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第65話「破滅の足音と、二人の距離」

「……『愛してはいけなかった。二人を、同時に、愛してしまった、わたくしの罪は……』」


私が紡いだ、過去の巫女の絶望的な第一声。 その言葉の残響が、薫子様の私室に、重く、重く響き渡った。


「……な……」


「……まさか」


双子の若様たちが、顔面蒼白になっている。 彼らもまた、その言葉が、今の私たち三人の状況と、あまりに酷似していることに、気づいてしまったのだ。


(嘘だ……。そんな。私と、同じ…? そして、その結末が、『罪』と『絶望』だというの…?)


私の手は、手記に触れたまま、自分の意志とは関係なく、ガタガタと震え始めた。


「……どうやら、手記は、あなた(琴葉)を『同類』だと認めたようですわね」


薫子様だけが、冷静に、しかしどこか悲しそうな瞳で、私たちを見ている。


「さあ、琴葉さん。続きを『感じて』ごらんなさい。 彼女が『罪』と呼んだものの、その結末を。 ……それが、あなたたちの『未来』かもしれないのだから」



「やめろ、母上!それ以上、琴葉を苦しめるな!」


「母上、お願いします。今日の修行は、ここまでです。彼女の心が、持たない……!」


双子が、私を守るように、同時に声を上げる。 だが、私はもう、そこにはいられなかった。


(怖い…!知りたくない! もし、このまま三人でいたら、本当に、この人たちを『破滅』させてしまうかもしれない……!)


「ご、ごめんなさい……!」


私は、双子の制止を振り切り、手記をその場に残したまま、私室から逃げ出してしまった。


「私…私には、無理です!」


「あっ!琴葉!待て!」


清馬様が私を追いかけようとするのを、清継様が強い力で掴んだ。


「待て、清馬。今、我々が追っても、彼女をさらに追い詰めるだけだ」


「……そうね。清継の言う通りよ」


薫子様の、冷たい声が響いた。


「…見なさい。あれが、あの子の『弱さ』。そして、あなたたちの『未来』よ。 彼女は、選べない。選べないから、『毒』になるの」


「黙れ!琴葉は、毒なんかじゃねえ!」


「……母上。あなたは、我々にどうしろと? どちらかが、身を引けと、そう仰るのですか?」


「あら、賢いわね、清継。そうよ。 ……このまま三人でいれば、あなたたちは『過去』を繰り返す。 でも、どちらかが『諦めれば』、少なくとも一人は幸せになれる。 ……さあ、どうなさる?」



その夜、私は女中部屋に戻ると、布団に顔をうずめて泣いていた。


(どうしたらいい…?二人とも愛してる。 でも、その『愛』が、二人を破滅させる……? お二人の笑顔を思い出すだけで、胸がこんなに痛いのに。 愛してはいけないのなら、私は、どうすればいいの……!)


(私が、身を引けばいいの? この家から、お二人の前から、消えれば…? そして、また、あの孤児院にいた頃のように、一人ぼっちに……?)


「三人恋人」という、あの甘い日々が、今はあまりに遠く、そして罪深いもののように思えた。


清馬様は、一人、弓道場で、無心に矢を放っていた。 しかし、矢はことごとく的を外れ、荒々しく地面に突き刺さる。


(諦める…?俺が、琴葉を? ふざけんな……!冗談じゃねえぞ!)


(でも、もし、本当に俺たちのせいで、あいつが『毒』になるっていうなら…俺は…!)


清継様は、一人、書斎にいた。 彼が探しているのは、もはや巫女の手記ではない。 父・清顕様の机の、鍵のかかった一番下の引き出し。 彼が、当主代理として預かっていた合鍵で、それを開ける。


(母上が、あそこまで言うからには、必ず『前例』があるはずだ。父上が隠している、近衛家の……)


埃をかぶった桐の箱の中に、一冊の、古い『事件記録』があった。


(…あった。父上と、その弟君……叔父上の、記録)


ページをめくる指が、震える。


(『ある『庶民の女』を巡る対立の末、弟君は、力を暴走させ、近衛家から永久追放』……)


(……琴葉と、同じ……。これが、母上が言っていた『破滅』……)



翌朝。食卓は、これまでにないほど冷え切っていた。 薫子様は、優雅に紅茶を飲んでいる。 私は、怖くて二人の顔が見られない。 双子もまた、一睡もしていないかのように、青い顔をしていた。


やがて、清継様が、意を決したように、ゆっくりと口を開いた。


「……琴葉さん」


「は、はい……!」


「昨日の母上の言葉…。気に病む必要はない。 あれは、我々、近衛家の問題だ」


彼の声は、どこまでも平坦だった。


「だから、君はもう、巫女の修行のことは、忘れていい」


「え……?」


「『手記』の解読も、中止だ。 ……君は、これまで通り、女中としての務めだけを、果たしてくれればいい」


「なっ……!兄上、何言ってんだよ!」


清馬様が、椅子を蹴立てるように立ち上がった。


清継様は、そんな弟を、冷たい瞳で制した。


「これは、近衛家跡取りとしての、決定だ」


(すまない、琴葉さん。 ……君を、あの巫女と同じ『毒』にしないために、君をあの絶望から守るためには、これしか、道がないんだ……!)


(本当は、何があっても、君を手放したくない。 だが、それこそが『毒』だというのなら……!)


彼は、私を「巫女」という運命から切り離し、ただの「女中」に戻すことで、私を、そして弟を、守ろうとした。


その、あまりに冷たく、一方的な「守り方」に、私は何も言えなかった。 清馬様は、兄の「裏切り」に、絶望と怒りの表情で立ち尽くしていた。


私たちの「三人恋人」という関係は、過去の呪いによって、今、決定的に引き裂かれようとしていた。


その全てを、テーブルの向かい側で、奥方・薫子様が、満足そうとも、悲しそうとも取れる、静かな瞳で、ただじっと、見つめていた

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