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第57話「花見と団子と、両手の雷(いかずち)」

帝都にはすっかり春が訪れ、私の「三人恋人」生活も、ぎこちないながらも続いていた。


「琴葉、今度の日曜日、予定は空いていて?」


放課後の教室。楓が、窓の外に咲き始めた桜を見ながら私に声をかけた。


「上野の桜が満開ですって。たまには二人で、ゆっくりお花見でもどうかしら?」


「まあ、素敵ですね!是非!」


「花見だと!?」


しかし、その会話を、聞き耳を立てていたとしか思えないタイミングで、双子の若様たちが遮った。


「いいな、それ!俺も行く!」


清馬様が、目を輝かせて乗り出してくる。


「こら、清馬。……だが、楓。上野の混雑は尋常ではない。 琴葉さん一人を君に任せるのは、少し不安が残るな。私も護衛として同行しよう」


清継様が、冷静な口調で、しかし有無を言わせぬ圧力でそう続けた。


「……あなた達、本当に分かりやすいわね」


楓が、呆れ顔でため息をつく。


「護衛のつもりが、一番の騒ぎの種になりそうだわ」


「あ、あの、でしたら!」


騒ぎ始める三人に、私がおずおずと手を挙げた。


「その…お弁当、私が作っていきます!『恋人』になってから、まだ何もできていませんでしたから!」


その一言に、双子の表情がぱっと輝いた。


「マジか!やったぜ!琴葉の卵焼き、食いたかったんだ!」


「(小さく微笑み)……それは、楽しみだな」



花見の前夜。 私は、女中頭さんに許可をもらい、厨房に立っていた。 再びここで、皆のために料理ができる。お屋敷の役に立てる。そのことが、たまらなく嬉しかった。


「まあ、琴葉ちゃん。そんなに大きな重箱に、一人で詰めるの?」


「あ、はい!明日の、お花見に……」


「お花見?」


顔を見合わせた女中仲間の一人が、ニヤニヤしながら私を覗き込んできた。


「……ふふふ、もしや、若様たちと、ですか?」


「(カアッと顔を真っ赤にして)ち、違います!楓もご一緒です!」


(清馬様は、甘い甘い卵焼き。 清継様は、お出汁の効いた優しい味の煮物。 楓は……きっと、どちらも好きだって笑ってくれるはず)


私は、三人の顔を思い浮かべながら、丁寧に料理を詰めていく。


「ちょっと味見させて…うん、美味しい!これなら若様たちも大喜びね!」


「本当ですか?よかった…!」



日曜日。 上野公園は、これまでに見たことがないほどの大勢の花見客で賑わっていた。


薄紅色の花びらが、春風に乗って、まるで祝福するかのように私たちの肩に舞い落ちる。 屋台から漂う、甘辛い醤油の香り。人々の楽しげな笑い声。 その全てが、これまで知らなかった「平和」そのものだった。


「すごい……!こんなにたくさんの桜、お祭りみたいで……夢のようです!」


「おう!ここの団子、美味いんだぜ!楓、琴葉!奢ってやるよ!」


「清馬、買いすぎるな。琴葉さんが、せっかくお弁当を作ってきてくれたんだ」


桜の木の下に敷物を敷き、私が心を込めて作ったお重箱を開く。


「うわあ!すげえ!」


真っ先に歓声を上げたのは、清馬様だった。


お重箱の中には、清馬様のための、出汁がじゅわりと染み出す、黄金色の甘い卵焼き。 清継様のための、繊細な飾り切りが施された、透き通るようなお出汁の煮物。 そして、三人のために握った、桜の塩漬けが乗った小さなおにぎりが、宝石箱のように並んでいた。


「うまっ!やっぱ琴葉は料理の天才だな! なあ、この卵焼き、俺の好きな甘いやつだろ?ちゃんと覚えてたんだな!」


「清馬、騒々しいぞ」


清継様も、私の作った煮物を一口食べると、ふっと目を細めた。


「…琴葉さん、この煮物、出汁の加減が完璧だ。君は筋がいい」


「え、ええと、お二人の好みを、両方入れてみただけで!」


「ふふっ、相変わらずね、あなた達は。琴葉も、本当に大変ねえ」


楓が、お茶をすすりながら楽しそうに笑っていた。


食後、私たちは不忍池しのばずのいけの周りを散策することにした。 しかし、橋の上は、身動きが取れないほどの大混雑だった。


「わっ…!」


強く人波に押され、私は一瞬、皆と離れてしまった。


「(あ…!清継様!清馬様!)」


背の低い私は、あっという間に人波に飲まれていく。 孤児院にいた頃の、一人ぼっちだった時の不安が、一瞬だけ胸をよぎった。


「琴葉!」


「琴葉さん!」


二人の焦った声。 私が人混みの中で立ち往生していると、その人波を力強くかき分けるようにして、二つの大きな手が、同時に、私の左右の腕を掴んだ。


「はあっ…はあっ…見つけた……! 馬鹿野郎!手ぇ離すんじゃねえよ!」


「無事か、琴葉さん。怪我は…?」


二人とも、息を切らし、私を失うことへの本気の恐怖と、心の底からの安堵の表情を浮かべていた。


「全くだ!だから俺が手を繋いどくって言ったんだ!」


「清馬の手は乱暴だ。私が繋ぐ方が、彼女も安心するだろう」


(あ、また始まってしまう!)


言い争いを始める二人の前で、私は覚悟を決めた。


私は、掴まれていた二人の手を、自らの手で握り直し、そして、二人の腕に、自分の腕を、えいっ、と絡ませた。


「(顔を真っ赤にしながら)……こ、これで、大丈夫、ですよね? これなら、もう、はぐれませんから!」


「「……!」」


双子の若様たちは、驚きに目を見開いたまま、固まっている。


右腕には、清継様の、硬く、しかし優しい腕の感触。 左腕には、清馬様の、熱く、力強い腕の感触。


三人、腕を組んで、ぎこちなく、しかし離れずに並んで歩き出す。 人波に押されて、私が少しよろめいた、その時。


「あらあら」


後ろを歩いていた楓が、私の背中をそっと支えてくれた。


「お花見というより、『両手に花』……いえ、『両手に雷』かしら? 両手が塞がって、前が見えていないんじゃないの?仕方ないわね、後ろは私が支えてあげる。 全く、あなた達は、どこまで行っても飽きないわね。それに、二人とも。さっきから顔がにやけっぱなしよ?」


「うっ!そ、そんな顔してねえ!」


「…私は、ポーカーフェイスを保っているつもりだが」


「ふふっ、図星ね」


満開の桜の下、三人の「恋人」としての、甘くて騒々しい日常は、まだ始まったばかりだった。

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