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第6話「黒い水晶と、鷹司家の当主」

あの休日以来、双子の若様たちとの距離が、ほんの少しだけ変わった気がする。


清継様は時折、私に穏やかな視線を向けてくださるようになり、清馬様は何かと理由をつけては私に絡んでくるようになった。その度に私の心はかき乱されるけれど、それもまた、私の新しい日常の一部になりつつあった。


しかし、平穏な日々の裏側で、一つの謎が静かに燻っていた。


あの日、影法師が遺した、あの不気味な黒い水晶。


「……やはり、どの文献にも載っていないか」


夜。当主の許しを得て、近衛家の広大な書庫を訪れた私が見たのは、山積みの古文書の前で深く溜め息をつく清継様の姿だった。ここ数日、彼は時間を見つけてはこうして一人、水晶の正体を探っていたのだ。


「清継様、夜分に失礼いたします。夜食をお持ちしました」


「ああ、すまないな、白石さん」


彼が顔を上げると、その目元には隠しきれない疲労が滲んでいた。


「何か、手がかりは……」


「いや、まったくだ。これほど邪悪な気を放つ魔石は、近衛家の記録には存在しない。まるで……

人の手で無理やり作られたような、いびつな気配だ」


清継様はそう言うと、険しい顔で水晶を睨んだ。


「あー! いたいた! 兄上、こんなとこに籠ってないで、少しは休めよな!」


静寂を破って書庫に飛び込んできたのは、清馬様だった。

彼は清継様の疲れきった顔を見ると、不満そうに眉をひそめる。


「ったく、一人で抱え込みすぎなんだよ。……

おい、白石、お前からも何か言ってやれよ」


「えっ、私ですか!?」


「そうだろ? 兄上が倒れたら、お前だって困るだろ?」


清馬様のまっすぐな言葉に、私は顔が熱くなるのを感じた。


「……清馬の言う通りだ。少し、根を詰めすぎたか」


清継様はふっと息を吐くと、立ち上がった。


「こうなれば、専門家の知恵を借りるしかないな。五摂家ごせっけが一つ、『守護』をつかさど鷹司たかつかさ家。あそこの当主ならば、何か知っているかもしれん」


鷹司たかつかさの……」


「ああ。白石さん、君にも来てもらう。君の『眼』が、何かを捉えるかもしれんからな」




翌日の午後、私たちは一台の高級車に乗り、帝都の一角に佇む鷹司たかつかさ家の屋敷を訪れていた。


近衛家の華やかな洋館とは対照的に、そこは質実剛健という言葉が似合う、

古武士の屋敷のような荘厳な日本家屋だった。


「ようこそ、近衛のお二人。……そして」


出迎えてくれたのは、二十四歳という若さにしてはあまりに落ち着き払った、

穏やかな物腰の青年だった。彼の視線が、まっすぐに私に向けられる。


「白石琴葉さんとお見受けします。お話は、事前に清継君から伺っておりますよ。

君のその『眼』が、今回の鍵を握っているとか」


彼が、鷹司家当主、鷹司正臣たかつかさ まさおみ様。


「こちらが、例の魔石です」


通された客間で、清継様が桐の箱に入った黒い水晶を差し出すと、

正臣様はそれを手に取り、静かに目を閉じた。


やがて、ゆっくりと目を開けると、彼は重々しく口を開いた。


「……これは、自然のものではありませんね。複数の妖の魂を、何者かが外法を用いて無理やり練り上げた……忌むべき『人工魔石じんこうませき』です」


「人工……!?」


「ええ。これを作った者は、妖の生態と魂の構造を熟知している。相当な手練れですよ」


正臣様はそう言うと、水晶から放たれる微かな邪気に眉をひそめた。


「このままでは、邪気が漏れ続ける。一時的ですが、私の力で封じておきましょう」


彼の瞳が、穏やかな琥珀色こはくいろに輝く。

水晶を箱に戻すと、その蓋にそっと手をかざした。

すると、箱の表面に土や岩のような文様が一瞬浮かび上がり、すっと消えていく。

それまで肌で感じていた微かな悪寒が、完全に消え失せた。


(なんて綺麗な人……。それに、清継様や清馬様とは違う、落ち着いた大人の気品がある……)


正臣まさおみ様の淀みない説明と、その知的な横顔に、私は思わず見惚れてしまっていた。


「……おい、白石」


不意に、隣に座っていた清馬様に肘でつつかれる。


「な、何ですか、清馬様」


「お前、さっきからあの人のこと、じーっと見すぎだろ。そんなに良い男かよ」


拗ねたような声で囁かれ、私は慌てて首を横に振った。


「そ、そんなことありません! ただ、お詳しい方だなと……!」


(う、清馬様、やきもち……? まさか、ね)


私たちの小声のやり取りに気づかず、正臣まさおみ様の労りの言葉が、不意に清継様に向けられた。


「次期当主として、家の全てを背負うというのは、骨が折れるでしょう。私も、そうでしたから」


その言葉に、清継様が初めて少しだけ、弱い光を瞳に宿した。


「……ええ。ですが、若くして当主となったあなたの重圧に比べれば、まだ……。

この血筋に生まれた者の宿命は、時に人の心をむしばみますね」


その会話を耳にして、私は胸がちくりと痛んだ。いつも冷静で完璧に見える清継様の瞳に、初めて揺らぐ影が見えた気がした。

あの方も、たった一人で、大きなものを背負って戦っているんだ……。


(ただの女中には不相応な、おこがましい思いが、胸をよぎった。『守って、あげたい』と)



鷹司たかつかさ邸を辞した帰り道。


車の中は、重い沈黙に包まれていた。

黒幕の存在が、より確かなものとなって、私たちの心にのしかかる。


「……おい」


不意に、後部座席で隣に座る清馬様が、私の頬を指でつついてきた。


「な、何ですか」


「お前、あんまり他の男のこと、ぽーっとした顔で見るなよな。見てて、なんか……ムカつく」


「はあ!? 見てません!」


「いや、見ていたぞ」


前の席から、静かな、しかし有無を言わせぬ清継様の声が聞こえた。


「み、見てません!」


私が真っ赤になって否定すると、清馬様は少しだけ満足そうに笑う。


すると、前の席の清継様が、バックミラー越しに私と視線を合わせた。


「……だが、鷹司たかつかさ殿の言う通り、君の『眼』が鍵になるのは間違いない。我々だけでは見えないものを、君は見ることができる。これからは、もっと頼ることになるだろう」


それは、ただの労いではなかった。

彼の瞳には、私への確かな信頼の色が浮かんでいる。


「……はい」


その真剣な眼差しに、私はただ頷くことしかできなかった。


清馬様は、そんな私と清継様のやり取りを、少しだけ面白くなさそうに、けれど黙って見つめていた。


黒幕の影は、確かに色濃くなっていた。


けれど、この騒がしくて、温かい人たちと一緒なら、きっと乗りこえられる。そんな予感が、私の胸を微かに灯していた。

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