第80話「『嫁教育』卒業と、新たな『傷痕』」
別荘最後の夜、私たちは三人、テラスに並んで、静かに海を眺めていた。
「……明日で、終わりか。……なんか、あっという間だったな」
清馬様が、どこか寂しそうに呟く。
「ああ。……色々と、あったな。……(ぼそりと)色々と、ありすぎた」
清継様の言葉に、私は『紅の水着』の数々のハプニングを思い出し、顔が熱くなった。
「そ、そうですね」
「でも、私、分かりました。あの『巫女の手記』の本当の意味が」
「「……?」」
「私が『毒』になるか『薬』になるか、じゃないんです。 ……私たち三人が、互いを信じられなくなった時に、私たちは『毒』になるんです」
「……」
「だから、私は、お二人を信じます。 お二人が、私を巡って『破滅』するような、弱い方たちではないって。 ……それが、私が見つけた『薬』です」
私の真っ直ぐな言葉に、双子は、顔を見合わせ、強く頷いた。
「(微笑み)ああ。君の言う通りだ。我々は、君が思っているよりも、強い」
「おう!もう、兄上と、あんなみっともねえ喧嘩はしねえ。 (小声で)琴葉の前以外なら、な」
「今、何か言ったか、清馬」
別荘での一週間が終わり、私たちは帝都の屋敷へと戻った。 玄関ホールでは、薫子様が、まるで全ての報告を受け終えたかのように、優雅に立って待っていた。
「あら、お帰りなさい。……ふふっ、随分と良い『顔』になったじゃないの、三人とも」
彼女は、特に、私を見つめた。
「『紅の水着』で、息子たちの理性を崩壊させ、そして、あなた自身が激怒し息子らを『導いた』そうね。 見事な『手綱さばき』だったわ」
「(顔を真っ赤にして)か、薫子様!そのご報告は、どこから……!?」
薫子様は、楽しそうに笑うと、パン、と手を叩いた。
「……合格よ、琴葉さん」
「え……?」
「あなたは、私が想像していた以上に、強く、そして、賢い『薬』だったわ。私の『嫁教育』、これにて『卒業』ですわ。おめでとう!」
「あ……ありがとうございます!」
「やったな、琴葉!」
(ようやく、あの嵐のような日々から、解放される……!)
私たちが、心の底から安堵の息をついた、その瞬間だった。
「……お待ちください、母上」
「あら、清継?私の『採点』に、何か不服でも?」
清継様は、母をまっすぐに見つめ返すと、先日、父上の書斎で見つけてしまった「真実」を、静かに口にした。
「いいえ。……琴葉さんの『試練』が終わったのでしたら、次は、母上が、ご自身の『過去』について、話していただく番ですね」
薫子様の、笑顔が、止まった。
「とぼけないでください。 ……父上の書斎の、鍵のかかった引き出しにあった、『事件記録』とやらを、私は見てしまいました」
「事件記録……?」
清馬様が、怪訝な顔をする。
「…ある『庶民の女』を巡る対立の末に、叔父上は力を暴走させ、近衛家から『永久追放』された、と……」
清継様の、あまりに冷たく、そして悲しい「問い」が、ホールに響き渡る。
「『二人の兄弟』と、『一人の庶民の女』。……そして、『破滅』」
「母上。あなたが、あれほどまでに『巫女の手記』に固執し、我々を試した理由……」
「……その『庶民の女』とは、まさか、あなたご自身のことでは、ありませんか?」
「(清継の肩を掴み)おい、兄上!どういうことだよ!」
清馬様が、激しく動揺して叫んだ。
「母上が、庶民だ...と?何、言って……!」
(え?薫子様が……庶民?私と、同じ…?)
(だから…。だから、あの人は、私に、自分を重ねて……?)
(あの『毒か薬か』という問いは、薫子様自身が、過去に突きつけられた、問い…?)
その、凍てつくような沈黙を破ったのは、階段の上から降ってきた、低い声だった。
「…そこまでだ、清継」
「……!父上」
当主・清顕様が、厳かな表情で、そこに立っていた。
「お前が、その『記録』に気づいたか。 …薫子。もう、遊びは終わりだ」
「…………」
私は、見た。 いつも、私たちを弄そぶように、余裕の笑みを浮かべていた薫子様の顔から、一切の表情が、消えていた。
「…ええ。…そうね、清顕様。 ……どうやら、本当の『お話』を、しなくてはならない時が、来てしまったようね」




