべく、祈りと瞑想を深める。
薫子様は、静かに彼らを見守り、そして、何かを決意したように、巴里から取り寄せた古いトランクを開けていた。 硬質な何かが触れ合う、微かな音が、部屋に響いた。
清顕様は、ただ一人、祭壇へと続く地下への扉を、じっと見つめていた――。
満月の夜まで、あと数日。 それぞれの想いが交錯する中、運命の時は刻一刻と迫っていた。




