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第37話「三人デートと、火花散る活動写真」

初めてのデート当日。 女中としての仕事を禁じられている私にとって、 休日はただ手持ち無沙汰なだけの、少し息が詰まる一日のはずだった。けれど、今日は違う。


『恋人』として初めて迎える日曜日。


そう思うと、嬉しさと戸惑いが入り混じって、 どうしていいかわからず、朝からずっとそわそわしていた。 楓に「せっかくのデートなのだから、お洒落なさい」と背中を押され、私は少しだけ上等な、淡い桜色の着物に袖を通した。 髪も、いつものきついポニーテールではなく、少しだけ緩く結い上げ、清継様からいただいたばかりの真珠の簪を挿す。


玄関で待っていた双子は、私の姿を見て、同時に息を呑んだ。


「…お、おう。いいんじゃねえか、それ」


清馬様は、顔を真っ赤にしてぷいとそっぽを向いてしまう。


「…ああ。とてもよく似合っている、琴葉さん」


清継様は、穏やかに微笑んでくださるが、その瞳は熱っぽく、じっと私を見つめていた。


車に乗り込む際、早速火花が散った。


「俺が先に誘ったんだから、俺が隣だ!」


「いや、今日の活動写真の切符を手配したのは私だ。概要を説明する必要がある」


言い争うお二人に、私は呆れながらも、思わず笑ってしまった。


「私が真ん中に座りますから!」


私たちが訪れたのは、帝都で一番モダンな活動写真館だった。 活弁士の張りのある声、楽団の生演奏、ざわめく観客たちの熱気。 その全てが、私にとっては初めての世界で、私は目をきらきらと輝かせていた。


席はもちろん、私を真ん中に、双子が両脇を固める形になった。物語が始まり、館内が暗くなった、その時だった。


左隣の清馬様が、意を決したように、そっと私の左手に自分の手を重ねてきた。 驚いてそちらを見ると、彼はスクリーンを見つめたまま。 けれど、その手は、私の手を力強く、熱く握りしめていた。


その、数分後。今度は右隣の清継様が、 「……今の場面だが」と、物語の解説をするふりをして、そっと私の耳元に顔を寄せてきた。 彼の囁きに私が気を取られている、その隙に。彼はもう片方の手で、私の右手を優しく、しかし有無を言わせぬ力で握った。


(……!?)


暗闇の中、両側から同時に手をつながれるという前代未聞の状況に、私の心臓は口から飛び出しそうだった。身動きも取れず、ただ顔を真っ赤にして、物語の内容など全く頭に入ってこないまま、時間が過ぎるのを耐えるしかなかった。


活動写真が終わり、館内が明るくなる。 双子は、何食わぬ顔で手を離したが、私の頭上では、互いの健闘を称えるかのように、激しい視線の火花が散っていた。


銀座の通りを散策していると、清馬様が私の手を引いて、可愛らしい飴細工の店に立ち寄った。


「ほらよ。お前、こういう甘いもん好きだろ?」


そう言って、兎の形をした美しい飴細工を買ってくれる。 彼のストレートな優しさに、私は素直に「ありがとうございます!」と笑った。


それを見ていた清継様が、静かに言う。


「子供っぽいものばかりでは、飽きるだろう」


彼は私を、鼈甲べっこうや珊瑚の櫛を扱う、格式高い装飾品店へと連れて行った。


「君のそのかんざしには、こういった櫛がよく似合う」


そう言って、彼は真珠の簪と対になるような、見事な彫刻が施された小さな櫛を、私に贈ってくださった。


右手には兎の飴細工、左手には櫛の入った小箱。


(楓の言っていた『波乱の予感』って、こういうことだったのね……!)


二つの、全く違う、けれど同じくらい心のこもった贈り物に挟まれ、困り果てた私は、ふと、立ち止まった。そして、双子に向き直ると、にっこりと微笑んだ。


私はまず、清馬様からいただいた兎の飴細工を、愛おしそうに眺めて言った。


「こんなに綺麗な飴、食べるのがもったいないくらいです。ありがとうございます、清馬様」


次に、清継様からいただいた櫛の箱を、そっと胸に抱きしめて言った。


「この櫛に似合うような、素敵な女性になれるように、頑張ります。ありがとうございます、清継様」


そして、私は二人に向かって、心の底からの、一点の曇りもない笑顔を見せた。


「今日、すっごく、楽しいです!お二人とも、本当にありがとうございます!」


その、太陽のような笑顔に、双子は毒気を抜かれてしまったようだった。 自分たちがしていたことが、いかに子供じみた張り合いだったかを悟り、顔を見合わせると、小さく、そして同時に苦笑した。


屋敷への帰り道。車内は、朝とは違う、穏やかで温かい空気に満ちていた。 けれど、この奇妙な三角関係が、常にこの平和なままで続くはずがないことを、私たちはまだ知らない。穏やかな休日の終わりは、次なる波乱の恋の戦いの、ほんの束の間の休息に過ぎなかった。

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