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第75話「波打ち際の密着と、泣く女の影」

(言ってしまった……!お二人になら見られてもいい、だなんて……!)


翌朝。 私は、昨夜、あんな大見得おおみえを切ってしまったことを、心の底から後悔していた。


(ううう、恥ずかしすぎる……! でも、薫子様の『修行』だと、私が決めたんだから……!)


別荘のサロン(居間)は、昨日とは比べ物にならないほどの、異様な緊張感に包まれていた。 双子の若様たちは、既に海水着に着替え、一言も喋らず、ただ、私が現れるのを待っている。


清馬様は、そわそわと浮き輪を弄び、「ゴクリ……」と喉を鳴らしている。 清継様は、カチャ……カチャ……と、意味もなくティーカップをかき混ぜ続けていた。


「お、お、お待たせ……いたしました……」


私が意を決してサロンに姿を現すと、二人の視線が、突き刺さる。 しかし、その身には、大きなタオルケットを、まるでみののように隙間なく巻き付けていた。


「お、おう!……って、琴葉、なんだよその格好!ダルマみたいだぞ!」


「こ、これは……!浜辺に着くまで、ですから!」


恥ずかしさのあまり、顔が燃えるように熱かった。



プライベートビーチ。 私を真ん中に、私を挟むように立つ双子。


「そ、それで……琴葉。……泳ぐんだろ……?」


清馬様が、期待を隠しきれない声で尋ねる。


「……琴葉さん。昨日の……君の決意は、嬉しかった。 だが、無理をすることはない。母上には、私から……」


清継様が、優しい「逃げ道」を作ってくれようとする。


「(清継様の言葉を遮り)……いいえ!やります!」


私は、覚悟を決めた。 震える手で、タオルケットの結び目に手をかける。


「……わ、笑わないで、くださいね……?」


「「……(固唾を飲む)」」


私は、意を決して、タオルケットを、肩から滑り落とした。


目の前に、あの『紅い水着』を纏った私の姿が、現れる。


「(持っていた浮き輪を、ぽとりと落とす)…………あ」


「(持っていた本を、砂浜にぽとりと落とす)…………」


二人とも、時が止まったかのように、動かない。


「あ、あの……?清馬様?清継様……?」


私が不安になって声をかけると、二人は同時に我に返った。


「(顔を真っ赤にして、大声で叫ぶ) ……なっ、な、な、何やってんだお前はー!そんな格好で!風邪引くだろ!」


「えっ!?(訳の分からないことを言われて、困惑する)」


「(慌てて、自分が羽織っていた上着を脱ぎ、私の肩に強引に巻き付けようとする) だ、駄目だ!そんな、そんな破廉恥な格好、俺以外の男に見せるんじゃねえ!」


「ひゃっ!?清馬様!暑いです!?」


「(静かに立ち上がり、清馬の手を制し、上着を払い落とす) ……清馬、落ち着け。君が騒ぐと、彼女が余計に恥ずかしがるだろう」


「あ、清継様……!(わかってくれるのは、やっぱり……)」


「(顔は冷静だが、その耳は真っ赤に染まっている) ……(私に、自分が持ってきた、パラソル用の大きなタオルを、優しく、しかし有無を言わぬ力で、きっちりと巻き付けながら) ……母上の悪趣味には、ほとほと呆れる。 ……琴葉さん。その格好は、人目に晒すべきものではない。 特に、清馬のような、理性のない獣の目にはな」


「んだと、兄上!」


(結局、お二人とも、私がこの格好をすることに、大反対じゃないですか……!)



「で、でも、薫子様は、『海の上で、白金の光の修行をしろ』って……! こ、この格好じゃないと、修行にならないんじゃ……」


「……致し方ない。なら、試そう」


「おう!」


三人は、意を決して、波打ち際に立つ。


(私は、結局、タオルも上着も剥ぎ取られた)


「せ、清継様、清馬様。お願いします!」


私は、二人の手を握りしめ、手記の時のように、三人の心を繋げようとする。 しかし……


(だ、ダメだ……!お二人の雑念が、多すぎる……!)


「(小声で)……お、おい、琴葉……。その水着、やっぱり、その……やべえ……」


「(小声で)……清馬、集中しろ。そんな目で、琴葉さんを見るな……!」


(清継様も、さっきから視線が全く合わない……!)


「(顔を真っ赤にして)お二人とも!一体どこを見てるんですか!」


私が二人を叱責しようと、一歩前に出た、その瞬間。


ザパンッ!


予期せぬ大きな波が、私たち三人まとめて、襲いかかった。


「きゃあああっ!?」


「うおっ!?」


「しまっ……!」


バランスを崩した私たちは、三人まとめて、波打ち際に倒れ込んでしまった。


濡れた肌。 肌に張り付く、紅の水着。 そして、私の真上に、覆いかぶさるようにして倒れ込んできた、二つの顔――。


「「……………………」」


「いやあああああああああああっ!!」



結局、その日の「修行」は、私が「もう無理です!」と泣き叫んだことで、早々に終了した。


私たちは、ぐったりと疲れ果て、タオルに包まって、別荘のテラスから、海に沈む夕日を眺めていた。


「……どうやら、母上の『課題』は、我々が思っている以上に、難易度が高いようだ……」


清継様が、遠い目をして呟く。


「……おう。……(ぼそりと)でも、悪くなかった」


「清馬様の、えっち!」


三人が、ようやくいつもの調子を取り戻し、笑い合い始めた、その時だった。


「……あら?」


「どうした、琴葉?」


「いえ、今……。あそこの、浜辺の岩陰のところに……誰か、人が……?」


双子が、ハッとしてその方向を見る。 だが、そこには、夕闇が迫る浜辺が広がっているだけだった。


「……人?いや、このビーチは近衛家の私有地だ。誰も入ってこられんはずだが……」


「そ、そうです、よね。気のせい、です、よね……」


(でも、確かに見えた。 白い、着物のようなものを着た女の人が、じっと、私たちを……)


「……(小声で)なんで……泣いているんだろう……?」


「え?なんか言ったか?」


「い、いえ!何でもありません!あ、そろそろ、夕食の準備をしないと!」


私は、背筋を走る、夏の夕暮れには不似合いな、冷たい悪寒を振り払うように、慌てて別荘の中へと駆け込んだ。


薫子様の「夏休みの宿題」は、どうやら、ただのラブコメでは終わらない、不穏な影を孕んでいた。

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