第48話「兄の嫉妬、弟の後悔」
九条邸からの帰り道、車内は重い沈黙に包まれていた。 屋敷に戻り、当主・清顕様に「二条家の札」を報告すると、彼は「やはり、二条の小僧か」とだけ呟いた。
「奴の狙いは、五摂家の力の暴走。五行の相克を利用し、帝都の霊脈そのものを内側から破壊する気やもしれん。……次の標的は、火が生じる『土』。鷹司の聖域だ」
彼が古地図に広げられた鷹司家の領地に指を置くと、まるで応えるかのように、その一点から微かな黒い靄が、陽炎のように立ち上った。
報告を終えた清継様は、書斎で一人、焦りを募らせていた。
(二条先輩の力は未知数だ。今の琴葉さんの力では、まだ……!)
彼は、琴葉の巫女修行を、より一層厳しく、そして自らの管理下に置かなければならないと決意を固める。
一方、清馬様は一人、弓道場で唇を噛み締めていた。九条邸での戦い。琴葉が炎に身を晒した時、自分は何もできなかった。
(まただ……。俺の『熱』だけじゃ駄目だった。結局、兄上の『理屈』がなきゃ、琴葉は……。俺は、結局何も守れてねえ……!)
翌日の放課後。清継様は、私を神社の境内に呼び出した。
「今日からは、より実践的な気の制御を教える」
その瞳は、いつになく真剣で、どこか焦っているようだった。
「いいか、琴葉さん。君の力は『清流』だ。炎すら包み込む。だが、その流れを制御できねば、君自身が飲み込まれる」
清継様は、自らの雷の気を放ち、私にそれを受け流すよう指導する。しかし、彼の指導は昨日までの優しさが消え、焦りから厳しいものになっていた。
その時、神社の境内に、ずかずかと清馬様がやって来た。
「兄上、そのやり方じゃ、琴葉が怯えてるだけだ!」
「清馬……!修行の邪魔をするな!」
「邪魔なんかしてねえ!兄上は頭でっかちなんだよ!琴葉に必要なのは、そんな小難しい理屈じゃねえ!」
二人の間で、再び激しい火花が散る。清馬様の握りしめた拳が微かに震え、それを受ける清継様の指先が、白くなる。その光景に、私はたまらず叫んだ。
「やめてください!お二人が、私のために争ってくださるのは……もう、たくさんです!」
私の悲痛な叫びに、双子はハッと我に返った。
「私は……清継様の『器』も、清馬様の『熱』も、両方必要なんです」
私は、二人に深々と頭を下げた。
「どちらか一つだけでは、私は、私の力になれない……。だから、お願いします。二人で、私を導いてください!」
清継様が、苦々しく、しかし自らを嘲るように言う。
「……すまない。私は、君の力を早く開花させることばかりに囚われ、君の心を置き去りにしていた。指南役、失格だな」
「俺も、悪かった」
清馬様も、私の前に進み出る。
「ただ嫉妬して、兄上に噛みついて……。だけど、琴葉。俺、もう一度、一からやり直す。だから……俺にも、お前を導かせてくれ」
双子は顔を見合わせると、どちらからともなく頷いた。 私を中央に、双子がその両脇に立つ。三人の、初めての「共同指導」が始まった。
清継様が、穏やかな気で「器」の作り方を教える。 清馬様が、熱い気で「熱」の注ぎ方を教える。 二つの相反する力が、私の中で、ぶつかり合い、そして、ゆっくりと一つに溶け合っていく。
「だから、こうだ!」
清馬様が、私の手を乱暴に掴む。
「違う、清馬こそ、熱を込めすぎている」
清継様が、その上から自分の手をそっと重ねた。
「兄上、邪魔だ!」 「清馬こそ、彼女に近づきすぎだ」
言い争いながらも、その手は決して私から離れない。 両側から二つの熱に挟まれ、私の頰が、じわりと熱くなっていく。二人の真剣な視線が、私の上で熱く絡みついているのを感じて、私は「もう、修行になりません!」と、嬉しい悲鳴を上げるしかなかった。
ぎこちなくも、確かに始まった「三人の修行」。 それは、五摂家の力の均衡を破壊しようとする二条奏に対抗するための、唯一の道だった。 次の目的地、鷹司家の『土』の聖域での戦いを前に、三人の絆は、かつてないほど強く結ばれようとしていた。けれど、私を見つめる二人の瞳には、仲間としての信頼と同時に、恋のライバルとしての嫉妬の火花が、微かに散っているのを、私は見逃さなかった。




