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第39話「弟様の弓稽古と、兄様の独占欲」

一本の矢が、私と清継様の間にあった甘い空気を、完全に引き裂いた。


弟の激しい嫉妬に満ちた瞳を見て、清継様は静かに、しかし痛ましげに息を吐く。


「無理に行く必要はない。清馬も、冷静になれば……」


その優しい言葉に、私は首を横に振った。


「いいえ、行きます。清馬様の気持ちから、逃げるわけにはいきません」


この奇妙な三人関係から逃げず、正面から向き合う。それが、私の覚悟だった。


私が清馬様の元へ向かおうと背を向けた、その瞬間。


清継様が、私の腕を掴み、力強くその胸へと引き寄せた。


「え……!?」


驚く私を、彼は何も言わずに強く、強く抱きしめた。彼の心臓の鼓動が、背中を通して直接伝わってくる。


しばしの沈黙の後、清継様はそっと体を離すと、少し恥ずかしそうに、しかし真剣な瞳で私に囁いた。


「…さすがの私も、嫉妬はするらしい」


その、初めて見る彼の弱い姿に、私は一瞬驚く。けれど、彼の不安を理解し、今度は自ら、その胸にそっと身を寄せた。離れた彼の胸に残る温もりが、私の体に、甘い震えを残していく。


「これで、清継様の嫉妬を、少しでも鎮めさせてください」


私の言葉に、彼が息を呑むのがわかった。


私は、清継様の体から離れると、まっすぐな瞳で彼を見つめ、凛とした声で言う。


「清馬様の元へ、行ってまいります」


清継様は、その覚悟を受け止めるように、

「ああ…」とだけ、力強く頷いてくれた。



私が弓道場を訪れると、そこには夕暮れの光の中で、一人佇む清馬様の姿があった。その背中は、怒りよりも、どこか寂しげに見えた。


私の姿を認めると、彼はバツが悪そうに顔を背ける。


「兄上のは、頭で考える小難しいやり方だろ。俺のは違う」


そう言うと、彼は「見せたいもん」として、私に弓を教え始めた。


「いいか、巫女の力も弓も、根っこは同じだ。頭で考えるな。心で感じろ。そして、信じて、放て」


それは、兄の理知的な指導とは真逆の、極めて感覚的で、情熱的な教えだった。


「ほら、やってみろ」


私の返事も聞かず、清馬様は私の背後に立つと、

その逞しい腕で私を包み込むように弓を構えさせた。背中に彼の胸の熱を感じて、体が強張る。


「ち、力が入りすぎだ!」


そう言いながら、彼の手が私の肩や腰に触れるたびに、私の体はびくりと震えた。

耳元で聞こえる、彼の少し荒い呼吸。

汗と、日に焼けた匂い。


清継様とは全く違う、燃えるような熱っぽさに、私の頭は真っ白になった。


「こ、こうですか……?」


「そうそう。で、狙いを定めて……」


不意に、彼が言った。


「目を閉じろ」


「えっ!?」


「いいから閉じろ。そして、心の眼で的を見ろ。お前の力が本物なら、できるはずだ」


私が戸惑いながらも目を閉じると、清馬様はさらに体を密着させ、私の耳元で囁いた。


「俺の呼吸に合わせろ。俺の気配を感じろ。俺のちからが、お前の道しるべだ」


彼の荒々しい、しかし温かい生命力の流れが、私の全身を包み込む。


私は、彼の言葉を信じ、無心で矢を放った。


パンッ!


美しい軌跡を描いた矢が、乾いた音を立てて、確かに的に突き刺さっていた。


「やった……!」


私が驚きに目を開けると、その奇跡のような矢の軌跡に、私の体がわなわなと震え、経験したことのない達成の喜びが、胸の奥を熱くした。


清馬様が「な?言っただろ!」と、子供のような満面の笑みで、私を正面から強く、強く抱きしめていた。


「これが、俺のやり方だ」


抱きしめられたまま固まっている私の耳元で、

清馬様が、今度は真剣な声で囁いた。


「兄上みたいに、難しいことは言えねえ。でも、俺は、誰よりもお前を守れる。だから、俺から離れんな」


それは、彼の不器用で、独占欲に満ちた、愛の告白だった。


その時、私は気づく。


私の髪には、清継様から贈られた「真珠の簪」が、月の光に淡く輝いている。


そして、私の手の中には、清馬様と共に放った「奇跡の矢」の感触が、まだ確かに残っていることに。


二つの、あまりに重い想い。

その重みに、私の胸がざわつき、もうどこにも逃れられないのだという、甘い予感がよぎった。


「おやおや、随分と熱心なことだね」


その甘い空気を、第三者の声が破った。


いつの間にか、道場の入り口に、二条奏にじょうかなで様が立っていた。彼は、楽しそうに、しかしどこか冷たい瞳で私たちを見つめている。その瞳の奥に、一瞬だけ、何か失われた魂のを探すような、くらい渇望の色がよぎったのを、私は見てしまった。


「面白いものを見せてもらったよ。……だが、

感心しないな。近衛の雷が二つあっても、巫女の光がなければ、何も守れないとは」


彼の言葉は、穏やかな日常に再び影を落とし、私たちの力がまだ不完全であることを、無慈悲に突きつけていた。

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