第86話『満月の宣告、過去への扉』
書斎に、琴葉の放った『白金の光』の温かい残滓が、消えかけていた。 告げられた真実の重圧は、それでもなお、その場にいる全員を支配していた。
ぜえ、と息を吐き、怒りの雷光が消えた手を見つめ)
「……嘘だ……。全部、嘘だ……。 俺たちの親父が……あの『鬼』……? じゃあ、あんた(清顕)は……!あんたは、今まで、何を思って俺たちを……!」
清馬は、琴葉の光に救われたものの、未だ激しく混乱していた。
「(壁に手をつき、青ざめた顔で) ……やめろ、清馬。……父上(清顕)を責めても、意味はない。 ……我々のこの血が……『呪い』だという事実は、変わらない……」
清継の、冷たくなった手を、私は再び両手で握りしめた。
「違います、清継様!呪いなんかじゃありません!」
私は、清馬にも向き直る。
「清馬様も!……お二人が、誰の子であろうと、私にとっては、何も変わりありません! お二人は、私の大切な……!」
私が必死に二人を繋ぎ止めようとした、その時。 清顕が、重い口を開いた。
「(琴葉の光と、双子の反応を冷徹に観察していたが、薫子に向き直り)薫子。お前の『賭け』は、どうやら、最悪の形で実を結びそうだ」
「(静かに清顕を見返し) ……いいえ。あの子(琴葉)は、『破滅』ではなく、『救済』を選びましたわ。 ……私たちとは、違ってね」
「……ふん。あのような、感情に任せた一時しのぎの光が、清影の十数年分の憎悪に通用するとでも?」
清顕が、冷たくそう言い放った、まさにその瞬間。 屋敷全体が、昨日よりも強く、不吉な霊力で軋んだ。
「(ハッとして)……この気配……!昨日と同じ!」
「……いや、昨日より、遥かに濃い……!中庭だ!」
清継の声が響く。
五人が、中庭に飛び出す。 そこには、昨日と同じ、あの黒い狩衣の式神が、音もなく立っていた。 だが、昨日のような偵察の雰囲気ではない。 その足元の影だけが、光源とは無関係に、まるで生き物のように、ゆらゆらと揺れていた。
「(清顕と薫子ではなく、真っ直ぐに、私と双子を見据え) ……見事。見事です、巫女の小娘」
「……っ!」
「(拍手でもするように、両手をパチ、と合わせ) 我が主の『呪い』を、そのか細い『愛』の光で、一時とはいえ上書きするとは。 ……主も、お喜びです」
「てめえ……!」
清馬が右手に雷光を宿すのを、清顕が手で制した。
「……待て。用件は何だ。清影」
式神は、その能面のような顔を、ゆっくりと清顕に向けた。
「我が主、清影様より、最後の『御招待』をお持ちいたしました。時は、今より七日後。『次の満月の夜』」
「……!満月……。鬼の力が、最も強まる日か……!」
清継が、戦慄の声を上げる。
「場所は、お前たちが『罪』を隠蔽し、我が主が『鬼』として産声を上げた場所」
式神は、ゆっくりと、私たちが今いる屋敷の地下を指差した。
「……近衛家の地下、『開かずの祭壇』にて」
その言葉を聞いた瞬間、薫子が息を呑み、顔色を失う。 彼女の脳裏に、十六年前のあの日の絶叫と血の匂いが悪夢のように蘇り、その体が微かに震えた。
「……あの場所を、指定するか。清影め」
清顕が、苦々しく呟く。
「主は、仰せです」
式神は、まず清顕に向き直った。
「『兄上。あの場所で、十六年前に失敗した「弟殺し」の続きを、今度こそ、果たしましょう』……と」
そして、式神は、私を挟んで立つ双子を、ねっとりと見つめた。
「……そして、『我が愛しき息子たちよ』」
「……黙れ!誰がてめえの息子だ!」
清馬が、激しく拒絶する。
式神は、構わず続けた。
「『お前たちの「本当の父」が、「偽りの父」を討つのを見届けに来い。 ……あるいは、お前たちが、その「呪われた血」の力で、父(鬼)を止めるために、来るか』」
その声は、嘲笑の色を濃くしていく。
「『どちらを選んでも、お前たちは「破滅」する。 その巫女を二人して愛する限り...『私たち兄弟』のようにな』……と」
「待て!ふざけるな!」
清馬が、その言葉に理性を失い叫んだ。
「弟殺しだぁ!?兄弟が、兄弟を殺すなんて!そんなこと、ありえねえだろうが!」
清馬が放った渾身の雷撃は、しかし、式神が足元に広げた影に吸い込まれ、虚しく霧散した。 式神は、その役目を終えたとばかりに、ゆっくりと影に溶けていく。
「くそっ!くそっ!何なんだよ一体! 『弟殺し』って!『私たち兄弟』って!」
自らの出生の秘密と、敵からの残酷な挑発に、清馬の心が再び乱れそうになる。
「……父上」
その時、弟とは対照的に、冷たい怒りを湛えた清継の声が、中庭に響いた。
「……何だ」
「……七日後。我々は、その『開かずの祭壇』で、我々の『本当の父』と、戦わなくてはなりません」
清継は、清顕を真っ直ぐに見据えた。
「(静かに、しかし、有無を言わせぬ力で) ……その前に、我々は知ねばなりません。 十六年前のあの日。あの祭壇で、一体何があったのか。 ……あなたが、我々の本当の父(清影)に、何をしたのか」
「その全てを、です」
清顕は、息子の、自分と瓜二つな「理」の瞳に、逃れられない宿命を感じたように、深く目を閉じた。
「……(長い沈黙の後)……よかろう。残された時間は、七日」
清顕は、薫子、そして私にも向き直った。
「……お前たち全員に、近衛家の『罪』の全てを、話す時が来たようだ」
清影が仕掛けた「決戦」までのカウントダウンが始まった。 そして、その戦いに臨むため、私たちはまず、全ての始まりとなった「過去」と、向き合うことを決意する。




