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第9話「目覚めの朝と、甘いお見舞い」

深い、重い微睡まどろみの中、遠くから誰かが私の名前を呼ぶ声がした。


「……琴葉!……琴葉!」


必死なその声に導かれるように、私は鉛のように重い瞼を、ゆっくりと持ち上げた。ぼやけた視界に映ったのは、心配そうに私の顔を覗き込む、美しい顔。


(ああ、これは……楓の声……。そっか、私、戻ってきたんだ……)


私の目が開いたことに気づいた楓が、心から安堵したように息を吐く。その美しい顔に、隈がうっすらと浮かんでいるのが見えた。私の放った光の代償を、彼女もまた共に支払ってくれたのだと、一目でわかった。


「よかった……目が覚めたのね。丸一日、眠っていたのよ。……あの双子、代わる代わる様子を見に来ては、あなたの寝顔を眺めて溜め息をついて……本当に見ていられなかったわ」


「え……」


楓の言葉を証明するように、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「琴葉!」


文字通り部屋に転がり込むように入ってきたのは、清馬様だった。


(……え?今、清馬様も、私のことを……琴葉、って……)


その髪は乱れ、目にははっきりと隈ができており、彼が眠らずに心配していてくれたことが一目でわかった。彼は私の枕元に駆け寄ると、怒鳴るように叫んだ。


「馬鹿野郎! どれだけ心配させやがって!」


けれど、その声は怒りよりも恐怖で震えている。

彼は私の布団の端を、子供のように強く、強く握りしめた。


「……俺、お前が死んじまうのかと……。あんな無茶、二度とすんじゃねえぞ……」


俯いて、顔を見せずにそう呟く彼の声には、いつもの覇気はなかった。


私が何も言えずにいると、彼は懐から少し形の崩れた金平糖の小袋を取り出し、枕元にことりと置いた。


「……ほらよ。……昨日の、礼だ。お前がいなきゃ、マジで危なかったからな」


ぶっきらぼうにそう言うと、彼は少しだけ間を置いて、こう付け加えた。


「……だから、さっさと元気になりやがれ」


そして、顔を真っ赤にしたまま、逃げるように部屋を飛び出していった。


清馬様が嵐のように去った後、部屋には一瞬の静寂が訪れる。

残された金平糖の甘い香りが、まだ彼の存在を伝えているようだった。


すると、今度は静かに、扉をノックする音が響いた。


入ってきたのは、清継様だった。その手には、一輪の白百合が挿された小さな花瓶があった。彼の指のように細く白い花弁が、まるで静かな祈りのように、凛と咲いている。彼に、よく似合う花だった。


彼は花瓶を窓辺に置くと、私の枕元に静かに膝をつき、そして、深々と頭を下げた。


「白石さん。君には、命を救われた。この恩は、言葉では尽くせない」


公爵家の跡取りである彼が、一介の女中である私に、こんなにも深く頭を下げてくれている。その事実に、私はどうしていいかわからなくなった。


「あ、頭を上げてください、清継様! 私は、ただ……」


顔を上げた彼は、そっと手を伸ばし、私の額に触れた。


「……熱は、ないようだな。安心した」


その指先は、いつも冷静な彼らしからぬほど熱く、私は息を呑む。

彼はすぐに手を離すと、何かを堪えるように目を伏せた。


「君の力は、我々五摂家にとっても、極めて重要な意味を持つ。

これからは、君の身の安全を、近衛家の総力を挙げて守護することになるだろう」


それは、跡取りとしての、おおやけの言葉。


けれど、彼はこう付け加えた。


「……私個人としても、君という光を、誰にも好きにはさせられない」


静かな、しかし有無を言わせぬその響きは、一人の男としての、熱い独占欲の告白に聞こえた。




双子が去った後、呆然としている私に、楓がくすくすと笑いながら話しかけてきた。


「それにしても、あの二人ときたら。まるで私がいないみたいに、あなたにだけ話しかけていくのだもの。少しは私のことも見えていたのかしら?」


「えっ、あ、ごめんなさい、楓……!」


「ふふ、いいのよ。それだけ、あなたが二人にとって特別な存在になったということね」


楓の言葉に、私の胸はますます混乱する。二つの異なる、けれど同じくらい熱い想い。女中の私には、あまりに重すぎて…でも、どうしようもなく、嬉しいと思ってしまう。この気持ちを、私はどうしたらいいのだろう。


そんな私の心が少し落ち着きを取り戻した、その日の夕方。


屋敷の玄関が、にわかに騒がしくなった。一人の使用人が、慌てた様子で清継様の元へ報告に駆け込んでくる。その慌てた使用人の顔を見た瞬間、私の胸に、銀座で見たあの紅蓮の炎の記憶が、嫌な予感としてよぎった。


「申し上げます! 九条家の暁人様がお見えになり、『近衛に匿われている癒しの巫女は、俺が貰い受ける。話があるから、さっさと連れてこい』と……!」


穏やかな時間は、長くは続かない。


私の力を巡る新たな争奪戦の火ぶたが、今まさに切られようとしていた。

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