第64話「手記の第一声と、重なる手」
翌日の放課後。 私は、意を決して薫子様の私室の扉を叩いた。 中には、既に双子の若様たちも、どこか居心地悪そうに待機している。
「あら、主役の登場ね。さあ、始めましょうか」
薫子様は、優雅に紅茶をすすりながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「私の可愛い息子たちとの、『恋のお稽古』を」
「母上!『巫女の修行』だろ!」
清馬様が、顔を真っ赤にして抗議する。
「あら、そうでしたかしら?私には、どちらも同じことに思えてよ」
私は、この「教師」が、本気で巫女の修行に付き合ってくれる気があるのか、早くも不安でいっぱいだった。
私は、昨日と同じように、祭壇のように置かれた『巫女の手記』の前に正座する。 双子の若様たちが、私の左右、少し離れた場所に座った。
(『失敗の記録』……『毒』となって、愛する者たちを破滅させた、絶望の手記…)
昨日の言葉が、重く私の心にのしかかる。
「さあ、まずは昨日のおさらいよ、琴葉さん。目を閉じて、手記に触れてごらんなさい」
私が言われた通りにすると、手記は、昨日と同じように、バチッ!と私を拒絶した。
「きゃっ!…だめです。やはり、私を拒んでいます……」
「ええ。手記が、あなたの『光』を恐れているのね。 …清継、清馬。出番ですわよ」
「あなたたち二人の力で、あの子の光を『制御』し、手記の『拒絶』をこじ開けるのよ」
薫子様の声が、室内に響く。
「……清継。あなた、昨日、琴葉さんの『器』になる、と言ったわね? ならば、まずはあなたが、あの子の光の『道筋』を作りなさい」
「……承知しました」
(危険な力だ。私が完璧に制御し、彼女を守らねば……)
清継様が、私の背後に静かに座り、そっと私の両肩に手を置いた。
「琴葉さん。私の気に合わせて、呼吸を。 …君の光を、無理に放つ必要はない。ただ、私に委ねるんだ」
「は、はい……!」
背中から伝わる、彼の冷静で、清らかな気の流れ。 私は、ゆっくりと、その流れに自分の意識を同調させていく。
「清馬。あなたは、『熱』なのでしょう?」
薫子様の声が続く。
「兄が作ったその『道筋』に、あなたの力を注ぎ込みなさい。 手記の冷たい『拒絶』を、あなたの熱で溶かすのよ」
「おう、任せろ!」
(俺の力で、絶対にこいつ(手記)をこじ開けてやる。それが、琴葉を守ることに繋がるんだ!)
清馬様が、私の正面に回り込み、私の両手を、その熱い掌で力強く握りしめた。
「琴葉!俺の熱を感じろ!こいつ(手記)に負けるんじゃねえぞ!」
「あ……!」
清馬様の、あまりに強大で、焦りを含んだ「熱」が、私の中に一気に流れ込んできた。
(熱い…!熱すぎます、清馬様…!)
「清馬!力を込めすぎだ!彼女の『器』が壊れる!」
「るせえな!兄上の気は、冷たすぎるんだよ! これくらいじゃなきゃ、あんな頑固なもん、開くわけねえだろ!」
「あ、ああ…っ!」
清継様の「守りすぎる力」と、清馬様の「焦りすぎる力」。 二つの「守りたい」という想いが、私の中で激しくぶつかり合い、制御を失う。
バチチチチッ!
手記が、これまでで最強の拒絶反応を示し、私と双子を、三人まとめて弾き飛ばした。
「いった…!」
「いってて……!だから兄上が邪魔するから!」
「お前のせいだ、清馬」
静電気で髪を逆立てた清継様が、不機嫌そうに立ち上がった。
「もう少し理性を…」
「…見苦しいわね」
言い争いを始める双子に、薫子様の、氷のように冷たい声が響いた。
「「……っ」」
「あなたたち二人とも、結局、何も分かっていない。琴葉さんの前で、どちらが『優れている』かを見せつけることに、必死なだけ」
「……」
「そんな、自分勝手で、バラバラな『愛』の力で、数百年分の『絶望』がこもった手記の心を、開けるとでも思ったの?」
薫子様の、仰る通りだ……。 私も、お二人の力を借りることばかり考えて、手記の『絶望』に寄り添おうとしていなかった……。
(あの巫女も……。もしかしたら、二人の男性の間で、私と同じように……)
私は、ふらつきながらも立ち上がり、再び手記の前に座る。
「……もう一度、お願いします」
「あら、いい顔になったわね」 薫子様が、ふっと微笑む。
「清継様、清馬様。今度は…… お二人の力を、私に『注ぐ』んじゃなくて、私と、この手記と……お二人自身を、『繋げて』ください」
「「繋げる?」」
私は、清継様と清馬様に、それぞれ片方の手を差し出した。 二人は、一瞬戸惑った後、私の手を強く握り返す。
「お二人の、どちらが強いか、ではありません。 お二人の心が、一つにならなければ……!」
私は、二人の手を握ったまま、もう片方の空いた手を、そっと手記の上に重ねた。
(清継様の『器』も、清馬様の『熱』も、私には必要。 ……でも、それだけじゃ足りない。 必要なのは、三人の心を『一つ』にすること……!)
清継様が、弟の力強い「熱」を。 清馬様が、兄の冷静な「理」を。 そして双子が、私の「愛」を、同時に感じようと、意識を集中させる。
すると、あれほど私を拒絶していた手記が、バチチチという音を止め、静かな、温かい光を放ち始めた。
拒絶の静電気は消え、古代文字が、私の脳裏に直接、断片的な映像と言葉となって流れ込んでくる。
(あ……!映像が…… 誰かの、涙に濡れた手……? そして、二人の、美しい殿方の笑顔……。 燃えるような、幸福な『恋』の記憶と、全てを失った、凍えるような『絶望』の記憶が、同時に……!)
私は、溢れ出す涙を止められないまま、口を開いた。
「…あ……。聞こえる。この人の、声が…」
「琴葉!?」
「……『愛してはいけなかった。 二人を、同時に、愛してしまった、私の罪は……』」
その、あまりに衝撃的な、数百年前の巫女の第一声。 それは、まさに「三人恋人」という、今の私自身の状況を、そのまま映し出す「鏡」だった。
薫子様が、満足そうに、しかしどこか悲しそうに、呟いた。
「……ようこそ、琴葉さん。絶望の『手記』へ。 ……あなたは、この巫女と同じ『毒』になるのか、それとも、新しい『薬』を見つけられるのか。 ……さあ、本当の『嫁教育』の始まりよ」




