表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/105

第66話「冷たい決定と、壊れた絆」

清継様の、あまりに冷たく、一方的な「決定」が下された翌朝。 屋敷の空気は、まるで薄氷を踏むかのように、凍りついていた。


朝食の席に、清馬様の姿はなかった。


清継様は、いつもと変わらぬ冷静な表情で新聞に目を通している。 けれど、その指先が、微かに震えていることに、私は気づいてしまった。


「琴葉さん」


「は、はい!」


「今日の修行は中止だ。君は、自分の持ち場(女中部屋)に戻りなさい」


「……はい」


彼の瞳には、昨日までの甘さは微塵もない。

ただ、「近衛家跡取り」としての、冷たい光だけが宿っていた。


私は、女中としての仕事に戻った。

けれど、そこにも、もう私の居場所はなかった。


「あ……琴葉様。そのようなことは、私どもが……」


私が箒を手に取ろうとすると、かつての仲間たちが、慌てて私を止める。


「やめてください!私は、もう『様』と呼ばれるような……」


薫子様が流した「近衛家の嫁候補」という噂と、清継様が下した「ただの女中に戻す」という決定。 その二つの矛盾に挟まれ、私は「巫女」でも「客人」でも「仲間」でもない、屋敷で最も孤独な存在になってしまっていた。



「……大丈夫?琴葉。顔色が、最悪よ」


学校で、楓だけが、変わらずに接してくれた。

その優しさに、私は堪えていたものが溢れそうになる。


「楓……私、どうしたらいいのか……わからないんです……」


「清継も、馬鹿な男ね。あなたを守るために、あなたを一番傷つける方法を選ぶなんて。 ……でも、清馬も、あなたにどう声をかけていいか、分からないのよ」


楓の言う通り、清馬様は、学校でも私を遠ざけていた。 その視線は、怒りと、悲しみと、そして「なぜ兄貴の言いなりなんだ」という苛立ちが混じり合っているように見えた。


数日が過ぎた。 私は、清継様の監視下で、ただ黙々と女中としての仕事をこなす。 修行もできず、力も戻らない。「三人恋人」という関係も、まるで嘘のようだった。


ついに、その状況に耐えきれなくなった清馬様が、私の前に立ちはだかった。 中庭で、一人、落ち葉を掃いていた、その時だった。


「……琴葉。お前は、このままでいいのかよ」


「清馬様……」


「兄上の言いなりになって、また『籠の中の鳥』に戻るのかよ! 巫女の修行も、俺たちとの関係も、全部あいつの一言で終わりかよ!」


彼の声が、荒くなる。


「俺は、認めねえ! あの手記の過去がどうだろうと、関係ねえ! 俺は、お前が『毒』だなんて、一瞬だって思ったことはねえよ!」



清馬様の、あまりに真っ直ぐな言葉。


(喉が、裂けそうだった。 本当は、今すぐにでも叫びたかった。『違う』と。

『私も、お二人と一緒にいたい』と)


けれど、私は、清継様が見つけた「過去の破滅」の重みを知ってしまった。


「……ごめんなさい、清馬様」


「なっ!?」


「清継様は……間違っていません。 あの方は、私を、そして清馬様を、あの過去の巫女様のような『破滅』から、守ろうとしてくださっているんです」


「……!」


「私が……私がお二人を同時に愛していることが、全ての『毒』の始まりなんです。 だから……これで、いいんです」


「……琴葉。お前、本気で、そう思ってんのか……?」


彼の声が、信じられないというように震える。


私は、涙をこらえ、顔を伏せたまま、小さく頷いた。


「……はい」


「…そうかよ」


彼は、それだけを呟くと、 「……なら、もういい」 と、これまで聞いたこともないような、深く傷ついた瞳で私を一瞥し、何も言わずに立ち去ってしまった。


その全てを、物陰から、清継様が、苦痛に満ちた表情で見つめていた。


(すまない、清馬……。すまない、琴葉さん。 だが、こうでもしなければ、二人とも、あの叔父上と同じ『破滅』を迎えてしまうんだ……!)


そして、屋敷の窓からは、薫子様が、その光景を眺めていた。


「(ため息)本当に、どうしようもない子たちね……。 でも、面白いわ。『毒』にも『薬』にもなれず、ただ立ち尽くすだけ。 ……さあ、ここからどうするのかしら、琴葉さん」


清継様の「守る」という愛は、私の心を閉ざさせ、 清馬様の「共に戦う」という愛は、私に拒絶された。


薫子様が仕掛けた「試練」によって、私たちの「三人恋人」という絆は、今、過去の呪いによって、決定的に引き裂かれてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ