第73話「繋いだ手と、二人の秘密」
昨夜、私の絶叫を聞きつけた双子の若様たちが、顔を真っ赤にして部屋を飛び出してから一夜が明けた。 別荘の朝は、気まずい沈黙と共に始まった。
(き、気まずい……!お二人とも、絶対に昨日の『あれ(紅い水着)』を意識している……!)
食卓に並んだ簡素な朝食を前に、誰も口火を切れないでいると、唐突に、部屋に置かれていた蓄音機から、楽しげな声が響き渡った。
『おはよう、皆様。さて、研修は順調かしら?』
「「「(びくっ!?)か、薫子様!?」」」
『今日の課題は「買い出し」よ。 清継、あなたが鎌倉の市場に詳しいわね。琴葉さんを、しっかりエスコートして差し上げて』
「なっ!なんで兄上だけ!俺も行く!」
清馬様が、思わず立ち上がって叫ぶ。
しかし、蓄音機は、そんな彼の叫びを完全に無視して、録音された続きを再生した。
『清馬。あなたにも、もちろんお仕事があるわ。 別荘の裏山の、霊的な防衛機能(結界)の点検をお願いしますね。 力仕事は、あなたの役目でしょう?』
「くそっ!母上の奴、俺を雑用係にしやがって……!」
録音相手に、本気で憤慨している清馬様。
(清馬様には申し訳ないけれど、正直、少しホッとした……。 昨日の今日で、あの水着を見た清馬様と二人きりなんて、心臓が持たない……)
「では、清継様。本日は、よろしくお願いいたします」
「ああ。よろしく頼む、琴葉さん」
清継様も、昨日の『水着』のせいか、心なしか私と視線を合わせてくれなかった。
清継様と二人で、鎌倉の市場へ買い出しに出かける。 そこは、活気に満ちあふれ、たくさんの人々が行き交っていた。
「わあ……!すごい活気ですね!朝獲れのお魚がたくさん……!」
「ああ。ここの魚は、相模湾で今朝獲れたものだ。 まずは、あそこの鮮魚店から見ていこう」
二人で歩いていると、すれ違う女性たちが、清継様の姿を見て、ひそひそと噂をしているのが聞こえる。
「まあ、あの方、とても素敵……!」
「背も高いし、着ているものも上等ね。どこかのお坊ちゃまかしら」
(清継様は、どこにいても、やっぱり人目を惹いてしまうんだわ……)
(……その人の『恋人』として、今、私が隣を歩いている。 そう思うと、胸が誇らしいような、でも、釣り合わない自分が恥ずかしいような……。 それに、あんな風に見られるのは、なんだか、こう……面白くない)
(これが「嫉妬」……?)
自分の心の変化に戸惑っていると、人波が強くなり、私がよろけてしまう。 その瞬間、清継様が、そっと私の手を握った。
「(びくっ!?)き、清継様……!?」
「……すまない。だが、これだけ人が多いと、はぐれてしまうかもしれないからな」
彼は、そう静かに言い訳をしながらも、その手は離さない。
「(優しく微笑み)……それに、君の『恋人』として、これくらいは、許されるだろう?」
「(顔が真っ赤になる)……っ!は、はい……!」
彼の、どこか熱を帯びた指の感触に、私の心臓は、市場の喧騒よりも、うるさく鳴り響いていた。
繋がれた手にドキドキしながら、私たちは鮮魚店に着いた。 私は、並んだ新鮮な魚介類を見て、すぐに女中としての顔に戻る。
「まあ、見事な鯛!これなら、お刺身と、お吸い物……。 あ、こちらの鰈も美味しそうです!これは、煮付けにしたら……」
ぶつぶつと楽しそうに献立を考えている私の姿を、清継様が、愛おしそうに見つめていた。
「あらあら!まあ、なんて美男美女の、素敵な御夫婦!」
威勢のいい店主の女性に、声をかけられた。
「ご、ご夫婦!?ち、違います、私たちは……!」
「ふふふっ、照れちゃって、可愛らしいねえ!旦那様、奥さんを大事にしてあげなよ!」
「ええ。肝に銘じておきます」
「(えええ!?)」
清継様が、さらりと肯定してしまった!
「はい、おまけしとくわね!末永く、お幸せに!」
「あ、おばさん、ありがとうございます!」
(もう、訂正する気力もない……!)
私は、おまけしてもらったことが嬉しくて、心の底から満面の笑みで答えた。
店を離れた後、私が「あのおばさん、勘違いしちゃって……」と恥ずかしそうに言うと、清継様は、私の手にかかった買い物カゴを、そっと持ち替えてくれた。
「……だが、嬉しかった」
「え?」
「……君の、あの屈託のない笑顔。 あれは、君が、ずっと大切にしてきた『宝物』だ。 それを見ることができて、私も……幸せな、気持ちになった」
彼の、あまりに素直な言葉に、今度は私の心が射抜かれる番だった。
買い出しから戻り、私が腕によりをかけて、新鮮な魚介を使用した料理(お刺身、煮魚、魚のアラを使用したお味噌汁)を振る舞った。
「(一口食べて、目を見開き)……う、うめえ……!何だこれ、めちゃくちゃ美味い!」
別荘の点検で、すっかり拗ねていた清馬様が、目を輝かせる。
「ああ……。君の腕にかかれば、鎌倉の食材も、これほどの味になるのだな」
清継様も、心底満足そうに頷いてくれた。
双子が、我を忘れたように「うまい」「うまい」と食べてくれる。 その光景を見ているだけで、私は、心の底から幸せを感じていた。
食後、清馬様が、ニヤリと笑って、大きな紙袋を取り出した。
「へっへーん!俺も、ただで転んでたわけじゃねえぜ!」
「ジャーン!花火だ!お前らが市場でイチャイチャしてる間に、俺はこれを買ってたんだ! 夏といえば、やっぱりこれだよな!」
三人は、別荘の前の浜辺で、花火を楽しむ。 線香花火の、儚くも美しい光が、闇に浮かび上がった。
「よーし!明日は、いよいよ泳ぐぞー! 俺、本気出すからな、琴葉! もちろん、あの『巴里の水着』、着てくるんだろ?」
「えっ!?」
パチリ、と、持っていた線香花火が落ちた。
「……清馬」
清継様が、静かに弟を諌める。
「あのような、肌を多く曝すものを、人前で着るよう強いるのは、琴葉さんを困らせるだけだろう」
「兄上だって、本当は見たいくせに!」
「(あ……)」
(ど、どうしよう……!)
私は、あの『紅色の水着』のことを考えて、一睡もできなかった。
(明日、清馬様が『泳ぐ』ってことは……私も、当然、誘われる……。 でも、あんな破廉恥なもの、お二人の前で、着れるわけが……!)
波乱に満ちた「夏休みの宿題」二日目が、始まろうとしていた。




