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第47話「紅蓮の館と、炎の試練」

清顕様の書斎は、重い空気に包まれていた。


「一条家の『水』の聖域が弱体化していた。五摂家の力の相関に従えば、『水』がその力を失えば、その監視下にあった『火』が、均衡を失い暴走する可能性が最も高い」


鷹司様の冷静な分析が響く。


「火」――すなわち、五摂家で最も過激で、近衛家と犬猿の仲である、九条家。


「望むところだ!」


清馬様が闘志を燃やす一方、清継様は「


最も交渉が難航する相手だ」


憂鬱そうに眉をひそめた。 私の脳裏には、銀座で顎を掴まれた時の、あの傲慢な緋色の瞳が蘇る。 けれど、私はその恐怖を振り払うように、まっすぐに双子を見つめ返した。


「それでも、行きます」



翌日、私たちが訪れた九条家の屋敷は、これまでの一条家とは全く違う、荒々しく、武骨な空気に満ちていた。 庭には枯山水かれさんすいではなく広大な鍛錬場が広がり、あちこちで門下生たちが炎の術をぶつけ合っている。


「何の用だ、近衛の雷ども」


屋敷で私たちを出迎えたのは、当主代理として家を仕切っている、九条暁人くじょうあきと様その人だった。 彼は私の姿を認めると、不遜な笑みを浮かべる。


「ああ、巫女も一緒か。ようやく俺のモノになりに来たか?」


清継様が、冷静に「第三の勢力」の可能性と、封印の調査の必要性を説く。 しかし、暁人様は鼻で笑った。


「俺の家の封印が、何者かに破られるだと?笑わせるな。万が一、そんな雑魚が入り込んだとて、俺の炎で塵も残さん」


「お願いします、九条様!」


交渉が決裂しかけたその時、私は一歩前に出た。


「これは、五摂家全ての問題です。どうか、封印の確認だけでも……!」


暁人様は、その緋色の瞳でじっと私を見つめると、やがてニヤリと笑った。


「…いいだろう。ただし、条件がある」


彼は、清馬様と清継様を挑発するように見つめながら、言った。


「俺と手合わせをしろ。もしお前が、俺の炎をその光で凌ぎきれたら、封印の場所へ案内してやる。だが、できなければ……その身は、俺が貰い受ける」


「ふざけるな!」


清馬様が激昂する。 しかし、私はそれを手で制した。


「…わかりました。その条件、お受けします」


手合わせが始まる直前、清継様が私の耳元でそっと囁いた。


「彼の炎は、清馬の雷とは違う。全てを焼き尽くす、純粋な破壊の力だ。まともに受け止めるな。君の光で、受け流すんだ」


私は、こくりと頷いた。


「死ぬなよ、巫女」


鍛錬場の中央。 暁人様が楽しそうに、その手に炎の弾丸を宿す。 彼は、手加減したその炎を、私に向かって放った。


(熱い……!)


熱波が私の肌を焦がし、額から玉の汗が滴り落ちる。 けれど、怖くはなかった。 私は目を閉じ、清継様に教わった『器』の作り方と、清馬様に教わった『熱』の感じ方を思い出す。 私の瞳が真珠色に輝き、放たれた「破魔の光」は、壁となって炎を受け止めるのではない。 まるで清流が炎を包み込むように、その威力をしなやかに受け流し、無力化してしまう。


「すげえ…」


清馬様の、呆然とした呟きが聞こえた。 暁人様は、驚きに目を見開いた後、心の底から楽しそうに高笑いした。


「面白い!実に面白いぞ、巫女!ただの癒し手ではない、俺の炎を受け流す『器』でもあるとは!ますますお前が欲しくなった!」



暁人様は約束通り、私たちを屋敷の地下深くにある、灼熱の「封印の間」へと案内した。 そこには、赤く脈打つ「魂の欠片」が封印されていた。 しかし、封印は明らかに異常をきたしていた。 一条家とは逆に、封印が何者かによって過剰な力を注ぎ込まれ、暴走寸前になっていたのだ。 溢れ出した炎の気が、周囲に小さな炎の妖を生み出している。 妖の炎がじりじりと壁を舐め、焦げ臭い匂いが私たちの鼻を突いた。


「……見つけました。私が、鎮めなければならないのは」


私は、今度こそ自らの意志で、力を解放する。 私の光が、暴走する炎の力を、優しく、優しく鎮めていく。


妖が消え、封印が落ち着きを取り戻した後、清継様が祭壇の隅に、焼け焦げた一枚の札が落ちているのを発見した。 それは、影向の紋章ではなかった。 そこに描かれていたのは、風が渦を巻く紋様――二条家のものだった。


「なぜ、二条家の札が……?」


清馬様が呟く。 楓が、青ざめた顔で言った。 昨日の一条家での一件を思い出し、彼女の瞳が鋭く光る。


「まさか、彼は…一条家の力を『弱め』、九条家の力を『強め』…五摂家の力の均衡を、内側から破壊しようとしているんじゃ…?」


清継様が、その不吉な札を、まるで憎悪を込めるかのように強く握りしめ、彼の瞳が氷のように冷たく輝いた。 影向とは別の目的で動く、二条奏。 彼の真意は、完全に謎に包まれていた。

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