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第50話「戯者の聖域と、空っぽの鳥籠」

鷹司邸での一件から一夜明けた、学園でのこと。

私は、心配して駆け寄ってきた楓に、昨日の出来事――大炊御門おおいのみかどの影と、霊脈の底で見た謎の人影について――を打ち明けた。


大炊御門おおいのみかど……。それに、一条家と九条家に残された、二条家の紋……」


楓は青ざめた顔で、何かに気づいたように呟く。


「まさか、最後の目的地は……」


「そのまさかだ、楓」


いつの間にか背後に立っていた清継様が、静かに告げた。


「父上と鷹司殿が、昨夜のうちに結論を出された。残る二つの封印のうち、我々が最優先で確保すべきは――二条家の『風』の聖域だ」



翌日。

私たち四人(私、双子、楓)は、二条家の屋敷を訪れた。

そこは帝都の喧騒から切り離された、美しい西洋風の洋館。

だが周囲には常に風が吹き荒れ、まるで見えない壁となって訪問者を拒んでいるかのようだった。

玄関の扉には鍵がかかっていない。

警戒しつつ中へ入ると、広大なホールで二条奏様が一人、優雅にヴァイオリンを奏でていた。

一節を終えると、彼はゆっくりとこちらを振り返り、楽しそうに拍手をする。


「やあ、ようこそ。待ちくたびれたよ――近衛の雷光と、一条の水、そして…『器』が定まった伝説の巫女様」


「二条先輩」


清継様が一歩前に出る。


「我々は五摂家の名において、『風』の聖域の封印を調査しに来た。……あなたの目的が何であれ、これ以上の狼藉は許しません」


「狼藉? 心外だなあ」


奏様は肩をすくめ、悪びれる様子もなく背を向けた。


「僕はただ、この退屈な世界に、少しだけ『自由』の風を吹かせたいだけだよ」


そして、わざとらしい笑みを浮かべる。


「聖域が見たいんだろう? いいよ、案内してあげる。君たちのがっかりした顔を見るのは、実に楽しそうだ」


奏様に導かれ、私たちは屋敷の最上階――吹き抜けの回廊「風の聖域」へと辿り着いた。

そこは四方の壁が取り払われ、帝都の空と一体化した美しい祭壇。

だが、その中央にあるはずの封印の台座は――空っぽだった。


「なっ……! 封印が、破られてる!?」


清馬様が叫ぶ。


「いや、違う……!」


清継様の声が戦慄に震える。


「破られたのではない。五摂家の人間が、その力を悪用して、内側から『破壊』したんだ……! 巫女の「破魔の光」でなければ安全に解けぬはず……なぜ、そんな無茶を!」


清継様の視線を受け、奏様は心の底から愉快そうに笑い声を漏らした。


「ご名答。僕が破壊したんだよ。なにせ、あれは僕の中にあったものだからね」


「なんですって……!?」


楓が息を呑む。


「ああ、驚いたかい?」


奏様は悲劇のヒロインのように胸へ手を当て、大げさな仕草をしてみせる。


「五摂家は始祖の魂を五つに分けた。四つは『地』(一条・九条・鷹司・近衛)に封印した。……そして残る最強の『五つ目』を、彼らは『人』に封じたんだ」


「それが僕たち二条家の始まりさ。僕たちは最初から『影』を封じ込めるためだけに作られた、血を引く者ですらないのに五摂家を名乗らされた――空っぽの『鳥籠』だったんだよ」


衝撃の事実に、私たちは言葉を失った。

二条家は影向の血を継いでいたのではない。彼ら自身が、生きた牢獄として作られた存在だったのだ。


「僕の目的は、影向ようごうの復権でも、大炊御門おおいのみかどの支配でもない。僕はただ、この『鳥籠』から僕自身を『自由』にしたいだけだ。……そして僕が解放した『先祖ともだち』は、今この帝都のどこかで、残る四つの魂を求め始めている」


「そのために……あなたは自らの体ごと、封印を破壊したというのですか!」


「そう。僕は僕の先祖の魂を、大炊御門にも、影向の残党にも、もちろん君たちにも渡す気はない。…さて、巫女様。君の「破魔の光」は、僕の『風』を掴まえることができるかな?」


奏様の瞳が、冷たい浅葱色に輝く。


「――ゲームの始まりだ。残る魂の欠片はあと一つ。君たちの本拠地、近衛家の『雷』。そして僕が解放した、この『ともだち』」


「鬼は、君たちだ。」


「さあ、この広い帝都で、僕たちを見つけ出してごらん?」


次の瞬間、強烈な突風と共に奏様の姿は掻き消えた。

残されたのは――最大の敵が最も悲劇的な秘密を抱えた五摂家の一員だった、という絶望的な真実。

そして、「近衛家」に眠る最後の魂の欠片を巡る、最終決戦の幕が静かに上がったのだった。

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