第51話「父祖の罪と、最後の聖域」
二条様が突風と共に去った後、二条家の屋敷の最上階「風の聖域」には、私たち四人だけが取り残された。
目の前には、役目を終えた空っぽの台座がある。 誰も、言葉を発することができなかった。
沈黙を破ったのは、楓だった。 彼女は、その場に崩れ落ちるように膝をつく。
「……嘘よ。そんなの…嘘でしょう?」
その声は、絶望に打ち震えていた。
「私たち一条家も…鷹司家も、九条家も…近衛家も…! 数百年もの間、友人であったはずの二条家を…『生きた牢獄』として、犠牲にし続けてきたっていうの…?」
「ふざけやがって…!」
清馬様が、やり場のない怒りに拳を握りしめる。
「どいつもこいつも!影向も、大炊御門も、二条も……!それに、俺たちの先祖も!」
清継様だけが、青ざめた顔で、目の前の現実を冷静に受け止めようとしていた。
「……いや、全ての辻褄が合う。 古文書にあった、不自然な歴史の空白。五摂家でありながら、常に一歩引いていた二条家の立ち位置。……全ては、この真実を隠すためだったんだ」
屋敷に戻った私たちは、重い足取りで、当主・清顕様の書斎へと向かった。 この衝撃の事実を、報告しなければならない。
「…そうか。ついに『籠』は破られたか。数百年、よく持った方だ」
しかし、全てを聞いた清顕様の表情は、一切変わらなかった。 その、あまりに冷徹な反応に、楓が食ってかかった。
「どうして、そんな平然としていられるのですか!私たちは、とんでもない罪を……!」
「罪、だと?」
清顕様は、楓の言葉を遮った。
「一条の娘よ、勘違いするな。 これは、我ら五摂家が帝都を守るために果たした『責務』だ。 一つの血筋を犠牲にすることで、数百年、この地の平穏が保たれてきた。それを、感傷で揺るがせることこそが『罪』だ」
彼の、絶対的な「正義」を前に、誰もが言葉を失う。
その時、ずっと黙っていた私が、静かに、しかし芯の通った声で、彼に問いかけた。
「…清顕様。あなたは、二条様のお気持ちを、考えたことはおありですか? 彼が、どれほどの孤独と絶望の中で、あの決断を下したのかを…」
清顕様の瞳が、初めて、冷徹さ以外の色で、微かに揺らいだ。 彼は、私の視線から逃れるように目を伏せる。
その隙を見逃さず、清継様が前に出た。
「父上。あなたの『理』は、もう通用しない。俺たちは、俺たちのやり方で、この事態を収拾します」
「そうだ!」
清馬様も続く。
「俺たちは、先祖の罪を償うために戦うんじゃねえ。俺たちの日常を、そして琴葉を守るために戦うんだ!」
私は、双子の前に一歩進み出た。
「清顕様。私は、五摂家の罪も、影向の恨みも、よくはわかりません。 ですが、二条様が、あの苦しみから解放されるべきだとは、思います」
そして、こう続けた。
「そして、彼が解放したという『魂』が、これ以上、誰も傷つけることのないように……。 私のこの力は、そのためにあるのだと信じています」
私の瞳には、もう迷いの色はなかった。
清継様が、私たち仲間たちに向き直る。
「二条先輩の言葉が真実なら、残る『魂の欠片』は、あと一つ。……我ら近衛家の聖域、『雷鳴の洞』に封印された、最後の欠片だ」
その時、書斎の電話がけたたましく鳴り響いた。鷹司様からだった。 受話器を取った清継様の顔が、さらに険しくなる。
『清継君、無事か!二条の聖域は……何!?そうか…。やはり、解かれたか。ならば、残るは君たちの場所だけだ。 近衛家の『雷』の封印は、全ての封印を束ねる『要』。そこが破られれば、帝都は終わる。何としても、守り抜いてくれ』
電話が切れ、部屋は再び静寂に包まれた。 近衛家の本拠地こそが、全ての因縁が集う、最後の決戦の地となったのだ。
私は、清継様と清馬様の手を、両側からぎゅっと握りしめた。
「行きましょう。お二人が、いえ、私たちが守ってきた、このお屋敷を。……私たちの『家』を、守るために」
「ああ、望むところだ!」
「…君は、本当に強いな」
楓も、私たちの手の上に、そっと自分の手を重ねた。
「ふふ、ようやく決戦ね。腕が鳴るわ」
屋敷の地下深く、厳重な封印が施された、最後の聖域「雷鳴の洞」の扉が、今、開かれようとしていた。
五摂家の存亡と、私たちの恋の行方を懸けた、本当の最終決戦が、始まろうとしていた。




