第91話「暴走する愛、鬼神への道」
薫子様の「ああ……!」という声にならない悲鳴が、サロンの凍りついた空気を震わせた。
「(戦慄し)……父上。その『制御できない力』とは……。 まさか、母上の『力(毒)』と混じり合ったことが原因で……?」
清継様の問いに、清馬様が、恐ろしい結論にたどり着き、声を震わせた。
「(青ざめ)……おい、待てよ……。それって……。それじゃあ、まるで……」
清馬様は、信じられないというように、小さくかぶりを振った。
「俺たちが、できたから……!? 俺たちができたせいで、親父(清影)の力は、おかしくなったってことかよ!」
双子は、自分たちの「存在そのもの」が、父を鬼にした「呪い」の始まりだったのではないかと、新たな絶望に直面した。
「(双子の動揺を遮り)……原因が何であれ、奴は『選択』した。 ……私ではなく、薫子でもなく、『力』を、選んだ」
清顕様の冷たい言葉が、再び回想の扉を開く。
(――場面が、白くフェードアウトし、二十数年前、あの「蔵」の中へと戻る――)
(蔵での一夜から、数日が経過している。二人はまだ蔵に隠れていた。 清影が、苦しそうに自らの腕を押さえている。 その服の下の皮膚には、まるで内側から焼かれたかのように、紫色の痣のような文様が浮かび上がっていた)
「清影……!また、力が暴走したのね……!?」
「(苦しそうに、しかし強がって)…大丈夫だ。大したことねえよ」
「(自分の手のひらを見つめ、そこに迸る、以前より明らかに強大で、禍々しい雷光を見て) ……あんたの『毒』と混じって、俺の『雷』が、強くなりすぎてる…。 だが、これさえ制御できれば……! これさえあれば、兄上に勝てる…!」
「(泣きそうに)……勝つためじゃないでしょう! その力は、あなた自身を、内側から焼いているのよ!清影……!」
(場面は変わり、同刻、清顕の書斎。 「猶予」の七日間が半分ほど過ぎ、彼は苛立っていた)
「(筆を折り)……まだ、見つからんのか、あの二人は……!」
(彼は、当主代理として「弟(清影)の捜索」を命じているが、心は別のところにある)
「(蔵での一夜を、彼はまだ知らない。 だが、薫子が清影を選び、今もどこかで二人でいるという事実が、彼の『理』を焼く) ……あの女。あの『毒』め……」
「なぜ、私ではなく、清影なのだ。 ……あの『毒』は、私が『支配』すべきものだ。 私の『器』こそが、あの力を御するにふさわしいというのに……!」
「(歪んだ独占欲)……見つけ次第、清影は『処分』する。 あの女は、二度と誰の心も惑わさぬよう、私の『管理下』に置く!」
(場面は再び、蔵。清影の容態は、悪化していた。彼は、ついに決意する)
「……駄目だ。……このままじゃ、この力に、俺が喰われる」
「(立ち上がり)……薫子。ここにいろ。 俺は、この力を制御する『術)』を探してくる」
「どこへ行くの!?清顕様に見つかったら……!」
「……『禁書庫』だ。 ……あそこなら、この強すぎる『雷』を御すための、古の『術』があるはずだ」
(清影は蔵を抜け出し、屋敷の地下深く、当主しか入れぬはずの『禁書庫』に忍び込む。 古文書を荒々しくめくり、探していた)
「……どこだ……!どこにあるんだよ! この『熱』を御すだけの、最強の『術』が……!」
(そして、彼の手が、一際禍々しい気を放つ、古い巻物の上で止まる)
「(その文字を読み、ニヤリと笑う)……『鬼神・召喚ノ法』。これだ…!」
(彼が巻物を開いた瞬間、書かれていたはずの墨の文字が、まるで血のように赤く滲み出し、この世ならざる冷気が、彼の腕を這い上がった)
「…『代償ハ、術者ノ魂』……? ハッ!上等だ! 魂だろうが何だろうが、くれてやる!薫子を守れるならな!」
(心配した薫子が、後を追って禁書庫に現れる)
「やめて、清影……!」
「薫子!?なんで、ここが……!」
「(巻物を見て)駄目!そんな力に頼ったら、あなたが、あなたじゃなくなっちゃう…!」
「(激昂し)……うるせえ!あんたに何が分かるんだよ!」
「(苦しそうに)……悪い……。だが、これしかねえんだよ! このままじゃ、俺は、あんたの『力』と混じった、この新しい『力』に、喰われて死ぬだけだ!」
「これは、兄上に『勝つ』ため、そして、俺が『生きる』ための、唯一の道なんだよ!」
「(泣きながら)……力なんかいらない!私は、ただ、あなたと……!」
「(彼女の言葉を遮り)…黙ってくれ!」
(清影は、彼女の制止を振り切り、巻物を掴んで、禁書庫の奥にある『開かずの祭壇』へと消えていった)
(――回想が途切れ、現在のサロンに戻る――)
「(涙をこらえ)……そうよ。……私が、止めたのに。 ……あの人は、『生きるため』と、『私を守るため』と、聞いてくれなかった……」
(薫子様は、拳を強く握りしめた。 その瞳には、深い自責の念と、しかし今なお、破滅を選ぶほどに自分を愛してくれた男(清影)への、消せない思慕が浮かんでいた)
「……全て、私の、せい……」
「(冷たく遮り)……違うな。……あれは、清影自身の『弱さ』だ」
「……奴は、私に『勝つ』という、己の『感情』に負けた。 …そして、あの『開かずの祭壇』で、儀式を執り行った」
「……私が駆け付けた時は、既に手遅れだった。 ……奴は、禁断の術で、『鬼神』を呼び出し、自ら、その『代償』として、魂を喰われ、 人ならざるものに、変わり果てていた」




