第60話「嵐の試練と、二つの盾」
「どちらの妻になるのか、そろそろ本気で、お決めなさいな?」
薫子様の、甘くも残酷な最後通牒が、サンルームに響き渡る。
(ど、どちらかなんて……!)
私は、目の前が真っ白になった。 清継様の、あの日の悲壮な覚悟。 清馬様の、あの日の涙の誓い。 二人の想いは、どちらも同じくらい重く、尊い。 選べるわけがなかった。
「あ……、……」
声が出ない。 ただ、震える膝を握りしめることしかできなかった。
薫子様は、沈黙する私たち三人を、楽しそうに見つめている。
「あらあら?どうかなさいましたの? 『三人恋人』などという、巴里でも聞いたことのないような、情熱的な関係をお持ちのお三方にしては、随分と歯切れが悪いですこと」
「(びくりっ!)」
(やはり、何もかもお見通しだったんだ……!)
「さあ、お聞かせなさいな、琴葉さん。あなたの、覚悟を」
私が答えに窮し、ついに目に涙が浮かんだ、その瞬間だった。
「母上。その問いは、無意味です」
薫子様の鋭い視線が、初めて口を開いた清継様に向けられる。
「琴葉さんが誰を選ぼうと、あるいは選ぶまいと、近衛家の跡取り、あるいはその弟との婚姻が、当主である父上の許可なくして成立することはありません」
彼の声は、あくまで冷静だった。
「これは、我々『近衛家』の問題です。 彼女個人に、今この場で選択を迫るのは、筋違いというもの。 ……お戯れが過ぎます」
「そうだ!」
清馬様が、清継様の言葉にかぶせるように、テーブルを叩いて立ち上がった。
「俺は、あの日、兄上と誓ったんだ!琴葉は、俺たちが守るって! 家がどうとか、伝統がどうとか、そんなもんは知らねえ!」
そして、彼は真っ直ぐに母君を睨みつけた。
「母上が、家の都合だか、ただの面白半分だかで、これ以上、琴葉を追い詰めるって言うんなら…俺は、母上とだって、本気で戦うぜ!」
(ああ…)
二人の言葉が、私を庇うように部屋に響く。 その二つの背中が、今、私一人の世界を守る、最強の『盾』のように見えた。
私のため、一人は「理屈」で、一人は「感情」で、実の母親に反旗を翻した双子。 その、あまりに必死で、真剣な二人の姿を見て、薫子様は、突然、腹を抱えて笑い出した。
「ふふっ……あはは!あははははは!」
「「「……えっ?」」」
私と双子の、間抜けな声が重なる。
「ああ、面白い!素晴らしいわ、二人とも! 私の、あの退屈で、感情を隠すことばかり上手だった息子たちが……!」
薫子様は、目尻に浮かんだ涙を指で拭う。
「たった一人の女の子のために、伝統だの、私と戦うだの、立派な『雄』の顔になって…!最高よ!」
彼女は、呆然とする私に向き直ると、優しく微笑んだ。
「合格よ、琴葉さん。 あなたが、私の息子たちの『火付け役』として、申し分ないことがよくわかったわ」
「母上。まさか、我々を試すために……?」
清継様の問いに、薫子様は「あら、当然ではなくて?」と肩をすくめる。
「こんなに可愛らしい小鳥が、二羽の飢えた鷹を同時に手玉に取っているのですもの。 その『覚悟』が本物かどうか、試させてもらったわ。 …ええ、あなたも、二人も、見事よ。 まあ、これはほんの『序の口』ですけれどね」
「さて、退屈な尋問は終わり。 後は、巴里の最新の恋物語でも、ゆっくり楽しみましょう?」
薫子様は、何事もなかったかのように、優雅に紅茶を勧めてくる。 嵐が去った後、私と双子は、大炊御門との戦い以上に消耗しきって、ぐったりとしていた。
そこへ、ずっと廊下で様子を窺っていたらしい、当主・清顕様が、大きな咳払いと共に入ってきた。 その瞳は、息子たちの成長を確かめるように、どこか満足げに細められていた。
「…薫子。あまり、客人をいじめるな。お茶菓子が、全てなくなってしまったではないか」
「げっ!父上、聞いてたのかよ!」
「あら、清顕様。いじめてなどおりませんわ。 息子たちの、可愛い『嫁教育』をしていただけですのに。 ……ねえ、琴葉さん?」
「ひっ……!」
薫子様の悪戯っぽい視線に、私は声にならない悲鳴を上げた。
(この人が、この家で一番強い……!)
薫子様という、最強の「嵐」が加わった近衛邸。 私の「三人恋人」生活は、これまで以上に波乱に満ちたものになりそうだった。




