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第70話「六月七日の贈り物と、二つの『切り札』」

六月七日。私の、十六歳の誕生日。 朝から、私は落ち着かない気持ちで、女中としての朝の準備をしていた。


(大丈夫、平常心よ、私。薫子様の『課題』のことなんて、忘れるのよ…!)


しかし、そんな私のささやかな願いは、朝食の席で無残にも打ち砕かれた。


「ごきげんよう、琴葉さん。……ふふっ、今日が何の日か、もちろん、お分かりよね?」


「あ……は、はい。薫子様、おはようございます……!」


薫子様は、優雅に紅茶をすすると、息子たちに向き直った。


「さて、清継、清馬。この母に、あなたたちの『覚悟』を見せてちょうだいな」


「……ああ。絶対に、俺が琴葉を一番笑顔にしてみせる」


清馬様が、闘志を燃やして私を見る。


「……ふん。結果が全てですよ、母上」


清継様が、冷静な瞳で私を見る。


(ひぃ…!)


食卓の下で、双子の視線がバチバチと激しい火花を散らしているのを、私は気づかないふりをしていた。



学校でも、二人のアピール合戦は止まらなかった。


「琴葉、これ好きだったろ!」


「清馬様!?またですか!?」


休み時間になるたびに、清馬様が、購買部の甘いパンやジュースを(なぜか楓の分まで)大量に買ってくる。


「…あの、楓。今日、私の誕生日で、その……清継様が、何か、屋敷で……」


放課後、私はこっそりと楓に耳打ちした。


「ああ、それならもう聞いてるわよ」


楓は、ニヤリと笑った。


「清継様から『琴葉の誕生日会に、君は不可欠だ』って、とっくに招待状をいただいてるわ。 ……ふふっ、なんだか、とても『面白い』ことになりそうだしね?」


(楓の笑顔が怖い……!)


その放課後。 清馬様は、私の手を掴むと、有無を言わさず弓道場へと連れて行った。


「琴葉!ちょっと、目ぇつぶってろ!」


「えっ?な、何ですか、清馬様?」


言われるがままに目を閉じると、彼が何かを私の手に握らせてくる。


「……よし、開けていいぜ」


目を開けた私は、息を呑んだ。 そこには、私の手にぴったりと合う、小さな、美しい白木の『弓』があった。


「こ、これ……!私に……?」


「おう!手記の修行、大変なんだろ?お前、いつも俺ので練習してたから…。 だから、お前だけの、やつ…!」


彼が、私のために、弓具職人に特注で頼んでいてくれたらしかった。


「(顔を真っ赤にして)これ使って、もっと強くなれよ! そんで、たまには、俺にも頼れよな! ……あ、誕生日、おめでと」


彼の、あまりに不器用で、でも真っ直ぐな想い。 私は、胸がいっぱいになって、


「ありがとうございます……!」


涙声で礼を言うのが精一杯だった。



清馬様からの贈り物に胸を熱くしながら屋敷に戻ると、今度は清継様が、私を客間へと案内した。


「琴葉さん。私からの贈り物は、こちらです」


「(ドキドキ)……はい」


部屋の扉が開かれると、そこには――


「琴葉、おめでとう!遅いじゃない」


「えっ!?楓!どうしてここに…!?」


なんと、そこには、既にお茶を飲んでくつろいでいる、親友の楓の姿があった。


「もちろん、私がお呼びした。君の誕生日を祝うのに、彼女は不可欠だろう?」


清継様の、その心遣いが嬉しくて、私は胸が熱くなった。


「だが、私からの贈り物は、それだけではない」


彼は、客間の奥の襖を、静かに開けた。


「琴葉ちゃん!」


「え……?先生……?それに、皆……!」


そこには、私が育った孤児院の先生と、私を慕ってくれていた子供たちが、緊張した面持ちで立っていた。


「先生……!会いたかったです……!」


「琴葉ちゃん……!立派になって……! 近衛様から、あなたが皆を救ったと、伺いましたよ……!」


私は、涙でぐしゃぐしゃになりながら、恩師と、懐かしい子供たちを抱きしめた。


(ああ……嬉しい。忘れていなかった。 近衛家という、眩しすぎる光の中で、私が育った、この温かい場所も…… 間違いなく、私の大切な『居場所』なんだ……!)


感動の再会の中、先生が、私を優しく見守る双子に向き直る。


「琴葉ちゃんが、本当にお世話になっております。若様がたは、琴葉ちゃんの……?」


「俺、琴葉の恋人の、清馬です!」


清馬様が、この機を逃すまいと、一歩前に出て高らかに宣言した。


「こ、恋人……!?」


先生が、清継様を見て混乱している。


「で、では、こちらの方は……」


「(やれやれとため息をつき、しかし一歩も引かずに清馬の隣に並び) ……申し訳ありません。訂正します。私も、琴葉さんの恋人です」


「(目を回して)…………は?」


先生が、そのまま卒倒しそうになる。


「(お茶をすすりながら、やれやれと首を振り) ……ああ、もう。見てるこっちが、逆に照れちゃうわ」


楓が、一人だけ冷静だった。


「えー!お姉ちゃん、モテモテだ!」

「こっちのお兄ちゃんと、こっちのお兄ちゃん、どっちもカレシなのー?」


子供たちの、無邪気な声が響き渡る。


「(顔を真っ赤にして、声にならない悲鳴)あ……あわ…あわわわわ…!」


(恩師の前で、なんてことを……!)



孤児院の皆が(大混乱の末に)帰り、興奮と恥ずかしさで燃え尽きた私は、薫子様の私室サンルームへと呼び出された。 そこには、もちろん、やりきった顔の双子もいた。


薫子様は、報告(おそらく楓から)を聞いて、紅茶を吹き出しそうになりながら、腹を抱えて笑っていた。


「あははは!『恋人です』ですって!?あの恩師様たちの前で!? ああ、もう、本当に……!あなた達、最高よ!」


「清馬。あなたは、彼女の『今』を見て、戦うための『力(弓)』を贈った」


「清継。あなたは、彼女の『過去(絆)』を呼び寄せ、その上で、私たちの『未来(関係性)』を宣言した」


「……どちらも、満点よ。これでは、母は、勝敗がつけられませんわ」


私は、涙を拭いながら、二人に深々と頭を下げた。


「……清継様、清馬様。本当に、ありがとうございます。 私……生まれてきて、今日が、一番幸せです」


「お二人がくださった『力』も『心』も、二つとも、私の宝物です。 ……だから、私も、お二人に、私からのお返しを、させてください」


「「お返し?」」


二人の声が、綺麗に重なった。


「「(顔を見合わせ、ゴクリと喉を鳴らし)……く、口づけとか!?」」


「(顔から湯気が出そうになりながら)違いますっ!! 何を考えてらっしゃるのですか、この、不謹慎なお二人は!」


「(紅茶を吹き出しそうになりながら)ふふっ……!あはは!期待通りね、あなた達!」


薫子様が、本当に楽しそうに笑っている。


私は、震える手で、あの日、清継様から贈られた『かんざし』を、そっと髪から外した。


「清継様。この簪を、お借りしてもよろしいでしょうか」


「(咳払いをしながら、まだ少し顔を赤らめ)……ああ、構わないが……」


私は、その簪を、あの日、三人で読み解いた『巫女の手記』の上に、そっと置いた。


「この手記が、『過去』の巫女様の絶望なら。 ……この簪は、清継様が私にくださった『希望』です」


「そして、清馬様がくださった、この『弓』が、私の『力』です」


「だから、見ていてください」


私は、二人を、そして薫子様を、まっすぐに見つめ返した。


「私、この三つの力で……お二人の愛の力で、必ず、この手記の『呪い』を、解いてみせます。 ……それが、私からお二人への、誕生日のお返しです」


私の、あまりに堂々とした「答え」に、双子も、薫子様も、息を呑んで見つめ返す。 誕生日という「修行」を乗り越えた私は、今、自らの意志で、次なる「試練」の扉を開けようとしていた。

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