第77話「夜明けの誓いと、湯上がりの火花」
静御前の魂が天に昇っていった浜辺に、私たち三人は、夜明けの光を浴びながら、まだ固く手を繋いだまま、立ち尽くしていた。
「……すげえな、琴葉。本当に、救っちまった……」
清馬様が、心の底から感嘆したように呟く。
「……ああ。君の光は、我々が想像していた以上に、温かい」
清継様も、優しい眼差しを私に向けていた。
「お二人が、力を貸してくださったからです……!」
三人の間には、これまでにないほどの、深い連帯感と、穏やかな空気が流れていた。
(この「戦友」としての絆。でも、私たちは、それだけじゃ…)
朝日を浴びる二人の横顔が、あまりに格好良くて、私は、繋がれた手に、ぎゅっと力を込めてしまう。
「あ……!」
その力に、双子が同時にこちらを向く。
「「……?」」
私は、慌てて手を離そうとするが、二人は、まるで合わせたかのように、それを許さず、より強く握り返してきた。
「(顔を真っ赤にして)あ、あの……!朝食の、準備を、しないと……!」
私は、二人の手を引っ張るようにして、別荘へと駆け戻った。
朝食の後、清継様が、帝都の屋敷にいる薫子様へ、電話で事の顛末を報告していた。
「――はい。ですので、別荘の怪異は、琴葉さんの力によって、完全に鎮まりました」
『あらあら、まあ!静御前ですって!?なんてロマンチックなの!』
受話器の向こうから、薫子様の弾んだ声が漏れ聞こえてくる。
『あなたたち三人で、数百年の悲劇を救済した。 ふふっ、見事よ、琴葉さん。そして、清継、清馬』
『『巫女の手記』の「実地研修」は、文句なしの満点を差し上げますわ』
私たちがホッと息をついた、その時だった。
『……でも』
「「「(びくっ!?)……でも?」」」
電話口の近くにいた私たち三人の声が、綺麗に重なった。
『『巫女』としては満点でも、『三人恋人』としての『課題』は、まだ残っているわよね?』 『別荘での「夏休みの宿題」は、まだあと数日、残っていますことよ?』
薫子様の悪戯っぽい声が、受話器から響き渡る。
『『巫女の手記』の修行は終わり。残りの数日は、純粋に、『恋人』としての時間を楽しみなさいな。……ふふっ』
「りょ、了解だ、母上!任せとけ!」
清馬様が、清継様から受話器を奪い取るようにして叫んだ。
「こら、清馬。……(電話に向かって)……母上、そういうことでしたら、善処します」
(二人の目が、再び「恋のライバル」として、激しく火花を散らしている……!)
(あ……!せっかく、いい雰囲気だったのに……!)
その日の夕方。 私は、霊的な疲れを癒すため、別荘で一番大きな、海が見える大浴場を、一人で使わせてもらっていた。
「(湯気に包まれながら)ふう……。本当に、色々なことがあった……。 でも、静御前様、良かった……」
湯から上がり、備え付けの、涼しげな浴衣を纏い、火照った顔を冷まそうと、テラスに出た、その時だった。
「(牛乳瓶を腰に当てながら)ぷはーっ。やっぱり、お風呂上がりはこれですよね……!」
「…おっさんみてえな声、出してんぞ、琴葉」
「ふぇっ!?」
声がした方を見ると、そこには、同じく浴衣姿の清馬様が、私と同じように牛乳瓶を片手に、海を眺めていた。
「き、清馬様!?い、いつからそこに……!?」
「(照れくさそうに)……俺は、さっきから。 ……(私の浴衣姿を見て、一瞬、言葉を失い) ……あー、その、なんだ。……似合ってんじゃねえの、それ」
「(顔を真っ赤にして)あ、ありがとうございます……!」
二人の間に、ぎこちない沈黙が流れる。 それを破ったのは、清馬様だった。
「……なあ、琴葉」
「は、はい」
「今朝の、お前。…すげえ、綺麗だったぜ」
「えっ!?み、水着の話ですか!?」
「(慌てて)ち、違えよ!水着の話じゃねえ! ……あの、光だ。お前が、あの幽霊(静御前)を救った時のあの光。 ……太陽みたいに、温かかった」
「清馬様…」
「……俺は、ただ、ぶっ壊すことしか考えてなかったのに。 お前は、あいつらを救った。 ……なんか、敵わねえなって、思った」
(清馬様の、こんなに静かで、優しい顔……。 私、初めて、見た……。 胸が、ドキドキして、苦しい……。 清馬様に褒められるのが、こんなにも……嬉しい……!)
彼の、初めて見せる「尊敬」の眼差し。 それは、あの「水着」を見る目とは全く違う、私の「心」そのものを見つめてくれるような、熱い視線だった。
「そ、そんな……!あれは、清馬様の『熱』があったからで……!」
「いいから。とにかく、すごかった。……ありがとな、琴葉」
彼は、そう言うと、私の頭に、そっと手を伸ばし――
「――そこで、何をしているんだ、清馬」
「(びくっ!?)き、清継様!?」
「(びくっ!?)あ、兄上!?」
私と清馬様の声が、揃って裏返った。
振り向くと、そこには、同じく浴衣姿の清継様が、氷のように冷たい瞳で、私たち(というより、私の頭に伸びかけた清馬様の手)を睨んでいた。
「……琴葉さん。湯冷めしてしまう。早く、部屋に戻った方がいい」
「は、はいっ!」
「ちっ!いいところだったのによう…!」
私が慌ててその場を立ち去ると、背後で清継様の静かな声が響いた。
「……清馬。お前、私が何を言いたいか、分かっているな?」
「(兄の、本気の嫉妬のオーラに、たじろぎながらも) ……わ、悪かったよ!別に、何もしてねえだろ!」
「…今は、な」
(琴葉さんは、私の恋人でもあるんだ。 ……次に、私の許可なく彼女に触れようとした時は、お前であろうと、容赦はしない……!)
静御前の件で、せっかく「戦友」として絆が深まったと思ったのに。 「一つ屋根の下」という、薫子様が仕掛けた「試練」は、私たちの関係を、休む間もなく、次の「恋の戦場」へと引きずり込んでいくのだった。




