第78話「紅の水着と、再現される『破滅』
静御前の件から一夜明けた、別荘の朝。 昨日、あれほどの絆を確かめ合ったはずなのに、サロンの空気は、これまでになく張り詰めていた。
「…………」
清馬様は、一言も喋らず、浮き輪の空気穴をいじっている。
「…………」
清継様は、窓の外を眺めたまま、静かに紅茶を飲んでいた。
二人とも、明らかに私を待っている。 私は、この重い空気を断ち切るように、意を決して立ち上がった。
「…清継様、清馬様」
「「……!」」
「本日こそ、薫子様からの『課題』、果たさせていただきます。 『巫女の手記』の修行を、再開します」
私は、二人の目をまっすぐに見つめた。
「(小さな声で)……そのために、私は、もう一度、あの『水着』を着てまいります」
プライベートビーチ。 双子は、既に海水着に着替え、浜辺で待っていた。
私は、意を決して、あの薫子様から贈られた『紅の水着』を纏い、彼らの前に姿を現す。
先日、一度見ているはずなのに。 いえ、一度見てしまったからこそ、その記憶が鮮烈に蘇り、二人の理性は、昨日よりもたやすく崩壊した。
「(顔を真っ赤にして)……お、おい、琴葉……。本当に、またそれを……!」
「(持っていた本を、カサリと落としそうになり、慌てて持ち直し、私から意図的に視線を逸らし) ……清馬。我々は、修行に来たんだ。邪な目で彼女を見るな」
「なっ……!兄上こそ、さっきからガン見してたくせに!」
「私は、彼女の体調を確認していただけだ」
私は、二人の幼稚な言い争いを無視し、波打ち際に立つ。
「お願いします!私の手を取ってください! 今日こそ、あの『白金の光』を……!」
「(私の手を掴み、自分の方へ引き寄せ) おう!だが、その格好は、まずタオル羽織れ! 兄上なんかに、ジロジロ見られるとか、俺が許さねえ!」
「(清馬の手を叩き落とし、私の腕を掴み) ……触るな、清馬。お前こそ、その汚れた視線を彼女に向けるな」
「琴葉さん、こちらへ。このパラソルの下にいれば、日にも焼けないし、弟の目にも入らない」
「んだと、兄上!何か企んでんじゃねえだろな!」
二人は、私の腕を、左右から引っ張り合うようにして、ついに本気の幼稚な掴み合いの喧嘩を始めてしまった。
「離せ、清馬!」
「兄上こそ!」
(あ……!)
(これじゃあ……!これじゃあ、あの『巫女の手記』と、全く、同じじゃありませんか!)
自分のせいで、みっともない喧嘩を始めた二人を見て、私の心の奥で、何かがプツリと切れた。
「い・い・加・減・に・し・て・く・だ・さ・い!!」
最大の声量での私の叫びに、二人の動きが、ピタリと止まる。
「「(びくっ!?)……えっ?」」
私は、水着姿の恥ずかしさも忘れ、涙目で、二人をビシッと指差した。
「私が、どれだけの覚悟で、この格好をしたと思ってるんですか!」
「こ、琴葉……?」
「それなのに、お二人は、私のことなんか見ないで、勝手に喧嘩ばっかりして!」
私は、『巫女の手記』の、あの最後の言葉を思い出す。
「……私の『罪』は、『覚悟がなかったこと』……。でも、もう違います!」
「私は、お二人を『導く』と決めたんです!」 「『破滅』なんか、させません!」
「……ですから、喧嘩はおしまいです! 今から、三人で、『修行』をします! 仲良く、です!」
私の、あまりに堂々とした「宣戦布告」に、双子は、顔を見合わせ、やがて、どちらからともなく、降参したように笑い出した。
「ははっ。はははっ!敵わねえな、本当に」
清馬様が、照れくさそうに頭を掻く。
「……ああ。どうやら、我々の『巫女様』は、我々の想像以上に、強いらしい」
清継様も、穏やかな笑顔を浮かべていた。
こうして、私たちの、波乱に満ちた(ぎこちない)「修行という名の海水浴」が、ようやく、始まったのだった。




