第43話「帝都劇場の邪気と、仮面の客」
決戦前夜。 鷹司邸での作戦会議は、深夜まで続いた。 敵は帝都劇場の観客たちの記憶や想いを糧に、儀式を完成させようとしている。 派手な戦闘は避け、儀式の中心である「呪詛が仕掛けられた舞台装置」を特定し、破壊する。 それが、私たちの作戦だった。
翌日の夜。 楓が用意してくれた、少しお洒落な洋装のドレスに身を包んだ私は、鏡の前で落ち着かない気持ちでいっぱいだった。 双子の若様たちもまた、学生服ではない、上等な仕立てのスーツ姿で玄関に立っている。
私の姿を見た二人は、同時に息を呑んだ。
「お、おう……凄く、にあってるじゃんか」
清馬様が、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「……ああ。月の光も、君の前では霞んで見えるな」
清継様が、ごく自然にそう言って微笑む。
そのやり取りを見ていた楓が、わざとらしく咳払いをし、少しふてくされたように言った。
「ちょっと、二人とも。私のこのドレスについては、何か言うことはないのかしら?」
我に返った双子が、
「ああ、楓もよく似合っている」
「そうだな、素敵だと思う」
どこか当たり障りのない返事をする。 その態度の違いに、楓はぷいと顔をそむけた。
「あなた達って、琴葉のことになると、本当に周りが見えなくなるのね」
帝都劇場は、きらびやかなシャンデリアが輝き、紳士淑女たちの楽しげな談笑が響き渡る、まさに大正ロマンの夢の世界だった。 しかし、私の「眼」には、その華やかさの裏で、床や壁を這うように広がる無数の邪気の線が、はっきりと見えていた。
芝居の幕間。 私は、邪気が舞台の真下にある奈落のあたりから最も強く放たれていることを突き止めていた。 私たちは、人々の喧騒を背に、関係者以外立ち入り禁止の札がかかった舞台裏へと、静かに忍び込んだ。
奈落へと続く薄暗い階段を降りると、そこには一体の妖が待ち構えていた。 古い舞台衣装や小道具が寄せ集まってできた、不気味な操り人形のような姿。
「ここは俺たちに任せろ!」
双子が、私の前に立ちはだかる。
「『雷の檻』!」
清継様の雷の糸が、妖の動きを完璧に封じる。
「そこだ、清馬!」
清馬様の『紫電・一閃』が、兄が作った一瞬の隙を見逃さず、妖の核である古い仮面を粉砕した。
戦闘の衝撃で、古い舞台装置が崩れ落ち、私に襲いかかろうとする。
「油断しないの、二人とも!」
楓の水の壁が、それを完璧に防ぐだけではなかった。 水の壁は、崩落する瓦礫の衝撃を吸収し、逆にそれを押し返すことで、私たちの進むべき道を開いた。
私たちは、奈落の最深部に辿り着いた。 そこは、巨大な巻き上げ機や舞台装置が並ぶ機械室だった。 その中央に、祭壇のように祀られた一つの古い譜面台があった。 奪われた人々の記憶が、黒い靄となってそこに集い、新たな「人工魔石」を生み出そうとしていた。 その黒い靄が、まるで生きているかのように私に向かって伸び、肌を這おうとした瞬間、髪に挿された真珠の簪が、温かい光を放ってそれを打ち払った。
(今なら、できる……!お二人の熱と、器を感じながら……!)
私は、意を決して譜面台に手をかざす。 私の瞳が真珠色に輝き、枯渇したはずの光が、双子との絆に呼応するように、再びその手に集い始めた。
しかし、私が光を放とうとした瞬間、譜面台に仕掛けられていた影向の札が発動。 強力な結界が、私たち四人を閉じ込めた。
「見事だ、巫女よ。そこまで辿り着くとはな」
闇の中から、あの仮面をつけた影向の術師が、拍手をしながら姿を現す。 しかし、その隣には、もう一人、誰もが予想だにしなかった人物が立っていた。
「やあ、皆さん。今宵の舞台は、楽しんでいただけているかな?」
それは、二条奏様だった。
「二条先輩……!あなたは、やはり影向の手先だったのですか!」
清継様の、怒りに満ちた声が響く。 しかし、二条様は楽しそうに首を横に振った。
「手先?違うな。私はただの『観客』だよ。この舞台が、ハッピーエンドで終わるか、バッドエンドで終わるか、特等席で見届けに来ただけさ」
彼は、術師に向き直ると、こう言い放った。
「だが、少し趣向を変えよう。この巫女の光が、お前の影を打ち破るか。あるいは、お前の影が、この光を飲み込むか。……私は、強い方に賭けるのが好きなんでね」
奏様の瞳が、初めて見る、鋭い浅葱色の光を放つ。 その瞳の奥に、一瞬だけ、何か失われた魂の在り処を探すような、昏い渇望の色がよぎったのを、私は見てしまった。 彼の手から放たれた風の刃「鎌鼬」が、術師でも、私たちでもない、第三の方向――儀式の中心である譜面台に向かって、一直線に飛んでいった。
彼の目的は一体何なのか。 敵なのか、味方なのか。 全てが混沌とする中、影向との最終決戦の、本当の幕が上がる。




