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第54話「最後の欠片と、三人の覚悟」

雷鳴の洞での死闘から数日。 私の力は、仲間たちの支えもあり、徐々に、しかし確実に回復しつつあった。 屋敷には、嵐の前の、奇妙な静けさが訪れていた。


その日の午後、当主・清顕様の書斎に、五摂家の面々――私と双子、楓、鷹司様、そして九条暁人様までが、当主の代理として招集されていた。


「残る魂の欠片は、あと一つ。……我が近衛家に代々受け継いでこられた、最強にして最悪の『核』だ」


清顕様は、自らの胸元をはだけ、そこに刻まれた禍々しい『らい呪印じゅいん』を私たちに見せた。


「父上、それは……!」 清継様が息を呑む。


「そうだ。近衛家の『魂の欠片』は、物ではない。 始祖の力の源そのものを、我が一族の血筋に、代々『呪印』として刻み込み、封印してきた。 これこそが、近衛家当主が背負う、最大の『責務』だ」


「大炊御門の目的は、その『呪印』を現当主(清顕)か、次期当主(清継)から奪い、自らの器と融合し、完全復活を遂げることだろう」


鷹司様が、苦々しく付け加えた。


その時、清継様が胸を押さえて、わずかに呻いた。 彼の胸元にもまた、父君のものよりは薄いが、同じ『雷の呪印』が赤く浮かび上がっていた。


「清継君!……やはり、始まっているか」


鷹司様が険しい顔になる。


「二条家の封印が破られ、近衛家の封印も動いたことで、全ての魂の均衡が崩れ始めている。 近衛家の『呪印』が、最も不安定な状態になっているんだ」


「タイムリミットは、最も霊力が高まる次の満月の夜。……明日の夜だ」


清顕様が静かに告げる。


「明日……!?」


清馬様が叫んだ。


「明日の夜、大炊御門は、この『呪印』を奪うため、必ずこの屋敷に現れる。 それが、我ら五摂家の、最後の決戦だ」


「フン……面白くなってきた。帝都の命運を懸けた大一番か。この俺の炎で、まとめて焼き払ってやる」


暁人様が、不遜に笑う。


清顕様の視線が、最後に私を捉えた。


「巫女よ。お前の力は、この戦いの『鍵』となる。覚悟は、できているな?」


「…はい。必ず、皆さんと共に、この家を守ってみせます」



決戦前夜。 私は、自室で不安な気持ちを鎮めるように、じっと祈りを捧げていた。


「琴葉」


戸口から、清馬様の声がした。 彼は、あの夜の記憶が戻ってから、ずっと私とどう接していいか分からずにいたようだった。


「……俺、明日、絶対に死なねえ。 お前に、とんでもねえ無茶をさせたこと、ちゃんと償う。 ……だから、必ず、お前を守り抜く。この雷に誓ってな」


「清馬様…」


「だから、お前は、お前が信じることをやれ。お前の後ろは、俺が守る」


彼は、そう言うと、私の手を一度、力強く握りしめて去っていった。


その熱がまだ手に残っているかのように、ぼんやりとしていると、今度は静かに、清継様が部屋を訪れた。


「琴葉さん。一つだけ、最後の頼みを聞いてくれるか」


「最後だなんて、言わないでください……!」


「聞いてくれ」 彼の声は、ひどく真剣だった。


「明日、もし私が『器』を失い、父上も倒れるようなことがあれば……。 君は、清馬と楓と共に、ここから逃げろ」


「そんな……!」


「大炊御門の標的は、『呪印』と、君だ。 私が奴を食い止めている間に、君だけは、生き延びてほしい。 ……頼む。君のいない世界に、もう、意味はないんだ」


それは、彼の悲壮な覚悟であり、愛の告白だった。


二人が去った後、私は一人、涙をこらえた。


(清馬様は、私の後ろを守ると言ってくれた。 清継様は、私の未来を守ると言ってくれた。 ……でも、お二人は間違っています。私が守られるだけだったのは、もう、終わり)


清馬様の不器用な熱と、清継様の静かな愛。 二つの想いが、私の胸の中で一つに溶け合い、決意の熱となって、私の体を内側から震わせた。 私は、自分の両手を見つめた。そこには、二人の想いに応えるかのように、これまで以上に強く、温かい光が満ち溢れていた。


(今度こそ、私が、お二人を、皆を、守ります)



ついに、満月の夜が訪れた。


近衛家の本邸、当主の間。 そこは、屋敷で最も強固な結界が張られた、儀式用の祭壇の間だった。


清顕様、清継様、清馬様が、祭壇を囲むように立つ。 その後ろに、私と、援護に来た楓、鷹司様、そして九条様が控える。 五摂家の、全戦力が集結した。


月が、天頂に昇る。 その瞬間、部屋の影という影が、一斉に蠢きだした。


「……来たぞ。約束の夜だ、五摂家の末裔ども」


影向の残党、そして、これまで見たこともない異形の妖を引き連れ、大炊御門の影が、祭壇の間の中心に、静かに姿を現す。


「さあ、始めようか。 数百年の長きにわたる、我らの『魂』を取り戻す、最後の儀式を」


私と双子は、互いに視線を交わし、強く頷いた。


五摂家の存亡と、三人の恋の未来を懸けた、最後の戦いが、今、始まった。

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