第85話『告げられた真実、選ぶべき道』
重厚な書斎の扉が、躊躇いなく開かれた。 決戦への備えを協議していた三人の男が、一斉に顔を上げる。 その場の空気は、張り詰めた弓の弦のように、一瞬で凍りついた。
「……何の用だ。来る必要はないと、言ったはずだ」
清顕の、氷のように冷たい声が響く。
「琴葉!?」
清馬が驚きの声を上げる。
清継は、ただ黙って、私の、決意に満ちた表情を見つめていた。
「……お言葉ですが、清顕様。私は『足手まとい』ではありません」
私は、当主である清顕様を、真っ直ぐに見据えた。
「……ほう?」
「清影の式神は、言いました。『お前も破滅の駒だ』と。 ……私こそが、この戦いの『的』であり、お二人が『鬼』になるかの『引き金』なのです」
私は、双子に向き直る。
「ならば、私は、お二人の一番近くで、お二人を守らなくてはなりません。 ……いえ、お二人と『共に』戦わなくてはなりません。それが、私の『覚悟』です!」
私の宣言と同時に、背後から、薫子が静かに姿を現した。
「……あなた。あの子(琴葉)に、全て、お話ししましたわ。 私と、あなたと、……そして、清影の『過去』の全てを」
「……余計なことを」
清顕が、苦々しく舌打ちした。
「はあ!?母上、一体何を……!?『過去』って、昨日の話の続きかよ!」
激しく動揺する清馬とは対照的に、清継は、冷静に、しかし震える声で父を問い詰めた。
「……父上。母上。 ……琴葉さんを『足手まとい』だと切り捨てるのでしたら、我々には、本当の『敵』が何者なのか、全てを教えていただかなくてはなりません」
その瞳が、清顕を射抜く。
「……我々が倒すべき敵、清影とは……。我々にとって、一体、何者なのですか」
書斎に、重い沈黙が落ちる。 清顕は、息子の、自分とよく似た「理」の瞳と、その奥に宿る、自分とは似ても似つかない「熱」の光を、値踏みするように見つめていた。
「(長く息を吐き)……よかろう。全てを話す。 お前たちが、その『血』の呪いに、向き合う覚悟があるのならば」
清顕は、無慈悲なほど静かな声で、告げた。
「清継。清馬。……お前たちは、私の子ではない」
時が、止まった。
「……は?……(乾いた笑い)……おいおい、父上。いくら何でも、冗談が過ぎるぜ……。 俺たちが、父上の子じゃ……」
清馬の、引きつった笑いを、薫子の静かな声が遮った。
「……本当よ、清馬。……この方(清顕様)は、あなたたちの『父』ではないわ」
「……う、そだろ……?」
母の涙を見て、清馬は言葉を失う。
「じゃあ、俺たちは……俺たちの、本当の親父って……」
「……まさか……」
清継が、青ざめた顔で、全てのピースが繋がったかのように、震える声で呟いた。
「あの『事件記録』……。追放された、叔父上……。清影……」
「……そうだ」
清顕が、その憶測を肯定する。
「お前たちの、本当の父親の名は、近衛清影。 ……今、我らが『鬼』と呼ぶ、その男だ」
「…………ふざけるな!」
清馬が、激昂して清顕に掴みかかった。
「じゃあ、あんたは、今まで俺たちを騙して……! 敵の息子を、何のために……!?」
「……ああ……。そうだったのか……」
清馬とは対照的に、清継は、その場に崩れ落ちそうになっていた。
「……どうりで。……どうりで、私は、いつも『熱』を恐れていた。 ……私のこの『器』は、偽物だったんだ……。中身は……『鬼』の血……」
バチチチッ! 清馬の体から、制御を失った怒りの雷光が迸る。
ピシリ、と。 清継の、自己を保っていた『理』の『器』に、決定的な亀裂が入る音がした。
「あ……!やめて、二人とも!それこそが、清影の『呪い』……!」
薫子の悲鳴が響く。
式神が告げた「どちらの『鬼』を呼ぶか」という予言が、今、まさに現実になろうとしていた。
その、瞬間。
「お二人とも、しっかりしてください!」
私が、暴走しかける清馬と、崩壊しかける清継の、二人の間に飛び込んだ。
「(清馬の雷光を放つ手を、恐れず、その両手で強く握りしめ) ……清馬様!目を覚ましてください! あなたの『熱』は、鬼の血なんかじゃありません!」
「私に、あの『弓』をくれた、優しい『熱』です! 私を抱き上げてくれた、温かい『熱』です! あなたが『鬼』になるなんて、私が、絶対に許しません!」
「……琴葉……?お前……」
清馬の瞳に、わずかに理性が戻る。
「(今度は、清継の冷たくなった手を、両手で包み込み) ……清継様!あなたの『理』は、偽物なんかじゃありません!」
「あなたが、私に『簪』という『希望』をくれたんです! あなたの『器』が、私の暴走する光を、いつも受け止めてくれたんです! あなたこそが、私の、誰よりも冷静な『道標』です!」
「……私が……君の……」
清継の、虚ろだった瞳が、私を捉える。
私の体から、あの鎌倉の海で掴んだ、温かい『白金の光』が溢れ出した。 それは『破魔』ではなく、二人の「呪い」を優しく包み込む、「救済」の光だった。
「(涙を浮かべ、しかし、凛として笑い) ……お二人が、誰の子であろうと、関係ありません」
「清継様は清継様で、清馬様は清馬様です。 ……お二人は、私の、たった二人の、大切な『恋人』です!」
「『血の呪い』…?『破滅』…? そんなもの、私たち三人で、乗り越えてみせます!」
その光景を、清顕と薫子は、息を呑んで見つめていた。
(あれが、薫子が言っていた『薬』…。本当に……)
清顕が、初めて、息子の「血」ではなく、「魂」を見つめていた。
「……琴葉、さん……」
薫子が、涙を拭う。
私は、自らの『覚悟』を示し、最大の危機にあった双子を、その『愛』の力で、見事に『呪い』の淵から引き戻した。 近衛家の当主は、その光景を、父として、ただ、見つめることしかできなかった。




