第41話「兄様の教え、弟様の教え」
「三人恋人」という奇妙な関係が始まってから、数日が過ぎた。
午後の巫女修行は、今や清継様と過ごす、甘くも切ない時間となっていた。
けれど、私の心は晴れなかった。
瞑想をしても、気の流れを感じようとしても、あの夜、命を削った代償か、私の内なる光は完全に沈黙したままだった。
「焦ることはない。君の力は、必ず戻る」
清継様は優しく諭してくださる。
けれど、彼自身も内心では焦りを感じているのが、私にはわかった。日に日に元気をなくしていく私の姿を見るのが、彼にとっても辛いのだと。
その日の修行後、私は一人、古い神社に残っていた。
目を閉じても、何も感じられない自分の空っぽの手のひらを見つめ、唇を噛む。
(駄目だ……このままじゃ、何も変わらない。清継様のやり方が悪いんじゃない。私に、何かが足りないんだ。もっと、こう……心の底から湧き上がるような、別の何かが……)
パンッ!
その時、境内の静寂を破るように、近くの弓道場から激しい弦音が響いてきた。
まるで、射手の感情が爆発したかのような、荒々しい音。
私は、吸い寄せられるように弓道場を覗き込んだ。
そこにいたのは、一人、一心不乱に矢を放つ清馬様の姿だった。
彼が放つ矢には、迷いも、考えもない。
ただ、的を射抜くという、純粋な衝動だけが込められていた。
(これだ……!頭で考えるんじゃない。心で、魂で、感じること……!)
私の心に、閃きが走る。
私は意を決して道場に足を踏み入れると、稽古を終えた清馬様の前に立った。
「清馬様、お願いがあります!あなたのやり方を、私に教えてください!」
その、あまりにまっすぐな瞳に、清馬様は一瞬、息を呑んだ。
「面白い。いいぜ、教えてやるよ。ただし、兄上みたいに甘くはねえぞ」
一瞬の驚きの後、彼はニヤリと笑った。
彼の指導は、清継様とは正反対の、まさに荒療治だった。
「目を閉じろ」
「えっ!?」
「いいから閉じろ。そして、心の眼で的を見ろ。お前の力が本物なら、できるはずだ」
私が戸惑いながらも目を閉じると、清馬様は私の背後に立ち、その体をぴったりと密着させて、弓を構えさせた。
「俺は今から、お前のギリギリを狙って矢を放つ。避けようとすんな。頭で考えるな。ただ、矢が放たれる瞬間の、俺の気配だけを、心で感じろ」
「そ、そんなの無茶です!」
怯える私に、清馬様は真剣な声で言う。
「俺を信じろ、琴葉。俺は、絶対に、お前を傷つけねえ」
私は、覚悟を決めて、彼の言葉を信じた。
(奏様の言葉が、脳裏をよぎる。『巫女の光がなければ、何も守れない』……違う、そんなことはない!私の力は、まだここに……!)
ヒュッ、と鋭い風切り音がすぐ耳元でする。
恐怖で体が竦む。
けれど、私は動かない。
彼の気配だけに、心を集中させる。
風を切る矢の軌跡に、あの時見えた、小さな光の火花を重ねていた。
矢が、私の頰を掠める、まさにその瞬間だった。
閉じた瞼の裏で、一瞬だけ、真珠色の光が、小さな火花のようにパチパチと散ったのが見えた。
「……今、光った……」
私が呆然と呟くと、背後で清馬様が「な?言っただろ!」と、満面の笑みを浮かべた。
「お前の力は、そうやって呼び覚ますんだよ」
彼は、嬉しそうに私の頭をわしわしと撫でた。
その、あまりに親密な光景を、冷たい声が遮った。
「……何をしている、清馬」
いつの間にか、道場の入り口に、清継様が立っていた。
その瞳には、静かな、しかし燃えるような嫉妬の色が浮かんでいる。
「そのような危険な真似を……!彼女に何かあったらどうするつもりだ!」
「兄上のやり方じゃ、埒が明かねえんだよ!こいつに必要なのは、小難しい理屈じゃねえ!魂を燃やす、熱なんだよ!」
理知的で、安全な「静」の道を示す、清継様。
危険だが、魂を揺さぶる「動」の道を示す、清馬様。
二人の視線が、私を間に挟んで、夕暮れの道場で鋭く交錯する。
私は、自分の力を取り戻すために、そして、自らの恋の行方として、どちらの道を選ぶべきか、という新たな選択を迫られることになった。
三人の関係は、新たな局面を迎えようとしていた。




