第40話「三人の食卓と、二つのやきもち」
二条様が風のように去った後、夕暮れの道場には、私と清馬様の二人だけが残された。先ほどまでの甘い空気と、奏様の言葉が残した冷たい棘が混じり合い、気まずい沈黙が流れる。
屋敷に戻ると、玄関で清継様が、静かな、しかし全てを見透かすような瞳で私たちを待っていた。清馬様は、兄の視線から逃れるように、足早に自室へと向かってしまう。
火花が散るような、一瞬の睨み合い。
その間に、私がおずおずと割って入った。
「あ、あの…もう、夕餉の時間ですので…」
その、あまりに日常的な一言に、清継様は毒気を抜かれたように、静かに息を吐いた。
夕食の席。私は、双子の間に座ることになったが、客人としての扱いにまだ慣れず、どうしていいかわからずにいた。
そんな私を見て、双子のアピール合戦が始まった。
「ほら、琴葉。あーん」
得意げな顔をした清馬様が、好物の角煮を箸でつまむと、私の口元に突き出す。
その瞬間、背後に控えていた女中頭が、静かに、
しかし厳しく告げた。
「清馬様、はしたのうございます」
そのやり取りを、給仕のために控えている他の女中たちが、羨ましそうに、頬を赤らめて見つめている。
戸惑う私の顔を見た清継様が、やれやれと息を吐いた。
「清馬、そのような強引なやり方は、彼女を困らせるだけだ」
眉をひそめた清継様は、自分のお皿から、美しく飾り切りされた煮物を、私の小皿にそっと置いた。
「琴葉さん。君は、ああいった脂の多いものより、こういった優しい味付けの方が好みだっただろう?」
右からは、清馬様の角煮。
左からは、清継様の煮物。
私は、絶体絶命の板挟みに陥った。二人の真剣な視線が、私の一挙手一投足に突き刺さる。
困り果てた私は、一瞬考えた後、にっこりと微笑んだ。
まず、自分の小皿に置かれた清継様の煮物を、一口でいただく。
「美味しいです。私の好みを覚えていてくださったのですね、清継様」
そして、次に、清馬様が差し出そうとしていた角煮を、自分のお箸でつまんで、恥ずかしそうに、しかしぱくりと口に運んだ。
「清馬様のも、とても美味しいです。元気が湧いてくる味がします」
私の、あまりに誠実で、そして必死な答え。
双子は顔を見合わせると、二人同時に、降参だと言わんばかりに、ふっと肩の力を抜いた。
食卓の空気は、すっかり和やかなものになっていた。三人で笑い合いながら食事をする。
それは、私がずっと夢見ていた、温かい「家族」のような光景だった。
しかし、その夜。自室に戻った私は、一人、自分の手のひらを見つめていた。
昼間の、双子の笑顔。あの温かい時間を、守りたい。けれど、二条様の言葉が、脳裏で何度も繰り返される。
(近衛の雷が二つあっても、巫女の光がなければ、何も守れない……)
(このままじゃ駄目だ。守られているだけじゃ、いつか今日のような幸せな時間も、失ってしまうかもしれない。私は、私の力で、お二人を守れるようにならなきゃ!)
枯渇したはずの自分の力。それを、どうすれば取り戻せるのか。ただ待つだけではない、自らの力で運命を切り拓くための、私の新たな戦いが、静かに始まろうとしていた。




