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第53話「魂の救済、影の撤退」

眩い光が収まると、そこはもはや「雷鳴の洞」ではなかった。


白い靄がかかった、現実感のない空間。 私たちの魂だけが引きずり出された、精神的な異空間だった。


目の前には、二つの巨大な力が、その本性を剥き出しにして顕現していた。


一つは、解放された怒りに咆哮する「雷の魂」。 荒々しい雷の獣が、金色の稲妻をその身に纏っている。


もう一つは、巨大な風の猛禽の姿をした「風の魂」。 しかし、その中心では、黒い鎖に縛られた二条奏様が、苦悶に顔を歪めているのが、私の「眼」には見えていた。


「ハハ…!言っただろう、巫女。僕は『自由』になりたいだけだと……! この、忌ましい『先祖ともだち』から!」


奏様の、悲痛な叫びが響く。


『兄弟よ!『雷』の魂よ!我らの力、今こそ一つに! さあ、我らを縛る全ての者(五摂家)を滅ぼそうぞ!』


風の魂が、奏様の口を借りて叫び、周囲に真空の刃を撒き散らす。


「愚かな!その魂は、我が主・大炊御門おおいのみかど様が器となる! 近衛の小僧ども、巫女、そして二条の裏切り者よ、ここで消えよ!」


影向の術師もまた、黒い触手を伸ばし、暴走する二つの魂と、私たちに無差別に攻撃を仕掛けてきた。


「楓!私と清馬であの二つの魂を食い止める!君は、術師と大炊御門の影を!」


清継様の指示が飛ぶ。


「承知したわ!『水天方陣すいほうてんじん』!」


楓の水の結界が、術師たちの攻撃を防ぐ。


「行くぞ、兄上! 『雷穿らいせん』!」


双子の雷撃が、暴走する二つの魂(獣と猛禽)に放たれるが、その圧倒的な力の前に弾き返され、三人は徐々に追い詰められていく。


(駄目だ……私の光は、「浄化」と「癒し」の光。 奏先輩が望んだ「解放」の力でも、双子のような「破壊」の力でもない…。 この戦場で、私にできることは…)


必死に「眼」を凝らす私の耳に、声が聞こえた。 暴走する二つの魂の奥底から響く、深い悲しみの声。


『苦しい』 『孤独だ』 『誰も我らを理解しない』 『ただ、安らかに眠りたい』


その時、風の魂に肉体を乗っ取られかけていた奏様が、最後の力を振り絞って叫んだ。


「巫女…!頼む!お前の光で…! こいつを…俺ごと、消し去れ……! それが、僕の……僕たちが望む、唯一の『自由』なんだ…!」


奏様の悲痛な「本心」。苦しむ二つの魂の声。


(違う……!奏様も、この魂たちも、消えたいわけじゃない。 ただ、数百年もの間、誰にも理解されずに苦しみ続けてきただけ……! 私がすべきことは、浄化でも、解放でも、消滅でもない!)


私は叫んだ。


「清継様!清馬様!楓!私に、時間をください! 私が、奏先輩と、あの魂たちを『救い』ます!」


私の、あまりに無謀で、しかし揺るぎない宣言。 三人は一瞬驚いたが、私の真珠色の瞳に宿る、絶対的な光を信じてくれた。


「…わかった!全霊力で、巫女の『器』を守るぞ!清馬、楓!」


「「おう!(ええ!)」」


三人は、私の前に立ちはだかり、全ての攻撃を受け止めるための、最大の防御陣を展開する。


守られながら、私はまっすぐに、苦しむ三つの魂(雷、風、奏様)を見据える。 私の瞳が、これまでのどの時よりも強く、深く、慈愛に満ちた真珠色に輝き渡った。


私は、力を「刃」や「槍」にするのではない。 『破魔はまの光』を、全ての苦しむ魂を鎮め、その数百年分の孤独と悲しみを理解し、受け入れる、優しく、そして広大な「歌」のように、異空間全体へと解き放った。


「あなたたちは、もう一人じゃない。 苦しまないで。憎まないで。 ……もう、大丈夫だから。 安らかに、お眠りなさい」


私の光に触れた「風の魂」は、その動きを止めた。 数百年にもわたる「鳥籠」の苦しみと怨念が、光によって浄化されていく。 風の猛禽は穏やかな青年の姿(二条家の始祖)へと変わり、涙を流しながら私に深く一礼すると、満足そうに光の粒子となって消えていった。


同時に、「雷の魂」も荒々しさを鎮め、安らかな光となって、近衛家の封印へと戻っていった。


奏様は魂の呪縛から完全に解放され、意識を失い、その場に倒れ込む。


「馬鹿な……!我らの憎しみが、あんな小娘の、ただの『歌』ごときに……!」


影向の術師は、私の強大な「救済」の光に耐きれず、断末魔の叫びと気を失った。



ただ一人、大炊御門おおいのみかどの影だけが、私の光を受けても全く動じていなかった。 むしろ、その光を興味深そうに観察している。


「…ほう。なるほど、それがあの忌々しき巫女の光か。 数百年を経て、ようやく目覚めたというわけか。 だが、まだ足りぬな。『器』が、あまりに未熟」


清継様が、消耗した体で最後の力を振り絞り、大炊御門の影に『金剛針こんごうしん』を放つ。 しかし、影は指一本動かすことなく、その攻撃を虚空に吸い込むように消し去ってしまった。


「無駄だ、近衛の小僧。お前たちの光など、我が真の力を取り戻せば、赤子の手をひねるようなもの。 興が醒めた。今回は退く。 だが、覚えておくがいい、巫女よ。 我らが真に求める『影向の始祖の魂』…そして、お前という『器』は、いずれ必ず手に入れる」


大炊御門の影は、嘲笑うかのようにそう言い残すと、闇の中へと静かに溶けるように消えていった。 その圧倒的な格の違いに、私たちは戦慄するしかなかった。


大炊御門の影が消えると同時に、異空間が崩壊し、私たちの意識は「雷鳴の洞」へと戻ってきた。


祭壇の「雷」の魂の欠片は、静かな輝きを取り戻していた。 気を失った奏様を楓が介抱し、気を失った術師の少年は鷹司様が確保した。


そして、私は。 全ての力を使い果たし、ふらりと、その場に崩れ落ちた。


その体を、左右から、寸分の狂いもなく、同時に清継様と清馬様が、優しく抱きかかえてくれた。



……どのくらいの時間が経っただろうか。 私が次に目を覚ますと、そこは屋敷の自室だった。 傍らには、心配そうに私の顔を覗き込む、双子の若様の顔があった。


命がけの戦いを共に乗り越え、全ての因縁が一旦は断ち切られた今、三人の間には、これまでにない穏やかで、しかし確かな絆が生まれていた。


「…よぉ、琴葉」


清馬様が、照れくさそうに私の髪を撫でる。


「…悪かったな、また無茶をさせて」


清継様も、穏やかな声で続ける。


「君が無事で、本当に良かった。だが、休んでいる暇はなさそうだ」


清継様は、楓が拾い上げた「影向の札」と、大炊御門の「たった一つの魂」という言葉を思い返していた。


「大炊御門は、我らの前からは姿を消した。 だが、奴の目的は『始祖の魂』と、琴葉、君という『器』だ。 奴が、このまま帝都から手を引くとは思えん」


「望むところだ!」


清馬様が、拳を握る。


「次こそ、俺たちの手で、あいつを完全に叩き潰す!」


楓も、静かに頷いた。


「……ええ。最後の決戦ね」


二人の優しい眼差しに包まれながら、私は安堵の息をつく。

しかし、大炊御門という真の黒幕との戦いは、まだ終わっていない。

物語は、本当の最終決戦へと、静かに続いていくのだった。

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