第88話『雷光の肯定、氷の警告』
薫子様が、うっとりと呟いた
「……あの人の『炎』は、太陽のように、ただ、ひたすらに、温かかったわ……」
という言葉の余韻が、重くサロンを支配していた。
「(混乱したように)温かかった……? でも、それが、今、俺たちが戦おうとしてる『鬼』に……。 わかんねえよ……」
「(静かに目を伏せ)『炎』に惹かれた『毒』。いや、『毒』に惹かれた『炎』、か…」
清継様は、それがそのまま、自分と清馬様、そして私の構図と酷似していることに、気づき始めている。
「薫子様……」
私が、悲しげに微笑む薫子様に声をかけようとした時、清顕様の冷たい声が、その感傷を断ち切った。
「(目を閉じたまま)……『温い』だけだ。 その太陽とやらが、近衛家全てを焼き尽くす業火の始まりだった。 ……お前たち(双子)も、よく見ておくがいい」
清顕様の言葉が、再び私たちを、あの二十数年前の過去へと引きずり込む。
(――場面が、白くフェードアウトし、二十数年前の、近衛家の一室へと切り替わる――)
あの雨の夜から数日後。薫子様は、「処分」はされなかった。 彼女の持つ強大な霊力の「利用価値」を見出した当時の当主(清顕の父)によって、屋敷の一室に軟禁され、「客人」とも「囚人」ともつかぬ扱いを受けていた。
(……私と、同じ……)
屋敷の女中が、食事を乱暴に置きながら、蔑むように言った。
「……奥へは、決して入らぬように。若様がたにも、決して近寄らぬように、と。 この『穢れ』が」
「(睨みつけ)……!」
一人残された部屋で、薫子様は、自分の意思とは関係なく溢れ出す、制御できない霊力の暴発に、一人、苦しんでいた。
「(息を荒げ)……うっ……!なんで……! 私は、ただ、静かに暮らしたいだけなのに……! なんで、この『力』は、言うことを聞かないのよ……!」
彼女が苦しみに膝を折った、その時。
障子が、音もなく開いた。
「……そりゃ、お前が、そいつを『押し込めよう』としてるからだろ」
「(ハッとして)……あんた!清影……!入ってきちゃ駄目だって……!」
「(ニヤリと笑い、兄や父の言いつけを破ることを、心底楽しむように)『駄目だ』って言われると、余計に来たくなんだよな」
清影は、薫子様の前に座ると、彼女の霊力の暴発を、恐れるどころか、面白そうに眺めた。
「……すげえな、それ。兄上の『氷』とは、真逆だ」
「(涙目で)……面白がらないでよ!私だって、好きでこんな……! みんな、私を『毒』だとか『穢れ』だとか……!」
「…『毒』?」
清影は、一瞬、心の底から不快そうに眉をひそめた。 そして、自分の手のひらに、パチパチと、しかしどこまでも安定した『雷光』を宿してみせた。
「馬鹿言え。そいつは『毒』なんかじゃねえ。……お前の一部だろ」
「え……?」
「(自分の雷光を見つめ)……俺の、これと一緒だ。 ……熱すぎて、誰も触りたがらねえ。 でもな、そいつは、お前自身だ。 ……無理に押し殺したら、お前が、お前じゃなくなる」
「(薫子様の頭に、そっと手を置き)怖がるなよ。……あんたは、そのままでいい」
「(息を呑む)……っ!」
(清顕様に「処分しろ」と言われた、その存在そのものを、清影は、初めて、真正面から『肯定』した)
「(顔を真っ赤にして)……ば、馬鹿じゃないの……!?いきなり、何を……!」
彼の、不器用だが、どこまでも真っ直ぐな「熱」と「肯定」。 それが、薫子様の凍えていた心を、溶かした。
二人の間に、それまでとは違う、甘い空気が流れ始めた、その時。 廊下から、氷のように冷たい声が響いた。
「……やはり、お前か、清影。父上の言いつけを、破るとは」
廊下には、若き清顕が、全てのやり取りを見ていたかのように、冷然と立っていた。
「(舌打ちし、薫子様を庇うように立ち上がり) ……兄上!あんたの、そういうとこが、反吐が出るほど嫌いなんだよ! こそこそと、嗅ぎ回ってんじゃねえ!」
「(清影を無視し、薫子様だけを冷たく見据え) ……女。お前が、弟を唆したのか」
「ち、違う……!」
「(一歩、部屋に入り)……警告したはずだ。 『毒』は、自らの居場所を弁えろ、と。 ……お前が、この家にいるだけで、近衛家の『理』が乱れる」
「『理』だあ!?あんたが言いてえのは、それだけかよ!」
「(兄の胸倉を掴み)……こいつは『毒』じゃねえ!人間だ! あんたは、ただ、自分の理解を超えた『力』が、怖いだけじゃねえか!」
「(清影の手を冷たく払い)……愚かな。 私が恐れているのは、力ではない。 お前のように、『感情』に飲まれ、力に振り回される『弱さ』だ」
「(薫子様に最後の通告をし) ……これ以上、清影を惑わすというのなら、今度こそ、父上に進言し、お前を『処分』する」
若き清顕が、冷たく言い放ち、去っていく。
残された清影は、怒りに肩を震わせていた。
(――回想が途切れ、私たちの意識が現在のサロンに戻る――)
「(息を呑み)……親父(清影)。……すげえ……。 (育ての父である清顕を一瞥し)あの人(清顕)とは、全く違う……。ただ、真っ直ぐだ……」
清馬様が、呆然と呟く。
「(清顕様を見据え)……あなたは……。あなたは、あの時から……。 『毒』と『炎』、二つの力を、ただ『秩序』の名の下に、排除しようとだけ、していたのですね……」
清継様が、静かに問う。
清顕様は、息子の言葉には答えず、ただ、冷めきった紅茶を見つめていた。 その、テーブルに置かれたカップを握る指先に、白くなるほど力がこもり、微かに震えているのを、私は見逃さなかった。
「(泣きそうになるのを堪え、しかし誇らしげに) そうよ。……あの人(清影)は、いつだって、私のために、家と、掟と、そして……兄(清顕)と、戦ってくれた」
薫子様は、遠い目をした。 その瞳には、深い後悔と、しかし今もなお、抗いがたいほど甘美な記憶の色が浮かんでいた。
「……そして、その『炎』が、私の『毒』を、取り返しのつかない場所まで、導いてしまったの……」
その薫子様の言葉に、私は、破滅への次の段階を感じ取り、息を詰める。




