表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/105

第76話「由比ガ浜の鎮魂歌(レクイエム)と、母の涙」

あの「水着ハプニング」と、夕暮れに見た「泣く女の影」のせいで、私はその夜、全く寝付けずにいた。


(気のせい、だよね……。あの影も、泣き声がしたように感じたのも……。 でも、もし、あの影が、薫子様の『試練』の一部だとしたら……?)


気になった私は、こっそりと部屋を抜け出し、双子の若様の部屋の様子を見に行った。


(清馬様の部屋は……静かな寝息が聞こえる。良かった、清馬様は、もうお休みになっているみたい)


(清継様の部屋は……?あ、まだ電気がついてる。 机で、何か熱心に書物を読んでいらっしゃる……。 『巫女の手記』の解読、だろうか?それとも……?)


邪魔をしてはいけない。 私は、物音を立てないように、階段を降り、再びあの浜辺へと向かった。 あの影の正体を、一人で確かめるために。


月明かりだけが照らす、夜のプライベートビーチ。 波の音だけが、辺りを支配している。


(やっぱり、気のせいだったんじゃ……)


そう思った、その時だった。


いた。 夕暮れに見た岩陰で、白い白拍子しらびょうしの格好をした女性が、涙を流しながら、舞っていた。


音はない。 しかし、彼女の白い袖が、月光を浴びて、ひらり、ひらりとひるがえるたび、彼女の足元の砂が、まるで彼女の悲しみに応えるかのように、静かに渦を巻いていた。


「あ……!」


「琴葉!危ない!」


「下がっていろ、琴葉さん!あれは、尋常な気配ではない……!」


私が声を出した瞬間、背後から、二つの鋭い声が飛んだ。 清継様と清馬様だった。 私が部屋を抜け出したのを、気づいていたのだ。


「(瞳を金色に輝かせ、右手に雷光を集め) ……この結界を抜けてくるなんざ、ただの亡霊じゃねえな……!どこの妖だ!」


清馬様が、私を庇うように前に出て、攻撃態勢に入る。


「待って、清馬様!駄目です!」


私は、清馬様の腕を必死に掴んで止めた。


「あの人、私たちに敵意はありません……!ただ、泣いて……悲しんでいるだけです……!」


私は、ゆっくりと、その白拍子の女性に語りかけた。


「あ、あの……!あなたは、誰ですか? なぜ、こんな場所で、泣きながら舞っているのですか……?」


舞いを止めた白拍子しらびょうしは、ゆっくりとこちらを振り返る。 その顔は、美しくも、深い絶望に満ちていた。


「……わたくしの名は、しずか。……ただの、しずかと申します」

「わたくしは、この浜辺で……この由比ガゆいがはまに埋められし…… わたくしの、赤子あかごを、探しておりまする……」


「赤子……!?」


「(息を呑み)……まさか」


清継様が、その名前に思い当たる節があったように、声を震わせた。


しずか……由比ガゆいがはま……赤子あかご……。……静御前しずかごぜん、か」


静御前しずかごぜん!?あの、みなもとの義経よしつねの……?」


清馬様の驚愕した声が響く。


「ああ。源義経公の寵愛を受け、子供を身籠ったが、義経公の兄君(源頼朝よりとも)の命により、生まれたばかりの赤子(男子)は、この由比ガ浜の波打ち際に、埋められたと……伝えられている……」


「……なんだよ、それ……」


清馬様の声が、怒りに震えていた。


「時代が時代とはいえ……兄弟間で、そんなことすんのかよ……。やるせないな……」


清馬様の言葉が、図らずも、近衛家の「過去の悲劇」(清顕様と叔父上の対立)と重なり、清継様の表情が、わずかに曇った。


「あの子は、ここで、たった一人、冷たい水底に……。 母の手の温もりも知らぬまま……」


静御前の瞳から、再び涙がこぼれ落ちる。


「あの子に、一目……あの子を、この腕に、もう一度……!」


彼女の悲痛な叫びが、波音に混じって消えていく。


「……清継様、清馬様」


私は、二人を強く見つめ返した。


「どうにか、赤ちゃんの魂を、見つけることはできないでしょうか……」


「……だが、数百年も前のことだ。 しかも、この広大な浜辺から、赤子の小さな魂一つを……」


清継様が、その困難さに言葉を詰ませらせる。


「私、やります!」


私は、二人の手を握った。


「……これは、薫子様の『修行』です。 巫女の手記は、『愛が破滅を招いた』と教えてくれました。 ……でも、この方は、『愛(わが子)に会えない』ことで、今も苦しんでいる。 ……なら、私が、このお二人の『愛』を、繋いでみせます!」


私の力強い宣言に、双子は、それぞれの顔を見せた。


「(私の手を強く握り返し) ……おう!あんなに悲しそうにしてるんだ!俺たちの力で、助けてやろうぜ、琴葉!」


「(冷静に、しかし、私の瞳をまっすぐに見つめ返し) ……なるほど。君の『破魔はまの光』の索敵能力を、我々の力で増幅させる、か。 ……合理的だ。やってみよう、琴葉さん」



私は、双子に向き直る。


「はい!……清継様!あなたの『器』の力で、私の光を、この浜辺一帯に、網の目のように広げてください!」 「清馬様!あなたの『熱』の力で、私の光を、赤ちゃんの魂が応えてくれるよう、温かく、力強く、灯してください!」


「「承知した(任せろ)!」」


三人の力が一つとなり、私の『破魔はまの光』は、浄化の「白金」ではなく、全てを優しく照らし出す「月光」のような、広大な光となって、浜辺全体を照らし出した。


すると、遥か沖の方の、波打ち際が、一点、ひときわ強く、輝き始めた。


「あそこです……!」


その輝きが、ゆっくりと空に浮かび上がり、小さな光の玉となって、私たちの元へと寄ってくる。 それは、確かに、小さな、小さな、赤子の魂だった。


「ああ……!あの子……!私の、いとしい子……!」


静御前は、震える手で、その光(赤子)を、大切そうに、大切そうに、抱きしめた。


「(涙を流しながら、微笑み) ……温かい……。やっと、会えた……。 もう、一時も離しはしない。 ……これで、ようやく……義経よしつね様の元へ、旅立つことができまする……」


静御前は、私たちの方を向き、この世で最も美しい笑顔で、深々と一礼した。 そして、その手に赤子を抱きながら、光の粒子となって、静かに天へと消えていった。


「……行った、か」

「……ああ」

「(涙を拭い)……はい」


(薫子様の、突然の『試練』。 それは、私たち三人が、『過去の悲劇(手記)』に囚われるのではなく、『今、目の前にある悲劇(静御前しずかごぜん)』を、『三人の力で救える』のだと、気づかせるための、『実地研修』だったのかもしれない……)


私たちは、夜明けの光が差し始めた浜辺で、固く繋いだ手を、見つめ合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ