第84話「父と母の『過去』と、私の『覚悟』
清影の式神が消え去った中庭。 残されたのは、私たち五人(琴葉、双子、清顕様、薫子様)と、重すぎる沈黙だった。
「……父上!母上!どういうことだよ、一体!」
沈黙を破ったのは、清馬様の激昂した声だった。
「『十六年前の決着』って!『鬼』って! それに、なんで母上は、叔父上の『忘れ形見』なんだよ!全部、説明してくれよ!」
「(清馬を一瞥し)取り乱すな、清馬。お前の悪い癖だ」
清顕様は、息子の激情を冷たく一蹴する。
「(清継と琴葉に向き直り)……清継。琴葉。 聞きたいことは山ほどあるだろうが、今はその時ではない」
「敵の『宣戦布告』は、受け取った。 ……我々がすべきは、決戦への備えだ。 清継、清馬。一時間後、私の書斎へ」
清顕様は、私の名前を、あえて呼ばなかった。
「あ……あの、清顕様……!私も……!」
「(私を冷たく見据え)……お前は、来る必要はない」
「はあ!?なんでだよ!琴葉も戦った仲間だろ!」
「父上……!彼女の力は、我々に不可欠です!」
「(双子を遮り)……これは、五摂家の戦いではない。我ら、近衛家の『血』の問題だ。 ……お前は、『巫女』である前に、清影の呪いの『的』だ。 ……足手まといになる」
「……っ!」
清顕様の言葉が、冷たい刃となって突き刺さった。
書斎へと向かう男たち。 ホールには、私と、薫子様の二人だけが取り残される。
「……悔しいかしら?琴葉さん」
「……当然、です。私は、もう守られるだけでは嫌だと、覚悟を決めたばかりなのに……」
「(ふっと笑い)……本当に、あの人(清顕)は、不器用な方ね」
薫子様は、紅茶を一口飲むと、静かに語り始めた。
「(遠い目をして)清影はね。……とても、純粋な人だったわ」
「え……?」
「あまりに純粋で、真っ直ぐで……。そして、あまりに強すぎた。……清馬のようにね」
「私のような『庶民の女』が、五摂家の『掟』に縛られることを、彼だけは、許せなかった」
「……」
「そして、清顕様は、『家』を守るという『理』のために、たった一人の弟を、切り捨てた」
「(自嘲するように)私が『清影の忘れ形見』だと言った理由……分かるかしら?」
「(息を呑む)……ま、まさか……」
「(静かに頷き)…ええ。 私のお腹の中には、あの日、新しい命が宿っていたのよ」
「……清継と清馬。……あの子たちは、清影の、忘れ形見」
「(立っていられず、その場に崩れ落ちる) ……う、そ……。じゃあ、若様たちは……清顕様の、本当の子供では……!?」
「(悲しそうに微笑み)……いいえ。そこが、この話の、最も醜いところよ」
「清顕様は、全てを知っていた。 私が、弟(清影)の子を身籠っていることを、知っていて…… それでも、私を『妻』として、近衛家に縛り付けた」
「『お前の子も、弟(清影)の忘れ形見も、全て、私(近衛家)が呑み込んでやる』……とね」
「清継と清馬は、清顕様の『理』と、清影の『熱』、その両方を、この世で最も歪な形で受け継いでしまった。 ……だから、あの子たちは、常に互いを意識し、そして、あれほどまでに反発し合うのよ」
(だから、清顕様は、あんなに双子に厳しかったんだ……! 『父』としてではなく、自らが追放した『弟』の面影(=清馬)と、自分と同じ『理』(=清継)が、同じ過ちを犯さないかと、恐怖していたんだ……!)
(そして、清継様は……! 私を『毒』と呼んだ母上の言葉に、自分たちの『出生の秘密』が隠されていると感じ取ったから、あんなに必死に、あの『事件記録』を……!)
全ての謎が、最悪の形で繋がった。
「(初めて涙を見せ)……ごめんなさい、琴葉さん。 私は、あなたに、私と同じ『毒』になってほしくなかった」
「……あの子たちは……清継と清馬は、私が、この歪んだ家で、唯一愛した『宝物』なの。 ……あの人(清影)が遺してくれた、たった二つの光……」
「だから、絶対に……! あの子たちまで、あの人(清顕)や、あの人(清影)と、同じ『破滅』の道を歩ませるわけには、いかなかったのに……!」
「……けれど、もう手遅れね。清影が言った通りよ。 あなたという『巫女』が現れたことで、この近衛家の、血の『呪い』が、再び目を覚ましてしまったんだわ…!」
薫子様の絶望的な告白。 しかし、私は、いつの間にか涙を拭い、立ち上がっていた。
「……いいえ、薫子様。手遅れなんかじゃありません」
「え……?」
「清継様も、清馬様も、『毒』なんかじゃありません。 お二人は、誰よりも優しく、誰よりも強い、私の、大切な人たちです」
「(あの『巫女の手記』を思い出し) ……『愛してはいけなかった』……?『罪』……?『破滅』……?」
「(強く首を振り)……そんなもの、私が全部、覆してみせます!」
「お二人が、どんな『血』を背負っていても関係ない。 私が、お二人の『呪い』を、この光で、解いてみせます!」
私の体から、『破魔の光』が、決意に応えるかのように、温かく溢れ出す。
「(清顕様のいる書斎に向かって)……行きます。清顕様に、私の『覚悟』を、見せに」
「(呆然と、しかし、希望の光を見たように)……琴葉、さん……」
「足手まとい」と言われた私が、今、自らの意志で、近衛家の「呪い」との、本当の戦いに臨もうとしていた。




